「……レイア……」

 ん?

「ミレイア、起きろ!」

 んん……?

 女の子の声がする。

 私の肩を、誰かが()さぶっている。

 私は目を覚ました。

「まーた、ミレイアか!」

 今度は男の人の声……?

 あっ! 担任のグラーズン先生の声だ!

 ハッ!

 私は周囲を見回した。ここは! スコラ・シャルロの教室!

 隣の席で私の肩を()さぶっていたのは、ゾーヤだ。

 あ……私、寝てたんだ。

「世界学生魔法競技会の決勝以来、たるんどるぞ!」

 グラーズン先生が、教室の檀上で腕組みして声を荒げた。

 周囲の生徒から、クスクス失笑がもれる。

 そうだ……あのフレデリカとの決勝戦から今日で3日後。

 私は普通の学生として、ぼんやり過ごしていた。

 ◇ ◇ ◇

「ミレイア・ミレスタさんよ!」
「きゃああああ! 決勝観てました!」
「かっこいい!」

 放課後、私がゾーヤと校庭を通って帰るとき、生徒たちが私を見て握手を求めてきた。
 
 昨日もこんな感じだったな。

「ミレイア様! サインください!」
「おねがーい!」
「決勝、すごかったです!」

 私は、皆の手帳やノートにサインをする。

 まあ、こんなこともあと3日くらい経てば、静かになるだろう。

 スタジアムは無観客だったが、魔導鏡(まどうきょう)の生中継で、全世界の人々が私とフレデリカの戦いを見ていたのだ。

 フレデリカはスコラ・エンジェミアを、自主退学したらしい。

 そして、エンジェミア王国から旅立ったと聞いたが……。

「お前なー、もうちょっと愛想(あいそ)よくしろよ」

 ゾーヤはあきれたように注意したが、私はきっぱり言った。

「だって、私、そういうの苦手だもん」
「ん? おい、次の(わな)だぞ」

 校門の外で、新聞や雑誌の記者たちが、私を見張っていたのだ。

「ミレイア・ミレスタさん! ちょっとお時間、よろしいですか」
「フレデリカさんとの決勝戦、すごかったですねえ!」
「どうして、聖女王候補を断ってしまったのですか?」

 私はため息をついて、「えーっと」と言った。

「私はもともと、聖女王候補は目指していませんでした」
「い、いや……。しかし、現聖女王直々(じきじき)に、ミレイアさんをご指名したのですから」

 そうだ……。決勝戦の次の日、私は聖女王から、「聖女王候補になって欲しい」と依頼がきた。聖女王が、使者を送ってきたのだ。

 しかし、私は断ることにした。

 しばらく休みたかったし……。それに……。

「ねえ、どうして聖女王候補を断ったんですか?」

 雑誌の記者の1人が、私に問う。

「私は普通の女の子に、戻りたかったのです」

 私は言った。

「ええ~っ! ふ、普通の女の子?」
「そんな! もったいない。あなたは世界魔法競技会の優勝者ですよ!」

 記者から、ため息がもれる。

「じゃあ!」

 私はゾーヤを連れて、記者から逃げた。

「あっ! 待ってください!」
「逃げないで~!」

 私の後ろで、記者たちが声を上げた。

「いいのかよ~、ミレイア」

 逃げながら、ゾーヤは私に聞く。

「聖女王候補を断っちゃってさ」
「いいのよ」

 私は笑って言った。

「あ、ミレイアが笑った」

 ゾーヤもアハハと笑いながら、記者から逃げた。

「アモール川で、ヤツらが待ってるぞ!」

 ゾーヤは言った。

 ◇ ◇ ◇

「新しいアイスクリーム屋ができた」
 
 アモール川の遊歩道のベンチで待っていた、ランベールが言った。相変わらず、スイーツ屋を探していたのか……。

「そこは、ブドウとナシのシャーベットが美味いんだ」
「早く行こうぜ」

 一緒に私を待っていた、ナギトが声を上げる。

「おい、ミレイア」
 
 ナギトは私に聞いた。

「普通の女の子に戻りたいって……いつまでだ?」
「いつまで? うーん……」

 私はアモール川を見つめながら言った。

 川の水面が、昼の太陽の光をキラキラ反射している。

「また、『戦い』に戻らなきゃいけなときが、来るかもしれない。その時まで」

 私は言った。

 そう──これはつかの間の休息。

 必ず戦わなきゃいけないときがくる。戦いに戻らなければいけないときがくる。

 その時まで!

「──じゃあ、アイスクリーム、食べに行きましょう!」

 私はそう言って駆け出した。

【第一部──完結──】