君は、僕に「すべてを失う」と言っていたね。あのときの僕は、その意味がまったく理解できていなかったけれど、今になってようやくその言葉の重みがわかるようだ。

「すべてを失う」とは「命」のことなんかじゃなかった。この戦争で、僕は自分を含め同胞たちの命を何度も失いかけたし、実際に失った。でもそれだけじゃない。今の僕は人格すら失いかけている。

 戦争という名の大義名分に従い、これから僕は敵の命をどれほど奪うのか、どれほど屍の上を歩いていくのか。そしてやがて僕もその屍山の一部になってしまうんだろうか。 

 異国の地で、いずれ僕も誰かに殺される日が来るんだろうか。祖国アメリカで人を殺せば極刑だ。この地で敵を殺せば英雄か。人を殺す行為になぜ種類が存在するのか。

 僕にもわかるように識別票(ドッグタグ)をつけてくれないか。

 夜明け前、陽の光が部屋に差し込む前に、君の眠るベッドに潜り込んで君の寝息を感じていたい。眠る君の唇を指でなぞって「おはよう」とそっと囁き、新しい一日の始まりを告げていたい。

 ハンナ……。

 ここはまさに地獄だよ。

 薄闇の森林に溜まる泥水にジャブジャブと銃声と血肉の臭いが混ざり合う。もしもこの中に人間らしい人物がいたなら、そいつは最も怪しい――人の皮を被った悪魔だ。

 僕はまだ失う物を持っているだろうか。いつか取り返せる日がやって来るのだろうか。 

 今は義務期間が一秒でも早く過ぎ去ってくれないかと、そんなことばかりを考える毎日だ。

 なぜ、僕たちはこんな思いまでしてこうしてここにいるんだろう。
 こんな疑問で毎日溺れ死にそうだ。狂気と恐怖が支配するこんな場所が、この世界のどこに、他にも存在するというんだろう。

 ハンナ……君だけが唯一の光だ。ただ毎日君を想う。