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 キョウコさんもちょくちょく面会に来てくれた。
 彼女も変わらずにマンションに住み込み、ケンちゃんやコトラとともに子供たちの面倒を見てくれていた。
「あんたの授業料が一番無駄になったわねぇ」
「すみません。こんなことになってしまって」
 わたしはいつでも平謝りだった。
「まぁしょうがないんじゃないの? それより、あんたどうして自分が逮捕されたか知りたくない?」
「いえ、別に」
「聞いたのが間違いね。あたしはどうしてもしゃべりたいのよ」
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 その話が出たのは、逮捕されてから半年ほどが過ぎたときだった。
 そしてキョウコさんの口から、あの事件の思いがけない真相が明らかになった。
「それがねぇ、警察に通報があったらしいのよ。レンジっていう子供が、小さな子供たちを誘拐してる、ってね。もちろん匿名の通報。さらにその人は、子供たちの親にも匿名で同じ電話をしたんですって、あたしたちのマンションに子供が誘拐されて捕まってる、って。それであの日、いっせいにパトカーが出て、あんなに親が集まったのよ」
「そうだったんですか」
 通報されたのか……まぁ、きっかけはそういうことなのだろう。
 しかしキョウコさんの話はまだ終わっていなかった。
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「それで、誰が通報したと思う?」
「さぁ、全く分かりません」
 わたしの返事に、キョウコさんはググッと身を乗り出した。
「なんと、あのカゴ婆さんよ。あの人ね、金が大暴落したとき、あたしたちから買った金を全部貯めこんでたんですって。それでね、あんたがあの大暴落の時にうまく切り抜けていたことを、だいぶ根に持っていたらしいの」
「そうですか。たしかに教えようと思えばそうできたんだろうけど。こっちもそれどころじゃなかったし……悪い事しちゃったな」
「バカねぇ、あんたは。底抜けのお人よしね。それでよかったのよ! あんな欲の皮の突っ張った婆さん助けることなんかないのよ。むしろいい気味よ」
 また厳しいことを。
「でもまぁ、そのせいであんたが捕まったのは痛手だったわね」
「すみません」
「あんまり謝らないほうがいいよ、それ癖になるからね」
「はい、すみません」
「はぁ……言ってるそばから。まぁ、いいわ。以後気をつけるように。じゃまたね」
 キョウコさんは大体一方的にしゃべり、説教をして帰っていくのだった。
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 レイが面会に来てくれたのは、捕まってから一年が経過したころだった。
 今は父親と一緒にいるのだから、そう簡単に会いに来られないことはわかっていた。
「ごめんなさい、ずっと来れなくて」
「いいんだよ、久しぶりだね、元気にしてた? お父さんとはどう? うまくやってるの?」
 レイは一度コクンとうなずいた。それから首を振った。
「わたしもリュウイチも元気にしてる。お父さんとは……うまく言えないな。でももう暴力をふるったり、お酒を飲んで暴れたりはしなくなった。でも相変わらず仕事がなくて……でも、まぁなんとかやってる」
「そうかぁ、まぁそんなものなのかな?」
「ううん。これでもすごく良くなったのよ。リュウイチは今でも毎日のようにマンションに遊びに行って絵を描いているし、それにあたしもそのままヒダカさんのところで働かせてもらっているし」
「そっかリュウイチ君、ちゃんと絵を描いてるんだ」
「うん。すごく上手になったのよ」
 うなずくレイの表情を見ているだけでわたしは安心した。
 好きなことをしていられる、それは心が平穏な証拠だ。
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「そういえばさ、ヒダカ老人は元気にしてるの?」
「それが、最近はあまり具合がよくなくてね、ほとんどベッドから離れられないの。あなたによろしくって言ってたわ。本当はあなたに会いに行きたいんだけど、お医者さんに止められているのよ」
「そうかぁ、でもその気持ちだけで十分だよ」
 レイが面会に来てくれたその日は雨が降っていたのを覚えている。
 窓の外は暗く、いつまでも雨がザァザァとふっていた。
 部屋の中は薄暗くて、机の上の蛍光灯がレイの美しい顔を青白く照らしていた。
 わたしがあんまりレイを見つめすぎていたせいだと思うが、わたしたちの会話は途切れがちだった。
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「それからレンジ君、みんなから預かっているお金のことなんだけど」
「なんだい?」
「あのお金はまだわたしの名義になっているの。キョウコにも相談したんだけど、今のところはやりくりできているから、そのまま預かって欲しいって言われてて」
「そうか。まだ君がまだ運用してるわけだ。少しは増えたの? それとも減った?」
 レイはなんとなく言いづらそうだった。やはりお金を運用するなど、子供には無理なのだろう、そういうお金は結局どこかへ行ってしまうものなのだろう、と思っていたのだが。
「三倍くらいになったの……」レイは困ったようにそう言った。
「三倍!」びびった。
 レイの言葉に、その大金ぶりに、とにかく全部にわたしはびびってしまった。
「今は総資産で二億円はあるわ」
「二億!」
 それがどれくらいの大金なのか、わたしにはさっぱり分からなかった。
 もはや想像できる金額を超えていた。わたしは震える手で二本の指を立て、
「二オク?……ソレってなん百円?」