📖
わたしたちの戦いは始まった!
が、その前に子供十字軍が誕生した瞬間のことをもう少し記さねばならない。
家族会議は毎晩のように開かれた。
「まずは、誰を助けるかを探るんだ。親から暴力をうけたりして、泣かされている子供をひとりずつ見つけよう」
子供救出作戦のリーダーはわたしだった。
この頃はなにかとリーダー役を引き受けるようになっていた。
学生になってからというもの、一番自由な時間が多かったからだ。
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「それなら、ここの子供たちに質屋さんを見張らせたらどうかな?」
十歳にはなったが、まだまだ子供のコトラが言った。コトラはこのマンションに住んでいる子供たちの兄貴分であり、子供たちにも、それより小さなムニャムニャにもずいぶんとなつかれていた。
「そうだな、子供たちなら目立たないし、尾行もしやすいな……よし、それで行こう! 偵察任務の指揮はコトラに任せる」
「うん、任せといて!」
コトラは張り切って敬礼した。
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「なぁ、俺は? 俺はなにしたらいい?」
とは十六歳になったケンちゃん。
ケンちゃんも何かと忙しい身なのだが、こちらもずいぶんと乗り気だった。
「ケンちゃんには子供たちを隠す場所を作ってほしいんだ。ほら、せっかく助けても親が連れ戻しに来ると思うんだよね。だから、子供たちを安全に隠せる場所が必要になると思うんだ」
わたしたちのマンションは近所ではすでに有名になっていたから、まず真っ先に疑われるに違いなかった。
「オーケーオーケー! それなら俺にうってつけだ。俺はこの建物を知りつくしてるからな、秘密基地ならいくらでも作ってやるぜ」
ケンちゃんはグッと握りこぶしでポーズを決めた。
📖
「それともう一つ……」わたしは言葉を続ける。
「……このマンションが疑われた時の用心に、ミクニ老人の知り合いの人たちに、かくまってもらえないか頼んでみたらどうかと思うんだよ」
ミクニ老人は引退してからというもの、わたしたちとすっかり仲良くなっていた。以前の怖い面影はまったくなく、わたしたちにいつも親切にしてくれていた。
「どうかな、ケンちゃん? しばらくなら、かくまってくれると思うんだ」
「おまえって、ほんと天才だな……握手させてくれ」
ケンちゃんはわたしの手を取ってブンブンと力強く握手した。いくつになっても変わらずに、感動屋で気のいい奴だった。
「まったくいい考えだぜ。口のかたいジジババ選びはまかせろ」
二人は実に満足そうだった。そんな二人の姿を見て、わたしもまた大満足だった。
だがもう一つ、大事なことを告げねばならない。
📖
「それで僕は、すべてを判断する役になる。誰を連れてくるとか、どこへ運ぶとかそういったこと、それに連れ出すのも僕がやる」
「うん、わかった」とコトラ。ケンもうなずいた。
「ここでひとつ忘れないで欲しいのは、責任は全部、僕にあるということだ。もし警察沙汰になったり、なにかのトラブルがあった時は、僕一人だけが犠牲になる。それを忘れないで欲しいんだ」
わたしは正義感に燃えていたわけではない。ヒーローになりたかったわけでもない。
それは冷静に考えてのことだった。
ちょっぴりそういう気分があったのは確かだけれど、それだけではない。
📖
「僕たちの家族を、ここの五十人の子供たちを守るのが一番大事なことなんだ。それにはコトラとケンちゃんがどうしても必要だ。君たちだけは、なにがあっても、そういうトラブルに関わらないでほしい。分かってくれるよね?」
「でも、おまえだけが捕まるなんてことになったら……」
「その時はケンちゃんとコトラで僕たちの家族を守るんだ。それを約束してくれないと、この戦いははじめられないんだ!」
「レンジ兄ちゃん、そこまで……」とコトラ。
「レンジ、約束するぜ!」とケン。
わたしたちはヒシッと三人で抱き合った。まだ何も始めていないというのに、ずいぶん盛り上がっていた。
「でも安心してくれ、僕はきっとうまくやる!」
そう宣言したのが、十五歳になったわたしだった。
人生は続く!
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「ところでさぁ、」
と会議も終わろうという時にコトラが切り出した。
「あのさ、軍団名とか合図とかを決めたほうがいいと思うんだよね」
どうやらコトラはそれが一番気になっていたようだった。
このムニャムニャめ。とは思ったがいかにもコトラらしい。
「お前も大人になったなぁ、いいアイデアだぜ!」
ケンちゃんはすでにコトラと熱い握手を交わしていた。
「なんかアイデアがあるのか?」
わたしがコトラにふると、コトラは待ってました、といわんばかりの笑みを満面に浮かべた。
「実は考えてたんだけどさ、子供十字軍ってのはどうかなぁ」
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ちなみにコトラは歴史上の『十字軍』のことは知らなかったと思う。
その中に『少年十字軍』というのが存在していたことも知らなかったはずだ。
「十字軍! おまえ、サイコーだな! それだよ、絶対決定だぜ!」
とケンちゃん。めちゃくちゃにコトラの頭をなでまわしている。
もう言うまでもなく決定だった。わたしもなかなかぴったりな名前だと思った。それでついでに聞いてみた。
「それで、合図はどうするんだよ? 考えてあるんだろ?」
📖
コトラは得意そうに鼻を膨らませ、右手の人差し指と中指を並べてぴんと立てた。それから左手をゆっくりと横に伸ばし、同じように指をピンと立てた。その伸ばした指先を顔の前で十字に交差させた。なにか忍法の構えのようだ。
「くーっ! カッケェェ!」
ケンちゃんは言うが早いか、早速ビシッとポーズを取った。
またも決まりだった。で、わたしもポーズをとった。
十字軍! やってみるとなんだか団結力が強くなった気がした。
「このマークが僕たちの合図だ!」
わたしたちは指で十字を作り、にんまりと笑った。
ちなみにこのポーズ、現在に至るもまだ有効である。
コトラと会ったとき、ケンちゃんと会ったとき、そしてかつてマンションにいた仲間たちと会ったときにも、最初の挨拶はこれだ。二本の指で十字を作る。
子供十字軍よ、永遠なれ!
わたしたちの戦いは始まった!
が、その前に子供十字軍が誕生した瞬間のことをもう少し記さねばならない。
家族会議は毎晩のように開かれた。
「まずは、誰を助けるかを探るんだ。親から暴力をうけたりして、泣かされている子供をひとりずつ見つけよう」
子供救出作戦のリーダーはわたしだった。
この頃はなにかとリーダー役を引き受けるようになっていた。
学生になってからというもの、一番自由な時間が多かったからだ。
📖
「それなら、ここの子供たちに質屋さんを見張らせたらどうかな?」
十歳にはなったが、まだまだ子供のコトラが言った。コトラはこのマンションに住んでいる子供たちの兄貴分であり、子供たちにも、それより小さなムニャムニャにもずいぶんとなつかれていた。
「そうだな、子供たちなら目立たないし、尾行もしやすいな……よし、それで行こう! 偵察任務の指揮はコトラに任せる」
「うん、任せといて!」
コトラは張り切って敬礼した。
📖
「なぁ、俺は? 俺はなにしたらいい?」
とは十六歳になったケンちゃん。
ケンちゃんも何かと忙しい身なのだが、こちらもずいぶんと乗り気だった。
「ケンちゃんには子供たちを隠す場所を作ってほしいんだ。ほら、せっかく助けても親が連れ戻しに来ると思うんだよね。だから、子供たちを安全に隠せる場所が必要になると思うんだ」
わたしたちのマンションは近所ではすでに有名になっていたから、まず真っ先に疑われるに違いなかった。
「オーケーオーケー! それなら俺にうってつけだ。俺はこの建物を知りつくしてるからな、秘密基地ならいくらでも作ってやるぜ」
ケンちゃんはグッと握りこぶしでポーズを決めた。
📖
「それともう一つ……」わたしは言葉を続ける。
「……このマンションが疑われた時の用心に、ミクニ老人の知り合いの人たちに、かくまってもらえないか頼んでみたらどうかと思うんだよ」
ミクニ老人は引退してからというもの、わたしたちとすっかり仲良くなっていた。以前の怖い面影はまったくなく、わたしたちにいつも親切にしてくれていた。
「どうかな、ケンちゃん? しばらくなら、かくまってくれると思うんだ」
「おまえって、ほんと天才だな……握手させてくれ」
ケンちゃんはわたしの手を取ってブンブンと力強く握手した。いくつになっても変わらずに、感動屋で気のいい奴だった。
「まったくいい考えだぜ。口のかたいジジババ選びはまかせろ」
二人は実に満足そうだった。そんな二人の姿を見て、わたしもまた大満足だった。
だがもう一つ、大事なことを告げねばならない。
📖
「それで僕は、すべてを判断する役になる。誰を連れてくるとか、どこへ運ぶとかそういったこと、それに連れ出すのも僕がやる」
「うん、わかった」とコトラ。ケンもうなずいた。
「ここでひとつ忘れないで欲しいのは、責任は全部、僕にあるということだ。もし警察沙汰になったり、なにかのトラブルがあった時は、僕一人だけが犠牲になる。それを忘れないで欲しいんだ」
わたしは正義感に燃えていたわけではない。ヒーローになりたかったわけでもない。
それは冷静に考えてのことだった。
ちょっぴりそういう気分があったのは確かだけれど、それだけではない。
📖
「僕たちの家族を、ここの五十人の子供たちを守るのが一番大事なことなんだ。それにはコトラとケンちゃんがどうしても必要だ。君たちだけは、なにがあっても、そういうトラブルに関わらないでほしい。分かってくれるよね?」
「でも、おまえだけが捕まるなんてことになったら……」
「その時はケンちゃんとコトラで僕たちの家族を守るんだ。それを約束してくれないと、この戦いははじめられないんだ!」
「レンジ兄ちゃん、そこまで……」とコトラ。
「レンジ、約束するぜ!」とケン。
わたしたちはヒシッと三人で抱き合った。まだ何も始めていないというのに、ずいぶん盛り上がっていた。
「でも安心してくれ、僕はきっとうまくやる!」
そう宣言したのが、十五歳になったわたしだった。
人生は続く!
📖
「ところでさぁ、」
と会議も終わろうという時にコトラが切り出した。
「あのさ、軍団名とか合図とかを決めたほうがいいと思うんだよね」
どうやらコトラはそれが一番気になっていたようだった。
このムニャムニャめ。とは思ったがいかにもコトラらしい。
「お前も大人になったなぁ、いいアイデアだぜ!」
ケンちゃんはすでにコトラと熱い握手を交わしていた。
「なんかアイデアがあるのか?」
わたしがコトラにふると、コトラは待ってました、といわんばかりの笑みを満面に浮かべた。
「実は考えてたんだけどさ、子供十字軍ってのはどうかなぁ」
📖
ちなみにコトラは歴史上の『十字軍』のことは知らなかったと思う。
その中に『少年十字軍』というのが存在していたことも知らなかったはずだ。
「十字軍! おまえ、サイコーだな! それだよ、絶対決定だぜ!」
とケンちゃん。めちゃくちゃにコトラの頭をなでまわしている。
もう言うまでもなく決定だった。わたしもなかなかぴったりな名前だと思った。それでついでに聞いてみた。
「それで、合図はどうするんだよ? 考えてあるんだろ?」
📖
コトラは得意そうに鼻を膨らませ、右手の人差し指と中指を並べてぴんと立てた。それから左手をゆっくりと横に伸ばし、同じように指をピンと立てた。その伸ばした指先を顔の前で十字に交差させた。なにか忍法の構えのようだ。
「くーっ! カッケェェ!」
ケンちゃんは言うが早いか、早速ビシッとポーズを取った。
またも決まりだった。で、わたしもポーズをとった。
十字軍! やってみるとなんだか団結力が強くなった気がした。
「このマークが僕たちの合図だ!」
わたしたちは指で十字を作り、にんまりと笑った。
ちなみにこのポーズ、現在に至るもまだ有効である。
コトラと会ったとき、ケンちゃんと会ったとき、そしてかつてマンションにいた仲間たちと会ったときにも、最初の挨拶はこれだ。二本の指で十字を作る。
子供十字軍よ、永遠なれ!