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「おれたち、なかなか頑張ったよな、レンジ」
 その日の会議でケンちゃんはそういってくれた。
 わたしはうなずいた。本当によく頑張ってきた。自分でもそう思えた。
「そうだ! 明日はお祝いをしようよ!」
 コトラが元気にそういった。とはいえ、たぶん前々から計画を練っていたのだろう。ずいぶんわざとらしかった。
「晩御飯にはピザを作るからさ、そしたらデザートにはさ、久しぶりにショートケーキを食べようよ。あの頃みたいに。もちろん、今度はみんなでさ」
「ケーキ! ピッツァ! キュージューニンブン!」
 とキョウコさんが呪文でも唱えるように言った。
「キョウコさん、どうでしょうか? お願いします!」
 コトラは拝むように手を合わせる。もちろんわたしたちも、その後ろで一緒になって拝む。
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「今月も家計が苦しいんだけどねぇ……今回は特別に許可するわ」
 するとその場にいた子供たちからワッと歓声が上がった。
「ケーキは十個、いや二十個は作らないとなぁ。がんばらなくちゃ」
 コトラは腕まくりしながらそういった。そしてケーキ作りのメンバーにさっそく買い出しの指示を出し始めた。
「明日の仕事は全部休みにしてくるよ」
 ケンちゃんもそういって仲間を集めて打ち合わせを始めた。
「あたしも明日の事務所は早めに切り上げてくるね」
 とレイ。そういってリュウイチと一緒に自分の部屋へと戻っていった。
「あんたは?」とキョウコさんが聞いてきた。
「よし! 僕は学校サボるかな」
「駄目に決まってるでしょ!」
 やっぱりスリッパで叩かれてしまった。
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 その翌日、わたしはいつもどおり学校へ行った。
 出かけた朝、珍しいことにみんながいなかった。
 コトラは店へ早々に出かけていたし、ケンちゃんも同じく仕事に出かけていた。
 レイは事務所にいつもより早く出発し、キョウコさんは珍しくミクニ老人の所へと戻っていた。
 子供たちだけはマンションのあちこちにいて、わたしが通りかかると十字のマークで楽しそうに合図してくれた。
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 質屋の前を通りかかると、店に張り紙がしてあるのが見えた。
 ガラスの向こうは真っ暗で、棚からは全ての商品が消えていた。
 近くに行ってみると、倒産したことが分かった。カゴ婆さんの姿は見えなかった。
 後に分かることだが、カゴ婆さんは金の大暴落で大赤字を出したのだった。
 金がさらに値上がりするのを待っていて、大量の金を手元に残していた。
 それが一夜にして鉄くずと化してしまったのだ。
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 わたしは少しばかりの後悔を感じた。
 ヒダカ老人の言葉をカゴ婆さんに伝えることも出来たのだ。
 現実的にはそれどころではなかったのだが、方法がなかったわけではない。
 だが仕方なかった、と思うよりほかなかった。
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 授業はこの日、あまり熱が入らなかった。
 みんなで過ごす久しぶりのパーティーが楽しみだった。
 コトラやケンちゃんとショートケーキを食べる、それはわたしたちにとってとても感慨深いことだった。
 コトラが金の涙を流すきっかけになったのが、ショートケーキだった。
 思い起こせばあれから五年もの歳月が流れていた。
 ずいぶんといろんなことがあったけど、あわただしくも、楽しい日々だった。
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 そして待望の放課後がやってきた。
 その日の授業は昼で終わりだった。
 わたしはカバンに教科書を詰め込むと、真っ先に学校を飛び出した。
 たぶんまだ誰も帰ってきていないだろう。
 それでも家に、自分の家に帰るのが楽しみだった。
 そして見た。
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 マンションの前にパトカーが止まっていた。
 十台以上が並んでいる。
 そして子供たちがマンションから引きずり出されていた。
 子供たちは泣いていた。子供たちはうなだれていた。
 制服姿の警官が次々にマンションに入り、子供たちを連れ出していた。
 そして見た。
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 子供たちを迎えに、親たちが来ているのを。
 子供たちをいじめていた父親が、母親が、一人で、あるいは二人で、嫌がる子供たちの手を掴んでパトカーに乗せようとしていた。
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「やめろ!」
 わたしは叫んでいた。
「やめてくれ!」
 わたしは怒号していた。
 警官、子供、親たちの動きが止まり、突然現れたわたしをジッと見つめていた。
「みんなを連れて行かないでくれ!」
 わたしは走り出した。
 警官が制止しようと前に飛び出てきた。
 わたしはその腕をかいくぐり、子供たちを連れ出そうとする親たちに迫った。
「連れて行くな! 僕の家族だ!」
 また警官が来た。
 わたしはその手を払いのけた。
 子供たちがすがるようにわたしを見つめている。
 実の親の手を振りほどき、わたしのもとへ駆け寄ろうとしていた。
 何人もの子供たちが同じように、わたしを求めていた。
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「ふざけるな! ひとさらいが!」
 そう言いながら、一人の男がわたしの前に現れた。
 ボロボロのコートを着た男だった。右手には酒瓶があった。
 それはレイとリュウイチの父親だった。
「オレの大事な子供をさらいやがって!」
 その言葉がわたしの怒りに火をそそいだ。
 うなじの毛がちりちりと逆立ち、心臓には一気に血が流れ込んだ。
 わたしは激怒していた。
「おまえこそ、ふざけるな! 子供を殴っていたくせに!」
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 警官たちがさらに集まった。
 わたしの胴体に腕が絡みついた。右手が押さえ込まれた。
 左手がねじり上げられた。首もとに太い腕が食い込んだ。
 それでもわたしは進んだ。
「返せ! 僕の家族だ! おまえたちは親でもなんでもない! 家族なんかじゃない! その汚い手で触るな! おまえたちの子供じゃないんだ!」
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 出し抜けにわたしはレイの父親に殴られた。
 右の頬を一度。それから頭の辺りを殴られた。
 そして警官たちが彼を取り押さえ、わたしも地面に引きずり倒された。
 口の中に血の味が広がった。だが痛みは感じなかった。
 それ以上に激怒していたからだ。
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「みんな出て行け! ここは僕たちの家だ! その手を離せ! みんなを返せ!」
 だがその時、スーツ姿の男が目の前に立った。
 二人組みの男だった。
 そのうちの一人が、今度はわたしを無理やり立たせた。そして腹部に強烈な膝蹴りを入れてきた。息がつけなくなり、猛烈な痛みが広がった。目の前が急に真っ暗になった。
 そしてもう一人の男が小さな紙を広げながら言った。
「レンジ、だな。お前を幼児誘拐の罪で逮捕する」
「かえせ……僕の家族を……」
 そして見た。
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 わたしの両の手首にガチャリと銀色の手錠が冷たく嵌るのを。
 わたしは逮捕された。
 それから五年もの長きにわたり、わたしは投獄されることになる。

 ~ そして牢獄へ 終わり ~