私は自身の最高の魔法、「スパイラリ・デンドロン」を放った。

 フレデリカの足元に、木が生えた。木は舞台の石畳(いしだたみ)を突き破る。

 木がどんどん大きくなっていく。

「これがスパイラリ・デンドロンか」

 フレデリカはつぶやくように言った。

 木が、フレデリカの背丈を超えようとしたとき──。

 フレデリカはニヤリと笑って──唱えた。

「デンドロン・リフレクション!」

 私は驚いた。

 通常であれば、そのまま木の幹が巨大になり、フレデリカを木の幹の中に取り込んでしまうはずだった。

 しかし、木は巨大化しながら、フレデリカを()け、グングン大きくなる。

 そして巨大化しながら、逆に私に枝を巻き付けてくる!

(まさか! スパイラリ・デンドロンを──逆に(あやつ)ってきた!)

 私はこれまでの戦いの中で、ここまで驚いたことはない。自分の最高の魔法を(あやつ)られたのだから。

(くっ!)

 私は魔力のすべてをかけ、精一杯、巨木を(あやつ)る。

 私の手首や足に、枝が巻き付いてきたが、一方のフレデリカの体にも、枝が巻き付いている。

 木はどんどん巨大化する。舞台の床の石畳(いしだたみ)はすでに破壊され、めくれ上がった。木は大巨木といえるほど成長した。高さは50メートルはあるだろう。

「ミレイア!」

 頭上を見ると、フレデリカが自分に巻きついた枝を振りきり、飛び上がっていた。

 フレデリカは魔力で作り上げた剣を、振りかざしている。

 しかし、私も黙ってはいない。

「ドウールム・フォール!」

 私は咄嗟(とっさ)に、自分の聖女の杖を「硬化(こうか)」させ──。

 ガキイイイイン

 フレデリカの魔力の剣を、杖を横に持ち防いだ。

「さすがだ!」

 フレデリカは剣を横に払う。

 ガキン!

 私は剣を、弾き飛ばそうと必死だ。

 ガキン、ガキン!

 杖と魔力の剣がぶつかり合う(かわ)いた音が、周囲に響く。

 これは人間と人間の戦い。最後は肉弾戦、接近戦なのか。

 そのとき!

「ううっ……?」

 フレデリカは(うな)った。顔には冷や汗が出ている。魔力を使い果たしつつあるようで、動きが遅くなってきている。

 私も、自分の体に残っている魔力は少ない。

 頭の中は、真っ白になりつつある。大きな魔法を使い続けてきたから、仕方ない。
 
 そのとき、私の足に、枝が巻きついた。

 フレデリカが、まだ巨木を(あやつ)っていたのだ。

 何という執念(しゅうねん)

「覚悟!」

 フレデリカは剣を下手(したて)に構えた。
 
「グラディウス・エクスプロージョン!」

 フレデリカはそう唱え、剣を(なな)め上に斬り上げてきた。

 私は杖で、剣を防ぐ──。

 バーン!

 そんな音とともに、私は吹っ飛んだ。剣に触れると、爆発が起こる魔法だ。

 私は宙を舞った。

 私は失神しそうになった。

「私の勝利は目前!」

 フレデリカはつぶやいた。

「素晴らしい戦いに、私の勝利で、幕を降ろそう」

 ──そうはいかない!

 私は一回転し、地面に降り立ち──。
 
 タッ

 フレデリカの方へ高速移動し、杖を構えた。

「まだそんな力が!」

 フレデリカがあわてて、防御壁(ぼうぎょへき)を作る。

 しかし私は構わず、杖を横に振った。

 ガキイイイイッ

 魔法名は無い。

 ただ、私の愛用の杖──聖女の杖を、フレデリカの胴に目がけて、横に振りきった。

「ああっ」

 フレデリカはそんな声とともに、吹っ飛んでいく。

 しかし!

 フレデリカは大巨木の幹に体が当たるかと思った矢先、体を反転させ──木を蹴り──!

 またしても、大きく飛び上がり声を上げた。

「地獄の裁きを受けよ! ノワール・ライトニア!」

 空から漆黒色《しっこくいろ》の雷の魔法が降ってきた。しかし、私にはその魔法が、止まっているように遅く思えた。

 フレデリカの魔力が、(いちじる)しく落ちていたのだ。いや、私の集中力が高まっていたのか……。

 私は漆黒色(しっこくいろ)の雷を()け、唱えた。

「最後の天の裁きを受けよ! アストラペ・ライトニア・フィーニス!」

 空に稲妻が走り、1回、2回、3回と、巨大な雷がフレデリカの周囲の地面に直撃した。

 そして4回目!  

 もっとも巨大な──まるで東洋の龍のような魔法の雷が、フレデリカの体に直撃した。

 フレデリカは()けなかった。いや、()けられなかったに違いない。

「フフフッ」

 フレデリカは雷の魔法の直撃を受けながら、立っていた。

 全身が焼け()げ、煙が出ている。

「さすがミレイア・ミレスタ」

 フレデリカは倒れない。(ひざ)に両手をついて、ただ立っている。

「フレデリカ!」

 そのとき、聞き覚えのある女性の声がした。

「早く動きなさい! 攻撃して、我がレイリーン家の力を見せつけるのです!」

 壊れた舞台外で、キーキー声を出しているのは、フレデリカの母、アグディアーナ・レイリーンだった。

 どうやら後ろの席で、ずっとこの戦いを見ていたらしい。

「フレデリカ! この役立たず! 攻撃しなさい!」

 アグディアーナ・レイリーンが金切り声を上げる。

 フレデリカは大巨木の幹の下で、立ったまま動かない。

 あの巨大な雷を、体に受けたのだ。動くことはできないだろう。

「フレデリカ、あなた」

 私は言った。

「あの雷の魔法を受けても──それでも、倒れないのね」
「いや……違うな」

 フレデリカは疲れ切った表情で、ニヤリと笑った。

「……ミ、ミレイア……お前……あの最高の雷魔法……て、手加減して放ったな」

 私が黙っていると、フレデリカは続けた。

「そうしないと、私を殺してしまう……。そ、それくらいあの魔法は、強大で強力だった……。うう……だから、手加減して放った」
「ええ」

 私はうなずいた。

「私はあなたに、生きていて欲しかったから」
「ミレイア……どこまでもすごいヤツだ……わ、私が、負けるのは……当然……だ」

 そのとき審判長が、素早く舞台に駆け寄り、フレデリカの顔を確認した。

「フレデリカ、試合はどうするんだ?」

 フレデリカは黙ったまま、立っている。

「では──試合を終了しよう。早く火傷(やけど)治療(ちりょう)しないと、取返しがつかない」

 フレデリカに確認をとった。

 フレデリカはしばらく黙っていた。

 そして、決心したように、静かにうなずいた。

「……ミレイアの勝ち、だ。私はもう、戦えない」
「うむ、よろしい」

 審判長はつぶやき、魔導拡声器(まどうかくせいき)を取り出した。

『30分39秒、フレデリカの戦意喪失(せんいそうしつ)により、ミレイア・ミレスタの勝ちでございます!』

 そして、無観客のスタジアムに向けて、続けて声を上げた。

『ミレイア・ミレスタ、世界学生魔法競技会、優勝です!』

 うおおおおっ!

 叫んで、私たちのほうへ駆け寄ってきたのは、ゾーヤ、ナギト、ランベールたちだった。

「おい、やったな!」
 
 ナギトは声を上げた。

「やっぱり、最高だ! ミレイア!」

 ゾーヤは私の頭をなでた。

「ヒヤヒヤしたよ」

 ランベールはクールに言う。

 マデリーン校長は席を立っていないが、笑顔で私に手で合図を送ってくれた。

 そのときようやく、フレデリカが舞台にしゃがみ込んだ。

 私は大巨木の下で座り込んでいるフレデリカの横に座り、言った。

「フレデリカ、試合は終わったよ」
「……私はゆるされない」

 彼女は言った。大巨木は魔力が薄れ始め、もう消えつつある。

「負けることはゆるされない」

 しかし、フッと笑顔になった。

「でも、ミレイアなら、負けてもいいかな」
「このレイリーン家の(はじ)さらし! 立て、フレデリカ。バカ娘が!」

 フレデリカの母が騒いでいる。でも私とフレデリカには、そんな雑音は関係ない。

 いつの間にか、フレデリカの頭から鹿のような角が無くなり、口の牙も消えていた。そして子どものような姿から、17歳の女の子の姿に戻っていた。

 試合は終わった。

 私は優勝した。無観客のスタジアムの中で。