「あん? 何だと?1年坊主が。今年のガキは口の利き方から教えないとなんねぇのか?」

 着替えていた手を止めて3人に対峙するよう立つ。一瞬の静寂の中で部室の蛍光灯がジリジリと耳に障る。

「知らないんスか? 今は部活動も年功序列より実力主義の世界なんですよ」
「お前こそ知らないのか? 駅伝やるなら、殺伐とした雰囲気になり易い成果主義は流行ってないんだヨ」


「そういう日本の体育会系ハビトゥスが発展を妨げているんじゃないでしょうか?」

 谺が口を挟む。頼みの谺までこうなってしまうと、空木はどうしたらよいか分からない。

「『勝つか、辞めるか』的な能力主義で測る人間に襷は預けらんねぇーってことだよ」


 争いがヒートアップしてきたところへ3年生たちが部室に現れる。

「はい、そこまでっ!」

 2人がその言葉に黙る。そう、これこそが体育会系の縦社会、この年の1年は何事にも代え難い大きな差のある1年だ、2人が黙ったこと、それは受け入れたことに他ならない……先人たちへの敬意、それは自分たちのルーツ、そしてそれが伝統であるということ……襷はそれが染み込み織り込まれて形勢されている……。


「ちぇっ……先輩、自分先に行ってますから……」

 駿介はそう言って部室を出ていく。その何気ない動作だけで感じられる、『できる側』の感覚……。

「アイツは天道駿輔(あまじしゅんすけ)。長距離ではアイツがここのエースだ……よろしくな、大手兄弟と……」

「あ、小田原空木です、よろしくお願いします」
「へぇ……君が(うっ)ちゃんか……君のことも大手先輩から聞いてるよ、よろしく、俺はキャプテンの八幡耕作(やわたこうさく)だ」

 そう言うとティルトアップで空木を推し測ったように思えたが、谺はこのときキャプテンが『升で(こく)を量った』ような不安が過る、希姉が空木のことをどのように伝えたのか……。