📖
「おれたち、なかなか頑張ったよな、レンジ」
その日の会議でケンちゃんはそういってくれた。
わたしはうなずいた。本当によく頑張ってきた。自分でもそう思えた。
「そうだ! 明日はお祝いをしようよ!」
コトラが元気にそういった。とはいえ、たぶん前々から計画を練っていたのだろう。ずいぶんわざとらしかった。
「晩御飯にはピザを作るからさ、そしたらデザートにはさ、久しぶりにショートケーキを食べようよ。あの頃みたいに。もちろん、今度はみんなでさ」
「ケーキ! ピッツァ! キュージューニンブン!」
とキョウコさんが呪文でも唱えるように言った。
「キョウコさん、どうでしょうか? お願いします!」
コトラは拝むように手を合わせる。もちろんわたしたちも、その後ろで一緒になって拝む。
📖
「今月も家計が苦しいんだけどねぇ……今回は特別に許可するわ」
するとその場にいた子供たちからワッと歓声が上がった。
「ケーキは十個、いや二十個は作らないとなぁ。がんばらなくちゃ」
コトラは腕まくりしながらそういった。そしてケーキ作りのメンバーにさっそく買い出しの指示を出し始めた。
「明日の仕事は全部休みにしてくるよ」
ケンちゃんもそういって仲間を集めて打ち合わせを始めた。
「あたしも明日の事務所は早めに切り上げてくるね」
とレイ。そういってリュウイチと一緒に自分の部屋へと戻っていった。
「あんたは?」とキョウコさんが聞いてきた。
「よし! 僕は学校サボるかな」
「駄目に決まってるでしょ!」
やっぱりスリッパで叩かれてしまった。
📖
その翌日、わたしはいつもどおり学校へ行った。
出かけた朝、珍しいことにみんながいなかった。
コトラは店へ早々に出かけていたし、ケンちゃんも同じく仕事に出かけていた。
レイは事務所にいつもより早く出発し、キョウコさんは珍しくミクニ老人の所へと戻っていた。
子供たちだけはマンションのあちこちにいて、わたしが通りかかると十字のマークで楽しそうに合図してくれた。
📖
質屋の前を通りかかると、店に張り紙がしてあるのが見えた。
ガラスの向こうは真っ暗で、棚からは全ての商品が消えていた。
近くに行ってみると、倒産したことが分かった。カゴ婆さんの姿は見えなかった。
後に分かることだが、カゴ婆さんは金の大暴落で大赤字を出したのだった。
金がさらに値上がりするのを待っていて、大量の金を手元に残していた。
それが一夜にして鉄くずと化してしまったのだ。
📖
わたしは少しばかりの後悔を感じた。
ヒダカ老人の言葉をカゴ婆さんに伝えることも出来たのだ。
現実的にはそれどころではなかったのだが、方法がなかったわけではない。
だが仕方なかった、と思うよりほかなかった。
📖
授業はこの日、あまり熱が入らなかった。
みんなで過ごす久しぶりのパーティーが楽しみだった。
コトラやケンちゃんとショートケーキを食べる、それはわたしたちにとってとても感慨深いことだった。
コトラが金の涙を流すきっかけになったのが、ショートケーキだった。
思い起こせばあれから五年もの歳月が流れていた。
ずいぶんといろんなことがあったけど、あわただしくも、楽しい日々だった。
📖
そして待望の放課後がやってきた。
その日の授業は昼で終わりだった。
わたしはカバンに教科書を詰め込むと、真っ先に学校を飛び出した。
たぶんまだ誰も帰ってきていないだろう。
それでも家に、自分の家に帰るのが楽しみだった。
そして見た。
📖
マンションの前にパトカーが止まっていた。
十台以上が並んでいる。
そして子供たちがマンションから引きずり出されていた。
子供たちは泣いていた。子供たちはうなだれていた。
制服姿の警官が次々にマンションに入り、子供たちを連れ出していた。
そして見た。
📖
子供たちを迎えに、親たちが来ているのを。
子供たちをいじめていた父親が、母親が、一人で、あるいは二人で、嫌がる子供たちの手を掴んでパトカーに乗せようとしていた。
📖
「やめろ!」
わたしは叫んでいた。
「やめてくれ!」
わたしは怒号していた。
警官、子供、親たちの動きが止まり、突然現れたわたしをジッと見つめていた。
「みんなを連れて行かないでくれ!」
わたしは走り出した。
警官が制止しようと前に飛び出てきた。
わたしはその腕をかいくぐり、子供たちを連れ出そうとする親たちに迫った。
「連れて行くな! 僕の家族だ!」
また警官が来た。
わたしはその手を払いのけた。
子供たちがすがるようにわたしを見つめている。
実の親の手を振りほどき、わたしのもとへ駆け寄ろうとしていた。
何人もの子供たちが同じように、わたしを求めていた。
📖
「ふざけるな! ひとさらいが!」
そう言いながら、一人の男がわたしの前に現れた。
ボロボロのコートを着た男だった。右手には酒瓶があった。
それはレイとリュウイチの父親だった。
「オレの大事な子供をさらいやがって!」
その言葉がわたしの怒りに火をそそいだ。
うなじの毛がちりちりと逆立ち、心臓には一気に血が流れ込んだ。
わたしは激怒していた。
「おまえこそ、ふざけるな! 子供を殴っていたくせに!」
📖
警官たちがさらに集まった。
わたしの胴体に腕が絡みついた。右手が押さえ込まれた。
左手がねじり上げられた。首もとに太い腕が食い込んだ。
それでもわたしは進んだ。
「返せ! 僕の家族だ! おまえたちは親でもなんでもない! 家族なんかじゃない! その汚い手で触るな! おまえたちの子供じゃないんだ!」
📖
出し抜けにわたしはレイの父親に殴られた。
右の頬を一度。それから頭の辺りを殴られた。
そして警官たちが彼を取り押さえ、わたしも地面に引きずり倒された。
口の中に血の味が広がった。だが痛みは感じなかった。
それ以上に激怒していたからだ。
📖
「みんな出て行け! ここは僕たちの家だ! その手を離せ! みんなを返せ!」
だがその時、スーツ姿の男が目の前に立った。
二人組みの男だった。
そのうちの一人が、今度はわたしを無理やり立たせた。そして腹部に強烈な膝蹴りを入れてきた。息がつけなくなり、猛烈な痛みが広がった。目の前が急に真っ暗になった。
そしてもう一人の男が小さな紙を広げながら言った。
「レンジ、だな。お前を幼児誘拐の罪で逮捕する」
「かえせ……僕の家族を……」
そして見た。
📖
わたしの両の手首にガチャリと銀色の手錠が冷たく嵌るのを。
わたしは逮捕された。
それから五年もの長きにわたり、わたしは投獄されることになる。
~ そして牢獄へ 終わり ~
「おれたち、なかなか頑張ったよな、レンジ」
その日の会議でケンちゃんはそういってくれた。
わたしはうなずいた。本当によく頑張ってきた。自分でもそう思えた。
「そうだ! 明日はお祝いをしようよ!」
コトラが元気にそういった。とはいえ、たぶん前々から計画を練っていたのだろう。ずいぶんわざとらしかった。
「晩御飯にはピザを作るからさ、そしたらデザートにはさ、久しぶりにショートケーキを食べようよ。あの頃みたいに。もちろん、今度はみんなでさ」
「ケーキ! ピッツァ! キュージューニンブン!」
とキョウコさんが呪文でも唱えるように言った。
「キョウコさん、どうでしょうか? お願いします!」
コトラは拝むように手を合わせる。もちろんわたしたちも、その後ろで一緒になって拝む。
📖
「今月も家計が苦しいんだけどねぇ……今回は特別に許可するわ」
するとその場にいた子供たちからワッと歓声が上がった。
「ケーキは十個、いや二十個は作らないとなぁ。がんばらなくちゃ」
コトラは腕まくりしながらそういった。そしてケーキ作りのメンバーにさっそく買い出しの指示を出し始めた。
「明日の仕事は全部休みにしてくるよ」
ケンちゃんもそういって仲間を集めて打ち合わせを始めた。
「あたしも明日の事務所は早めに切り上げてくるね」
とレイ。そういってリュウイチと一緒に自分の部屋へと戻っていった。
「あんたは?」とキョウコさんが聞いてきた。
「よし! 僕は学校サボるかな」
「駄目に決まってるでしょ!」
やっぱりスリッパで叩かれてしまった。
📖
その翌日、わたしはいつもどおり学校へ行った。
出かけた朝、珍しいことにみんながいなかった。
コトラは店へ早々に出かけていたし、ケンちゃんも同じく仕事に出かけていた。
レイは事務所にいつもより早く出発し、キョウコさんは珍しくミクニ老人の所へと戻っていた。
子供たちだけはマンションのあちこちにいて、わたしが通りかかると十字のマークで楽しそうに合図してくれた。
📖
質屋の前を通りかかると、店に張り紙がしてあるのが見えた。
ガラスの向こうは真っ暗で、棚からは全ての商品が消えていた。
近くに行ってみると、倒産したことが分かった。カゴ婆さんの姿は見えなかった。
後に分かることだが、カゴ婆さんは金の大暴落で大赤字を出したのだった。
金がさらに値上がりするのを待っていて、大量の金を手元に残していた。
それが一夜にして鉄くずと化してしまったのだ。
📖
わたしは少しばかりの後悔を感じた。
ヒダカ老人の言葉をカゴ婆さんに伝えることも出来たのだ。
現実的にはそれどころではなかったのだが、方法がなかったわけではない。
だが仕方なかった、と思うよりほかなかった。
📖
授業はこの日、あまり熱が入らなかった。
みんなで過ごす久しぶりのパーティーが楽しみだった。
コトラやケンちゃんとショートケーキを食べる、それはわたしたちにとってとても感慨深いことだった。
コトラが金の涙を流すきっかけになったのが、ショートケーキだった。
思い起こせばあれから五年もの歳月が流れていた。
ずいぶんといろんなことがあったけど、あわただしくも、楽しい日々だった。
📖
そして待望の放課後がやってきた。
その日の授業は昼で終わりだった。
わたしはカバンに教科書を詰め込むと、真っ先に学校を飛び出した。
たぶんまだ誰も帰ってきていないだろう。
それでも家に、自分の家に帰るのが楽しみだった。
そして見た。
📖
マンションの前にパトカーが止まっていた。
十台以上が並んでいる。
そして子供たちがマンションから引きずり出されていた。
子供たちは泣いていた。子供たちはうなだれていた。
制服姿の警官が次々にマンションに入り、子供たちを連れ出していた。
そして見た。
📖
子供たちを迎えに、親たちが来ているのを。
子供たちをいじめていた父親が、母親が、一人で、あるいは二人で、嫌がる子供たちの手を掴んでパトカーに乗せようとしていた。
📖
「やめろ!」
わたしは叫んでいた。
「やめてくれ!」
わたしは怒号していた。
警官、子供、親たちの動きが止まり、突然現れたわたしをジッと見つめていた。
「みんなを連れて行かないでくれ!」
わたしは走り出した。
警官が制止しようと前に飛び出てきた。
わたしはその腕をかいくぐり、子供たちを連れ出そうとする親たちに迫った。
「連れて行くな! 僕の家族だ!」
また警官が来た。
わたしはその手を払いのけた。
子供たちがすがるようにわたしを見つめている。
実の親の手を振りほどき、わたしのもとへ駆け寄ろうとしていた。
何人もの子供たちが同じように、わたしを求めていた。
📖
「ふざけるな! ひとさらいが!」
そう言いながら、一人の男がわたしの前に現れた。
ボロボロのコートを着た男だった。右手には酒瓶があった。
それはレイとリュウイチの父親だった。
「オレの大事な子供をさらいやがって!」
その言葉がわたしの怒りに火をそそいだ。
うなじの毛がちりちりと逆立ち、心臓には一気に血が流れ込んだ。
わたしは激怒していた。
「おまえこそ、ふざけるな! 子供を殴っていたくせに!」
📖
警官たちがさらに集まった。
わたしの胴体に腕が絡みついた。右手が押さえ込まれた。
左手がねじり上げられた。首もとに太い腕が食い込んだ。
それでもわたしは進んだ。
「返せ! 僕の家族だ! おまえたちは親でもなんでもない! 家族なんかじゃない! その汚い手で触るな! おまえたちの子供じゃないんだ!」
📖
出し抜けにわたしはレイの父親に殴られた。
右の頬を一度。それから頭の辺りを殴られた。
そして警官たちが彼を取り押さえ、わたしも地面に引きずり倒された。
口の中に血の味が広がった。だが痛みは感じなかった。
それ以上に激怒していたからだ。
📖
「みんな出て行け! ここは僕たちの家だ! その手を離せ! みんなを返せ!」
だがその時、スーツ姿の男が目の前に立った。
二人組みの男だった。
そのうちの一人が、今度はわたしを無理やり立たせた。そして腹部に強烈な膝蹴りを入れてきた。息がつけなくなり、猛烈な痛みが広がった。目の前が急に真っ暗になった。
そしてもう一人の男が小さな紙を広げながら言った。
「レンジ、だな。お前を幼児誘拐の罪で逮捕する」
「かえせ……僕の家族を……」
そして見た。
📖
わたしの両の手首にガチャリと銀色の手錠が冷たく嵌るのを。
わたしは逮捕された。
それから五年もの長きにわたり、わたしは投獄されることになる。
~ そして牢獄へ 終わり ~