山は自分のキャパを超えない走りをしないといけない。一度でも限界を超えてしまうと、もう失速しかない。後半の距離と自分の調子を考えながら、自分のキャパを超えないギリギリのラインでレースを進めていくのを見極める能力も5区には必要と言える。

 空木は努力の人……幼き頃から『負けを知る』空木、もし『自分にも負ける』ことを許してしまえば一体空木は何に勝つことができるのだろう? 負けを知ってるからこそ負けられないTPOが分かる。そして人より劣っていることを自覚している空木は『どの部分が、どれほど不足しているか』を常に見極めてきた。だから『自分がどこまでできるか』を知っている。空木は5区にとって最高に適した能力を有している。



 中継所から3キロ、箱根湯本駅に向かって緩やかな上り。険しい山道を前に空木は覚悟が決まる。箱根湯本駅前の商店街を過ぎ、本格的な上りが始まった。時間はすでに正午を回っているのに気温はどんどん下がってくる。

 前を行くのは青坂、馬引沢の2校。思ったよりその差は開いていない。7キロ付近、大平台の名所ヘアピンカーブでその後ろ姿を目にする。給水を受けたのなら、ほっと息を吐く。
 走る空木から見る景色が開ける、が、絶景なわけではない。しかし客観的に見たこのシーンは印象的だ。


(ここまできた……希姉……どこかで見てるかな?)


 思わず想いに噎ばむ。何の才もなかった自分が箱根駅伝の舞台に立っている。才能でしかない谺や光から託された襷を受け継いで希姉の夢をも背負い、いま往路優勝を掛けて山を登る。
 負けに耐えてきた幼き日は、ここに繋がっていた……。全てはここで勝つために。そんな空木の雄姿を見て希は感動を隠せない。

 いよいよだ……前は視界で捉えた。ここからが勝負だ。確実に差は詰めている。宮ノ下から小涌園は歩くのも苦労するほどの難所だが、実は太平台から宮ノ下、小涌園ぐらいまでは、勢いでいけてしまう。5区の本当の勝負は小涌園からだ。

 小涌園から頂上まで5キロぐらい、ここで差が出る、ここで勝負が決まる。