フレデリカの最高の魔法──「オプクリスタス・スティルペース」は、舞台全体に、闇の巨大食虫植物を生やす魔法だった。

 ガバアッ

 私の真後ろ──頭上で、巨大食虫植物が大きな口を開いた。

 バクン!

 私が間一髪(かんいっぱつ)、右に()けると、今度は別の巨大食虫植物が、横から私に喰らいつこうとした。

「ルフト・グラディウス!」

 私は杖を魔法の剣に変化させ──。

 ズバアッ
 
 巨大食虫植物の(くき)を切り裂いた。これは、ナギトの魔力模擬刀(まりょくもぎとう)から発想を得た、新しい魔法だった。

 しかし──ガバアアアアッ

 またしても、今度は(なな)め右から、食虫植物が大きな口を開ける!

 ズバアッ

 (くき)を切り裂く。しかし今度は、高さ1メートル弱の食虫植物が、私の腕にかじりついた。

「くっ」

 私は魔法の剣で、それを切り裂く!

「苦労しているね」

 フレデリカは笑った。

「では──収束!」

 フレデリカが唱えると、食虫植物たちは(くき)を伸ばし始め、私を取り囲んだ。
 
 (くき)が私の体を(しば)りつけつつ、どんどん1ヵ所に収束してくる。

(これは!)

 私は食虫植物たちの(くき)に縛り付けられ、持ち上げられた。

 ハッとしたときには、もう、私はかなり高い位置にいた。

 舞台上の食虫植物が、1本の巨大な植物となっていた。どうやら──それが巨大な十字架のような形になって、私を(はりつけ)にしている。

 舞台に落ちている影で、それが十字架の形だ、と分かる。

 十字架からはつるや茎が出て、私の手首や足首を(しば)っていた。

(身動きが──できない)

 私は上空から、無観客のスタジアムと、フレデリカをながめることとなった。

 地上20メートルといったところか。

「残念だ」

 フレデリカは舞台上から、十字架に磔刑(たっけい)にされている私を見上げた。

「残念だよ、ミレイア」
「言いたいことがあるようね」
「お前との戦いが、これで終わってしまうなんて」

 フレデリカは首を横に振った。

「こんなに楽しい戦いを繰り広げていたのに、もう試合は終わってしまいそうだ。楽しい時間は、どんどん過ぎ去ってしまう」
「勝つ気まんまんね」
「ミレイア、お前はもう身動きすらできない。お前はもう勝つことはできないだろう。私の方が強かった」

 するとフレデリカは──宙から弓矢を取り出した。別空間に、武器をしまい込んでいたのだ。

「これは大魔王が使用していた『エクスピアティオ』という弓。そして『ファブラ』という矢だ」
「エクスピアティオは古代語で『(つぐな)い』、ファブラは『神話』という意味ね」
「その通り。さすがエクセン王国の元聖女、勉強しているな」
「何を(つぐな)ってくれるのかしら」
「……すべてだ」

 フレデリカは弓を引き絞った。ファブラの矢を放とうとしている。

「お前は10秒後に死ぬ」

 ギリリリリ

 ブオオオオオオッ

 ものすごい音とともに、弓から矢が発射された。

 矢は光線となり、私目がけて向かってくる。

防御壁(ぼうぎょへき)!」

 私は唱えた。

「ハアアアッ」

 私は魔法の防御壁(ぼうぎょへき)を作り上げ、矢を防ぐ。

 接触(せっしょく)

 私の魔法の防御壁(ぼうぎょへき)とファブラの矢が空中で接触(せっしょく)し、うなりを上げて均衡(きんこう)した激しい音を出している。

 私の防御壁(ぼうぎょへき)がファブラの矢の貫通(かんつう)を防ぎ、ファブラの矢は貫通(かんつう)しようとしているのだ。

 ガガガガガガ

「勝負は、どちらに」

 フレデリカはつぶやくように言った。

 私の防御壁(ぼうぎょへき)には──ヒビが入った。

 ファブラの矢は貫通(かんつう)──!

 しなかった。

「ううっ!」

 フレデリカは声を上げた。

 ファブラの矢はそのまま力を失くし、地面に落ちた。

「そ、そんな」

 フレデリカは呆然として、上を見上げている。

 その途端(とたん)、食虫植物の(たば)でできた十字架はゆるみ、消え去ってしまった。

 タッ

 私は舞台上に降り立った。

 フレデリカの精神と、あの食虫植物たちは(つな)がっているらしい。

 フレデリカは、ファブラの矢を防がれたことが、よほどショックだったようだ。

 なぜ、ファブラの矢の勢いが落ちたのだろう? 私には何となくわかった。彼女は何かを、「(つぐな)わなければ」ならなかったからだ。

 その心の奥底の闇が、いや、逆に言えば「良心」が、彼女の矢の勢いを(とど)めたのだ──。

「ただいま」

 私はフレデリカに言った。

 そして私は、聖女の杖を(かか)げ、唱えた。

「スパイラリ・デンドロン!」

 それは、私の最高の魔法だった。