📖
少し話を戻そう。
家計のやりくりはすべてミクニ老人(ヒダカ老人の屋敷を管理していたおじいさん、もちろんその時は引退していた)の孫娘『キョウコさん』が担当していた。
「コトラ! あんた、毎日ハンバーグ作るつもり? このペースだと、肉なしハンバーグ作ることになるよ!」だとか、「ケン、あんたもう少し高く値段とりなさいよ、爺さんたちは金持ちなんだから、あんたの財布で価格を決めるんじゃないの!」だとか、「レンジ、ぼけっとしない! あんた医者か弁護士にでもならなきゃ、授業料は回収できないのよ!」だとか、
それはまぁ厳しいことばかり言われた。
だがわたしたち三兄弟にとって、こういう姉さんタイプの出現は初めてだった。気弱なわたしたちは自然と彼女の言葉に従うようになっていった。
📖
だがまぁそれがよかったのだ。
彼女はほんとうにわたしたちの事を考えてくれていた。
つまり八十人ちかい子供たちのことを考えてくれていたのだ。
働ける子供は働きに出し、働けない子供には手伝いをさせた。そして甘えたい盛りの子供たちの母親になってくれた。
もっとよかったのは、お金に困ることがなくなったことだ。彼女のやりくりは天才的だった。
いつの時代も女性は強い! キョウコさんはまさにその見本だった。
📖
またキョウコさんはその持ち前の明るさで、レイの言葉も取り戻した。
レイはなにかと消極的なタイプで、何をするにも一歩下がったところがあった。その下がったところから、キョウコさんはいつでも無理やり前に引っ張り出した。
わたしたちは最初、この二人が合わないと思っていた。仲が悪いのではないかと心配していた。
だがそういうわけではなかった。女同士の友情というのは、男の理解できるものではないのだろう。
レイがはじめてしゃべった時も、最初二人は喧嘩しているのではないか、と思っていた。キョウコさんはやたらと挑発してるし、レイはレイでいつものように悔しそうに唇を引き結んで耐えていた。
二人が何でモメていたのか、モメ始めたのかは分からない。
わたしたち気弱な三兄弟はいつもそういうところから逃げていたからだ。
📖
「あんたねぇ。悔しくないわけ?」
その日もキョウコさんは相変わらずの調子だった。ただすごく冷静に挑発するのだ。
「ほーら、すぐそうやって黙っちゃう。どうして? たまには言い返して見なさいよ!」
「しゃ、しゃべれないからよ!」
と、レイがしゃべった。しゃべったのだ!
みんながびっくりした。みんながはじめて聞く彼女の声だった。
もちろん弟のリュウイチも驚いていた。そして誰よりも、レイ自身がびっくりしていた。
「しゃべれ……ない……からよ」
確かめるように今度はつぶやいた。
「ほら、やっぱり声が出せるじゃない」
驚いてなかったのはキョウコさんだけだった。そして先ほどまでの剣幕はどこへやら、とても優しい笑顔を浮かべたのだった。
「あ、あの、ありがとう。ありがとう! キョウコ!」
レイはキョウコの胸に飛び込んでわんわんと泣いた。
📖
そうこうするうち、さらに一年があっという間に過ぎていった。
いろいろと忙しくて、いつでも生きるのにカツカツだったが、たくさんの仲間がいて楽しい日々だった。
そしてこの年、わたしが十七歳になった2042年に、すべてが大きく変わっていくことになる。
この年、日本ばかりか世界中で不況の嵐が吹き荒れ、世界全体が大きくうねり、小さな街に住むわたしたちにまで貧乏の風が吹き荒れたのだ。
📖
その最初の風はごくごく小さな風だった。
その風はレイによってもたらされた。
わたしたち兄弟はいつもの会議を開いていた。とはいってもこの頃は、子供の救出もマンションの子供たちの生活も、そしてわたしの勉強のほうも順風満帆でほとんどトランプばかりしていた。
「レンジ君、明日なんだけど、予定ある?」
「あした? なに?」
と、何気なく返事をしつつも、実は結構ドキドキしていた。
「ヒダカさんがあなたを呼んできて欲しいって」
「ヒダカ老人かぁ……ずいぶん会ってないな。なんだろう?」
「さぁ。とにかくあなたに話したい事があるんですって」
前にも少し触れたが、レイはヒダカ老人の所で働いていた。
身の回りの世話や掃除、片付けなど、メイドのような仕事をしていた。
「うん。わかった。行くよ、朝がいいのかな?」
「ええ。一緒に行きましょう」
一緒に! わたしはただその言葉だけでもう幸せだった。
📖
そして翌日、わたしはレイと一緒にヒダカ老人の屋敷へと歩いていった。
考えてみると、ずいぶんと久しぶりに歩く道だった。
小さい頃は毎日のように通った懐かしい道だが、こうして大人になって歩いてみると、ずいぶん狭い道だったことに気がついた。そしてあれほど威圧的に見えた屋敷も、今は大きな家というぐらいにしか感じられなかった。なにより塀が低かった。昔は見上げていたのに、今は目の高さになっている。
「そうだ、ここから始まったんだっけな……」
そんな感慨にふけっているうちに、とうとう屋敷の勝手口に到着した。
そしてこの後、わたしはふたたびヒダカ老人に助けられることになる!
少し話を戻そう。
家計のやりくりはすべてミクニ老人(ヒダカ老人の屋敷を管理していたおじいさん、もちろんその時は引退していた)の孫娘『キョウコさん』が担当していた。
「コトラ! あんた、毎日ハンバーグ作るつもり? このペースだと、肉なしハンバーグ作ることになるよ!」だとか、「ケン、あんたもう少し高く値段とりなさいよ、爺さんたちは金持ちなんだから、あんたの財布で価格を決めるんじゃないの!」だとか、「レンジ、ぼけっとしない! あんた医者か弁護士にでもならなきゃ、授業料は回収できないのよ!」だとか、
それはまぁ厳しいことばかり言われた。
だがわたしたち三兄弟にとって、こういう姉さんタイプの出現は初めてだった。気弱なわたしたちは自然と彼女の言葉に従うようになっていった。
📖
だがまぁそれがよかったのだ。
彼女はほんとうにわたしたちの事を考えてくれていた。
つまり八十人ちかい子供たちのことを考えてくれていたのだ。
働ける子供は働きに出し、働けない子供には手伝いをさせた。そして甘えたい盛りの子供たちの母親になってくれた。
もっとよかったのは、お金に困ることがなくなったことだ。彼女のやりくりは天才的だった。
いつの時代も女性は強い! キョウコさんはまさにその見本だった。
📖
またキョウコさんはその持ち前の明るさで、レイの言葉も取り戻した。
レイはなにかと消極的なタイプで、何をするにも一歩下がったところがあった。その下がったところから、キョウコさんはいつでも無理やり前に引っ張り出した。
わたしたちは最初、この二人が合わないと思っていた。仲が悪いのではないかと心配していた。
だがそういうわけではなかった。女同士の友情というのは、男の理解できるものではないのだろう。
レイがはじめてしゃべった時も、最初二人は喧嘩しているのではないか、と思っていた。キョウコさんはやたらと挑発してるし、レイはレイでいつものように悔しそうに唇を引き結んで耐えていた。
二人が何でモメていたのか、モメ始めたのかは分からない。
わたしたち気弱な三兄弟はいつもそういうところから逃げていたからだ。
📖
「あんたねぇ。悔しくないわけ?」
その日もキョウコさんは相変わらずの調子だった。ただすごく冷静に挑発するのだ。
「ほーら、すぐそうやって黙っちゃう。どうして? たまには言い返して見なさいよ!」
「しゃ、しゃべれないからよ!」
と、レイがしゃべった。しゃべったのだ!
みんながびっくりした。みんながはじめて聞く彼女の声だった。
もちろん弟のリュウイチも驚いていた。そして誰よりも、レイ自身がびっくりしていた。
「しゃべれ……ない……からよ」
確かめるように今度はつぶやいた。
「ほら、やっぱり声が出せるじゃない」
驚いてなかったのはキョウコさんだけだった。そして先ほどまでの剣幕はどこへやら、とても優しい笑顔を浮かべたのだった。
「あ、あの、ありがとう。ありがとう! キョウコ!」
レイはキョウコの胸に飛び込んでわんわんと泣いた。
📖
そうこうするうち、さらに一年があっという間に過ぎていった。
いろいろと忙しくて、いつでも生きるのにカツカツだったが、たくさんの仲間がいて楽しい日々だった。
そしてこの年、わたしが十七歳になった2042年に、すべてが大きく変わっていくことになる。
この年、日本ばかりか世界中で不況の嵐が吹き荒れ、世界全体が大きくうねり、小さな街に住むわたしたちにまで貧乏の風が吹き荒れたのだ。
📖
その最初の風はごくごく小さな風だった。
その風はレイによってもたらされた。
わたしたち兄弟はいつもの会議を開いていた。とはいってもこの頃は、子供の救出もマンションの子供たちの生活も、そしてわたしの勉強のほうも順風満帆でほとんどトランプばかりしていた。
「レンジ君、明日なんだけど、予定ある?」
「あした? なに?」
と、何気なく返事をしつつも、実は結構ドキドキしていた。
「ヒダカさんがあなたを呼んできて欲しいって」
「ヒダカ老人かぁ……ずいぶん会ってないな。なんだろう?」
「さぁ。とにかくあなたに話したい事があるんですって」
前にも少し触れたが、レイはヒダカ老人の所で働いていた。
身の回りの世話や掃除、片付けなど、メイドのような仕事をしていた。
「うん。わかった。行くよ、朝がいいのかな?」
「ええ。一緒に行きましょう」
一緒に! わたしはただその言葉だけでもう幸せだった。
📖
そして翌日、わたしはレイと一緒にヒダカ老人の屋敷へと歩いていった。
考えてみると、ずいぶんと久しぶりに歩く道だった。
小さい頃は毎日のように通った懐かしい道だが、こうして大人になって歩いてみると、ずいぶん狭い道だったことに気がついた。そしてあれほど威圧的に見えた屋敷も、今は大きな家というぐらいにしか感じられなかった。なにより塀が低かった。昔は見上げていたのに、今は目の高さになっている。
「そうだ、ここから始まったんだっけな……」
そんな感慨にふけっているうちに、とうとう屋敷の勝手口に到着した。
そしてこの後、わたしはふたたびヒダカ老人に助けられることになる!