光と駿輔はことあるごとにぶつかっていた。それは駿輔が自身が実力主義ながらに『光の実力主義』を先輩という年功序列をもってして否定しているからだ。
 年下で実力の及ばない空木は駿輔にとって格好の的であった。そして光はこれまでそういう先輩たちを実力で黙らせ、空木を庇ってきた。駿輔はそれがまた気に喰わない。



 部として行われた5000メートルタイムトライアルでは、光は駿輔とは違う組で走り、タイム13′44″と13′47″という14分を切る日本記録に近いタイムでの3秒差。これはあっちが速いとか、こちらがエースなどというレベルではなく甲乙無しのダブルエースの記録。


 5キロ走と5000メートルは別物、ロードとトラックで記録も別扱いである。よって都大路を走る駅伝はロードで、この5000メートルトラック勝負や部内トライアルの結果がレースに直結しないのは誰もが心得ている。それでも人は何かしらの結果をもって自信に変え、支えにする。
 特に当人たちには意地とプライドを懸けている。

 1000メートルのタイム3′06″、2000メートルは6′15″。3000メートルで9′18″……1000メートル3′03″……前を走る駿輔のペースが上がってきている、光も苦しくなってきた。レースならこの辺りで差が出てくる。レースなら伸びた列の前の方に居ることで苦しくともモチベーションが保てる。しかしこれは2人だけの勝負だ。
 ベストタイムの走りではないにせよ、2番手、『いい位置につけている』なんて前向きな状況を感じ取れるはずもない。

 4000メートルのタイムは12′14″。1000メートル2′56″に上がってきた……前を行く駿輔の靴裏は軽い。
 戦略的揺さぶりをかけることなく、このまま逃げ切る展開を作っている駿輔。

(残り300メートルで仕掛けよう。スピード勝負なら俺に分がある)

 光は決断する。前を走る駿輔の上半身にはまだ力がある。

(無駄に並走する時間をかけてはダメだ、抜きに掛かったと共に抜き去る!)