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 さて、これで日記帳も10冊目。
 ここまでの二十年間というものは、実にあっという間に過ぎ去っていった。正確には出所するまでの二十二年、わたしはとにかく生きることに必死で、次から次へとおこる問題を解決するのに大わらわだった。
 こうして書いてみると、それがあらためてよく分かる。
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 そんな生活の中でコトラが無事に成長し、ケンちゃんやレイ、キョウコさんたちとの間に友情が生まれ、さらに大きな家族もできて、みんなで一緒に成長できたことは本当にすばらしい出来事だった。
 だがそれが特別なことだとは思わない。まぁ程度の差こそあれ、大半の人の人生もそんなものだろうからだ。
 きっとこの学校に通うムニャムニャたちも、これからそういうドタバタ人生を送っていくのだ。
 たぶんあなたの人生も同じようなものではありませんか?
 悲しくても楽しくても、それが人生。
 そして人生は容赦なく続く!
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 まだわたしのドタバタは終わらない。
 刑務所を出た直後の話。
 ふたたび二十年をさかのぼる。
 そう、わたしはまだ二十二歳のムニャムニャだった。
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 その夜、コトラのレストランでわたしの出所祝いのパーティーが開かれた。
 そして集まったみんなの姿を見て、すっかり大人になったみんなの顔を見て、わたしは不意に悲しみを感じてしまった。
 もちろんパーティーは楽しかったし、みんなとよく笑ったのだが、わたしの胸は空っぽだった。その場にいながら、わたしは一人ぼっちになっていた。
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 わたしは老人になったような気分だった。
 しかもそれを感じているのは、子供のままでなにも成長していない自分だった。
 わたしの心はまだ牢獄に捕らえられたままだった。
 わたしはいつのまにかみんなから遠く取り残されていたのだ。それをまざまざと実感した。
 パーティーの後、わたしは久しぶりにふかふかのベッドで横になりながら、わたしから抜け落ちてしまったもの、そしてみんなが手に入れたものを考えていた。
 答えはなかなか現れず、眠れぬままにいつのまにか夜明けが迫っていた。
 そして朝日が部屋に入り込んだとき、寝ぼけた頭を叩き起こすけたたましいベルの音が聞こえないと分かった時、不意にその答えが分かった。
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 わたしが失ったもの、みんなが得たもの。
 それは自分で生きていく力、生きていく目的だった。
 コトラを連れて雪の中を旅だったあの日でも、わたしには何《なに》はなくとも目的だけはあったのだ。
 弟を助けて一緒に生きていく。生きていく理由なんて、それだけでも十分だったのに。
 今のわたしにはそんな小さな目的も理由もなかった。
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 ムニャムニャだったコトラも今では自分で働いて、みんなの面倒を見ていた。
 ケンちゃんもそうだ。レイやキョウコさんも立派に働いている。
 家族の子供たちも、みんなが仕事をしてみんなで助け合って生きている。
 それに較べてわたしはゼロだった。
 働いていないし、これまでだってまともに働いてこなかったし、これから働く場所がすぐに見つかるとも思えなかった。
 特技はなし、学歴は中途半端、それに今では前科まであった。
 なにより恐ろしいのは、わたしに働く意欲が抜け落ちていることだった。
 わたしは世間に出るのが怖くなっていたのだ。
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 わたしはこんな気持ちのまま逃げたくなかった。
 この大家族の父親として、長男の一人として、何とか自分を立て直したかった。
 そこで真っ先にケンちゃんのところに相談に行った。
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 ケンちゃんはマンションの二階に、キョウコさんと、新しく生まれた『ヒョウ』という名の男の子と住んでいた。ヒョウはまだ一歳のムニャムニャで、ベビーベッドの中を四つん這いでグルグル回っていた。
「どうしたんだよ、あらたまってさ」とケンちゃん。
「実はさ、僕をケンちゃんのところで働かせてもらえないかと思ってさ」
「うーん、やめたほうがいいんじゃないかなぁ」
 それはわたしにとってショックな言葉だった。
 ケンちゃんに悪意がないのは分かっていても、なんとなく拒絶された気がした。
「そこをなんとかお願いできないかな? なんでもするし、一生懸命やるからさ」
 わたしはそう言った。とにかく何とかしたいと思ったからだ。
 だがわたしは一つ考え違いをしていた。ケンちゃんが理由もなく、わたしを拒絶したりするはずなかったのだ。それはわたしとケンちゃんが出会ったあの日、理由も聞かずにわたしとコトラを助けてくれたあの日に、きちんと証明されていたのだ。
 だがその時のわたしは完全に誤解していた。
 あまりに心が狭くなっていた。それこそ独房のサイズくらいまで。
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「あのさ、レンジ、それはお前のすることじゃないよ。あせることはないんだからさ、もう少し考えてみなよ」
 それでもケンちゃんの言葉は、その時のわたしにとってきつかった。
 わたしは恥ずかしさでもうそれ以上ケンちゃんの前にいられなかった。
 部屋を出る直前、キョウコさんがわたしを追いかけてきて、こう言った。
「レンジ、誤解しちゃだめだよ。ケンはあんたのことを心配してるし、大事に思ってるんだからね」
「ああ、分かってるよ」
 もちろんわたしは分かっていなかった。