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「あれから一ヶ月ね、もうすっかり元に戻った?」
 サンドイッチを食べ終わると、レイはパンくずをスカートからはらい、大きく伸びをした。当時のレイは二十五歳、わたしから見ても急に大人になったように見えた。
「まぁね。でもなんていうか、うまく居場所が見つけられない感じなんだ」
 わたしたちの足元にはハトが集まってきていた。レイの落としたパンくずを食べに来たようだ。
「五年間も一人でいたんだからね。でも焦ることはないのよ」
「みんなそう言ってくれる。でもなかなかそうもいかない」
 その中に一羽、真っ白いハトがいた。その一羽だけが他のハトに邪魔されて、うまく食べ物にありつけずうろうろしていた。
 そのハトはなんだか自分に似ている、そう思った。
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「のんびりすればいいのよ、人生の夏休みだと思って。あなたはみんなを守るためにたった一人で犠牲になったのよ。そのことは、みんなだってちゃんと覚えているわ」
「そうなのかな? でも僕はもう少しちゃんと歩かなきゃいけないと思うんだ。上手くいえないけど、自分がだめにならないように、前に進まなきゃいけない気がするんだ」
 そう、こいつみたいに。わたしはその不器用な白いハトを見て思った。
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「えらいね。レンジ君のそういうまじめなところって、大事よ」
 レイはジッとわたしを見つめてきてそう言った。
 もちろん照れたので、わたしはまたその白いハトを見つめながら答える。
「違うよ。ただの性格だよ。でもほんとうに困ってるんだ。自分がどうしたいのか、どうなりたいのかが、まるで分からないんだ。このままずっとわからないんじゃないか、ってなんだか怖くなってくる」
「うーんナルホドねぇ……じゃあ、あたしが決めてあげようか?」
 彼女の言葉にわたしはすっかり驚いてしまった。まるっきり予想外の展開。
「えぇっ?」
 大きな声を出したせいだろう。ハトがバタバタと飛び立っていった。
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 こんなことってアリなんだろうか? とも思ったが、彼女がそれを告げてくれるというのは、わたしにとって神様や天使から命令されるような感覚だった。もっと簡単に言えば、わたしはこの時、運命を感じたのだ。
「だからさ、あたしが決めてあげる。そのかわり、一度聞いたら必ず実行してくれなくちゃだめよ。どうする? 聞く? 聞かない? ちなみにこれはたった一度のチャンスだからね」
 彼女はわたしをまともに見つめていた。
 それで空を見上げた。
 あの真っ白いハトが、どのハトよりも高く空に舞い上がっていた。
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「聞かせてよ。ぜったい実行するから」
 わたしは即断した。
 それを聞いて彼女は微笑んだ。
 さぁ、わたしの運命やいかに?
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「レンジ君、あなたはこれから大学に行って、お医者さんになりなさい。時間はかかってもかまわないわ。でもとにかく最後までやり遂げて、お医者さんとして大学を卒業しなさい。これが一つ」
 レイはピッと人差し指を立てた。
「医者になるの? しかも、まだあるの?」
「あるわ。お医者さんになって大学を卒業したら、あたしを迎えに来て」
 レイはさらにピッと中指を立てて、Vサインを作った。
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 わたしは完璧に混乱していた。
 これは結婚の申し込み?
 これはうれしい展開なのだろうか?
 それとも単なる勘違い、または拡大解釈みたいなものだろうか?
 わたしはポカンとして彼女を見つめた。
「聞いたんだから、どっちも実行してくれなくちゃだめよ」
 レイはちょっとうつむいてそう言った。
 彼女の耳の先がピンク色に染まっていた。
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 その言葉! 勘違いではなかった。
 わたしは天にも昇るようなうれしさだった。
 あのハトのようにどこまでも高く舞い上がれる気がした。
 医者か、なってやろうじゃないか!
 そしてレイを迎えにいくんだ!
 それはすばらしい目標だった。
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「あ、でもさ……」と、なんとも歯切れ悪くわたしはつぶやいてしまう。
「だめなの?」
「違うよ。でもさ、大学に行くには、それも医者になるなら、時間がすごくかかる。たぶん十年くらいかかるよ。それにお金だってすごくかかる」
 それを考えると気が重くなってしまった。
「レンジ君、今のあなたには時間がたっぷりある。それにお金だってたっぷりあるのよ。それからわたしはちゃんと待ってる。だからなにも心配しなくてもいいのよ」
 レイはそういってくれた。ここまで言ってもらって何を迷うことがあるだろう?
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 わたしは立ち上がった。
 わたしの中でずっと止まっていた時計が、今再び動き出したのだ。
 こうしてはいられない!
「ありがとう!」
 そういうが早いか、わたしは走り出した。
 走らずにはいられなかった。
 公園を横切り、俯いて歩く町の人たちをかき分け、マンションに向かう。
 すぐにでも勉強をはじめなきゃ!
 遅れた分を取り戻さなくちゃ!
 視界がどんどんと明るく開けていく。
 若者よ、走れ!