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 次の休みの日、わたしたちは三人そろって質屋のカゴ婆さんの所へ向かった。
 カゴ婆さんの店には『金、買い取ります』という看板が出ていた。歩いていける範囲でそういうお店は他になかった。
 カゴ婆さんはいつものようにカウンターの向こうで足を組んで座っていた。カウンターの上には金網があり、カウンターから向こうへは入れないようになっている。カゴ婆さんは鎖のついた金縁のめがねをかけ、いつもピンク色の洋服を着て、白い髪までピンクに染め、ほとんど全部の指に指輪をはめていた。
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「なんだい、またアンタたちかい。電子レンジ取りにきたのかい?」
「まぁそうです」とケン。
 質屋での交渉は長年ケンの担当だった。だから今回の取引もケンに任せることになった。もちろん昨夜の話で騙しのテクニックのことは一通り知っている。
「だったら早くカネをだしな。こんな大きなもの邪魔でしょうがないよ」
 カゴ婆さんは足元に置いてあった、わたしたちの大切な電子レンジをつま先で蹴った。あいかわらず嫌な人だった。
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「カゴさん、今日は買ってもらいたいものがあるんです」とケン。
「何をだい? このオンボロなら買わないよ」
 と、またわたしたちの大事な電子レンジを蹴っ飛ばした。
(キン)です。外の看板に買い取ってくれるって書いてあったから」
「冗談だろ? だいたい、あんたたちがそんなものを持ってるわけないだろ」
「これなんですけど」
 ケンの手の平から三粒の金がカウンターに転がった。それは蛍光灯の下で柔らかな光を放った。カゴ婆さんの目が、眼鏡の奥で一瞬鋭く光った。が、それはほんの一瞬のこと。すぐにいつもの冷たい退屈した瞳に戻った。
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「なんだいこりゃ。こんなのニセモノに決まってるだろ。これだから子供相手はいやなんだよ」
「これニセモノなんですか? すごく綺麗だったからぜったい本物だと思ったのに」
「でもまぁ、ビーズの材料ぐらいにはなるからね。ま、一個百円で引き取ってやってもいいよ。そうだ。そのお金でこのレンジを持って帰ればいいじゃないか」
 カゴ婆さんはヌケヌケとそう言った。でもその目だけは金の粒から離れない。今、彼女の頭の中で悪だくみがフル回転している。どうやってわたしたちを言いくるめようか、どうやって騙そうか、なぁに子供を騙すのは簡単だ。そう思っているに違いなかった。
 だが彼女はまだ知らない。彼女が誰を相手にしているか知らない。
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 それにしてもカゴ婆さんは思った通りの大嘘つきだった。子供を騙す悪人だった。ついでに言うと金の亡者だった。
 老人だから皆いい人だというのは大きな間違いだ。ついでにいうと、老人だから賢いというのも大きな間違い。老人だから親切だというのはさらに大間違い!
 それは若い人の思い込みというもの。
 年齢は人間を成長させてはくれない。
 人間は歳とともに勝手に成長するものではないのだ。
 人間を成長させるものがあるとすれば、それは絶え間ない親切と優しさだ。
 それを積み重ねることだけが、人間を成長させる。
 もっとも、わたしもあまり偉そうなことは言えないが。
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「じゃあ、やめときます」
 ケンはそう言って三粒を掴んだ。その手をガッとばかりにカゴ婆さんのしわくちゃの手が掴んだ。
「まさか、盗んだものじゃないだろうね?」
「だってこれ贋物なんでしょ? そんなものをわざわざ盗んだりしませんよ」
「いや、よく見ると本物かもしれないからね。どれ、もう一度見せてごらん」
 ケンはしぶしぶと言った様子で三粒をテーブルに載せた。コトラが昨日シャツの裾で一晩磨いた甲斐があった。それは本当に綺麗に輝いていた。
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 それからカゴ婆さんは手の平でそれをコロコロと転がした。それから目に付けるルーペを取り出して、食い入るように見つめた。
「ふむ。こうしてみると……どうやら贋物じゃないみたいだね」
「ホントですか! じゃあ、買い取ってくれるんですね!」
「まぁ仕方ないね。あたしも人助けだと思って、買ってあげるよ」
 よく言うよこの婆さん……わたしとコトラはちらりと目を合わせてそう会話した。
「どれ、じゃあ重さを量ってみようかね……」
 そう言って引き出しから天秤を取り出した。
 そして……そして、驚くなかれ! カゴ婆さんはヒダカ老人が教えてくれた騙しのテクニックを全部披露することになったのだ!
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 かくしてケンとカゴ婆さんの戦いは始まった。
「カゴさん、天秤の針がまっすぐになってませんよ」
「おや、そうだったねぇ、ずいぶんと久しぶりだったから」
「カゴさん、合計は3.3グラムじゃなくて、3.8グラムですよ」
「え? ああ、ここにもう一枚分銅があったんだねぇ。気づかなかったよ」
「カゴさん、その新聞は古い新聞ですよ。日付が違ってますよ」
「え? ああ、ああ、誰だろうね、こんなところに古新聞を置いたのは」
「今日の新聞なら、そこに置いてありますよ」
「おや、気づかなかったよ。最近は新聞も読まなくなったからね。どれどれ、ずいぶん金の相場が上がってたんだねぇ」
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 いくら相手が子供とは言え、ここまでやるのはさすがに予想外だった。
 カゴ婆さんは最後の最後まで徹底的にわたしたちを騙そうとした。
 わたしたちはダマシの手口を知っていたから騙されなかったけれど、知らなかったら三百円で交換していたところだった。
 しかもどれだけ指摘してもこの人は絶対謝らなかった。
 それどころか最後までシラを切ろうとした。
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『ここまで人を騙す人間がいるなんてあんまりだ!』
 君が子供ならそう思うことだろう。
 だがこういう汚い大人は世の中にいっぱいいる。
 恥も知らず、自分が得することしか考えない人達。
 そういう人が本当にたくさんいるのだ。
 残念だけどこれも事実!
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「3.8グラム……引き取り価格は3万4200円だね」
 カゴ婆さんはわたしたちから電卓を隠し、なにやらパチパチと打ちこんでからそう言ってきた。ようやくまっとうな価格が出てきた。だがそれでもまだ低い。
「カゴさん、手数料に10パーセントもとるんですか?」
 そういったのはコトラだった。とてもびっくりした表情を浮かべている。そこで今度はわたしのセリフ。
「え? そんなに取るんですか? 僕たちを騙そうとしたのに?」
「そう、10パーセント。こればっかりはビタ一文まけないよ。だいたい騙したなんて人ぎきの悪いことを言うんじゃないよ、悪ガキどもめ!」
「あれ、本当に10パーセントだったんですか! 外には手数料は5パーセントって書いてありましたよね?」
 そこでカゴ婆さんはしまったという顔をした。
 カゴ婆さんは知らなかった。
 彼女が相手にしていたのはポーカーフェイスの達人たちだったということに。
 そう、僕たちは最後の最後に何食わぬ顔でハッタリをかけたのだ。
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 カゴ婆さんは憎々しげにジロリとわたしとコトラを睨みつけた。
 でもわたしとコトラはにっこりと笑顔を返した。もちろんケンも終始にっこりと笑顔を浮かべたまま。
「わかったよ。金の引き取り価格は3万8千円、手数料が1900円で、残りは3万6100円。これでいいだろ?」
「はい。ではそのお金の中から電子レンジを引き取りますから……」
「3万5800円だね」コトラが締めくくった。
「さっさと持って行きな!」
 かくしてわたしたちは大金を手に入れることに成功した。
 それは輝かしい勝利の瞬間だった!

 ~ 老人たちとの交渉 終わり ~