「運転は俺だ!!」

 グレッグが颯爽と運転席を陣取ると、ロザリーを助手席に乗せ、ハンナと僕を荷台に押し上げた。

 ハンドルを握る権限を行使しようと、ロジーのリカーショップへと強引にトラックを走らせる。すっかり調子を取り戻したハンナがそれに猛反発し、トラックの天板を手の平でバンバンと叩く。

「ちょっと! ビールを買うつもりね!?」
「『蝶の羽ばたきよりアルコール』っていうだろ? 知らないのかい、先生!」

 それをいうなら、『鳥の鳴き声よりパン(花より団子)』だ。

「言わないわよ! ダメよ! ママとおばさんの大切な思い出の場所で、景色も楽しまないで、お酒を飲んで酔っ払おうなんて、ナンセンスだわ!」

「1日は24時間! ビール1ケースは24本! これが偶然の一致だろうか? 俺はそうは思わねえ!」

「今日は絶対にイヤ! そんなことしたら全部のビール瓶に筆を突っ込んで絵の具を洗ってやるから!」

 馬を操るジョッキーのように激しく天板を打つハンナにグレッグもついに折れ、湖へと進路を戻した。助手席のロザリーも声を立てて笑っている。

「チェッ、わかったよ……」
「わかればいいのよ」

 満足そうに腰を下ろすハンナの横で、僕は空を見上げる。揺れる景色と少しだけ湿る風に、僕たちは身を預ける。

 ハンナがそっとつぶやいた。
「ありがとう、ベン……もうこんな風にあなたたちと笑ったりできないかもって思ってたから」

 すぐ傍でハンナの息遣いを感じる。でも待ち焦がれたはずのこんな幸せな時はいつまでも続かない。その儚さに、僕の心は痛い。

「友達だろ? 君を孤独なクリスティーナにはしないよ」
「でもね、あなたの解答は、まだ不完全よ」ブラウンの髪を風になびかせ、目を細める。

「私はこの病気で死ぬつもりもなければ、この町を自分の人生最後の地に選んだわけでもないの。むしろその逆よ」
 そういって立ち上がると、前を向いて思いっきり背伸びをしてみせた。

「危ないよ、ハンナ」見上げると、青空と白い雲の間に気持ち良さそうに風を受けて微笑む彼女がいる。

「この町がスタートなのよ! この町から、私の価値ある本当の人生がスタートするの!」

 生き生きと目を輝かせる彼女がとても眩しい。僕は徴兵命令のことを思い出した。彼女を励まそうと押しかけたつもりだったけど、逆に励まされた気がして情けない気持ちだ。

 結局そのことについてはなにも言い出せないまま、彼女を見ているだけだった。