私を乗せた飛空艇は、シャルロ王国の着陸場に無事、着陸した。

 そして私は、着陸場でナギトたちと別れることになった。

「じゃあ、私はこれで」
「ああ、二度と会うことはないだろうな」

 ナギトは冷たく言った。
 私は一瞬、ムッとしたが──おや? ナギトは少しさみしそうだ。飛空艇内では、剣術や魔法や術の話で、結構盛り上がったっけ。

「あー、その、じゃ、じゃあな」とナギトは言った。
「あ、うん」

 私はナギトと執事のジャガジーさんと別れた。ナギトって男の子、ちょっと気になるな。……って、ほ、本当にちょっと気になっただけなんだからね! 深い意味はないから!

 さて、私はそのまま、「勇者・聖女養成学校シャルロ校」に向かった。編入の手続きをするためだ。
 その学校は、通称「スコラ・シャルロ」と言われ、全国的にも有名な勇者と聖女の養成学校だ。

 ◇ ◇ ◇

「はあ、エクセン王国の出身ねえ」

 私はスコラ・シャルロの職員室に行き、手続きの用紙に必要事項を記入していた。編入の手続き担当者は、ラギット・グラーズンという中年男性教師だった。

 グラーズン先生は、鼻で息をして、私を見た。

「ま、エクセンなんて小国だろ」

 私はムカッときて、顔を上げた。
 私は、自分がエクセンの元聖女であることは、隠すことにした。エクセン王国は、小さい国だったので、他国からバカにされることが多いからだ。

「その点、ここ、シャルロ王国は大国だ」

 グラーズン先生は胸を張って言った。

「君はエクセンに帰って、聖女を目指すのかね?」

 本当はエクセンの元聖女ですけどね。黙ってよっと。

「でも、この学校には、エクセンなどという小国の聖女を目指す生徒などいないのだ。シャルロ、ビダーラン、ドスコルス、アダマーグなど、超大国の聖女が、この学校から輩出(はいしゅつ)されているのだよ!」
「エクセン王国だって、立派な王国ですよ」

 私は言い返したが、グラーズン先生は構わず言った。

「そうだろうが、確か、エクセンは建国102年だっけ? その点、シャルロ王国は2500年の歴史を持つぞ。ま、とにかく聖女になるには狭き門だが、指導はしてやる」
「ご指導、よろしくお願いします」

 私はこのグラーズンにブチきれそうになりながら、必要事項を記入した。

「手続きは完了だ。今から2年B組に行く。私が担任だ」

 私はめまいがしそうになった。このイヤミな教師が、私の担任ですって?

「あ、そういえば、今日はもう1名、2年B組に編入した生徒がいる。仲良くしたまえ」

 ん? そうなの? ふーん……。

 ◇ ◇ ◇

 2年B組の教室は2階にあった。
 グラーズン先生と一緒に中に入る。30名の生徒が、私の方を見た。
 勇者を目指す生徒が10名、聖女を目指す生徒が10名、魔法使いを目指す生徒が5名、僧侶を目指す生徒が5名いるらしい。

 生徒たちは、私を見て色々ウワサしている。

「へえ、あの子が新しく編入してきた子?」
「普通ね。エクセン王国から来たって?」
「あの小さい国?」

 私が咳払いし、自己紹介をしようとした時──。

 ガラッ

 教室の扉が開いた。

 えっ?

「遅れて申し訳ありません」

 女生徒だ。その子も編入生だった。……っていうか、この子……。

「私、ジェニファー・ドミトリーです! よろしくお願いいたしますわ!」
(はあああああっ?)

 私は目を丸くして、その女生徒──ジェニファーを見た。

 な、な、な、何でこんなところにいるの? ジェニファー!

 ジェニファーは私をチラリと見て、ニヤリと笑った。な、何かを企んでいる。絶対! それからまた、2年B組の生徒の方に向き直った。

「ジェニファーさんは、エクセン王国の、将来の女王候補です!」

 グラーズン先生は、ニコニコ顔でジェニファーを紹介した。な、なんで、私と態度が違うの?

「今、彼女は軍隊指揮官を任命されているのです!」

 おおおおっ!

 生徒たちの歓声が上がる。

「しかし、特別に許可をもらい、我が『スコラ・シャルロ』に編入してくれました。休日の土曜日にエクセン王国に帰り、軍隊指揮官の仕事をするのだそうです。偉いですな~!」

「へえ!」
「軍隊指揮官だって! すごい」
「なかなかの美人だね」

 生徒たちは感嘆の声を上げた。

 するとジェニファーは、この時とばかり、声を張り上げた。

「皆さんにプレゼントがあるわ! 女子にはルナッサンスのハンドバッグ、男子にはピッタ・オルテンの革靴を差し上げるわ! もれなく全員に!」

 おおおお~!

 生徒全員、驚きの声を上げた。

 ルナッサンスとピッタ・オルテンは、若者に大人気のブランド品メーカーだ。

 なるほど、ジェニファーは、グラーズン先生にも、それなりの物をプレゼントしたんだろう。どうりでグラーズン先生がニコニコ顔のわけだ。
 全部、エクセン王国の国家予算から出してもらったんだろうが……。

 私は一番後ろの窓側の席、ジェニファーは、一番前の席に座った。──休み時間になった。

「ジェニファー! 君はなんて気前が良いんだ?」
「さすがエクセンの女王候補だね」
「もっと何かくれよ」

 生徒たちは、ジェニファーの席に集まって、騒いでいる。

 すると……。

「ミレイアって子に近づかないほうが良いわよ~」

 ジェニファーは、私の陰口を言い始めた!

「あいつ、私の婚約者を奪おうとしてたんだから」

 は、はあ? 逆でしょ? まあ、もうレドリー王子なんか、私には関係ないけど。

 しかし、生徒たちはジェニファーの言葉を本気にしてしまい、私をにらんでくる生徒もいた。

「最低ね」
「ミレイアだっけ? あんまりしゃべらないほうがいいな」
「近づくのもよそう」

 ……ふーん、ジェニファーがこの学校に来たのは、私に嫌がらせをするためか。なんと執念深(しゅうねんぶか)い! ちょっと異常よね。

「私、今度の『スコラ・シャルロ魔法競技会』に出るつもりよ!」

 ジェニファーが声を上げた。

「そこで優勝するつもりなの。これを見て!」

 ジェニファーがカバンから取り出したのは、一本の魔法の杖だった。魔法競技会は、魔法の杖の装備はゆるされている。
 よく見ると、その魔法の杖……!

「これは、ゴルバルの杖よ!」

 おおお~! 生徒たちはまたしても声を上げた。ゴルバルの杖といえば、名匠魔導杖職人のロージア・バイカラが製作した、最高の魔法の杖だ。軍隊指揮官の権限で、手に入れたんだろう。

(あの杖があれば、その者の魔力は10倍になる)

 私はため息をついて、教室の外に出た。

 それにしても、スコラ・シャルロ魔法競技会か……。

 私は、(興味ない、興味ない)と唱えながら廊下を歩いていると……。

 ドガッ
 
 誰かとぶつかった。私は尻もちをついた。

「いってえな! よそ見してんじゃねーよ!」

 聞き覚えのある男子の声だった。

(あっ……)

 目の前を見ると……あいつがいた。

 ナギト……ナギト・ディバリオスだった。