私はミレイア・ミレスタ。

 今、デートをしている。

 相手は最強の敵、フレデリカ。

 デート場所は、(にせ)のシャルロ王国、中央地区。

「良い天気だ」

 フレデリカがさわやかな笑顔を見せてそう言ったので、私は相槌(あいづち)をうった。

「そうね」
「ここは、闇の堕天使(だてんし)が変形した、城の内部だ。私たちは城の魔力によって、内部に取り込まれたのだ」
「幻覚ではない? (にせ)のシャルロ王国なんでしょう?」
「確かにここは、本物のシャルロではない。しかし、私たちが体験しているのは、本物の体験だ」

 私とフレデリカは、並んで歩いた。アモール川沿いの遊歩道を、北に歩いていく。上流だ。

 道には人が1人もいない。ゾーヤも、ナギトも、ランベールもいない。

 雲1つない晴天。

 本物のシャルロ王国の空、そのものだ。

 私はフレデリカに聞いた。

「何か見せたいものでもあるの?」
「ある」

 アモール川の遊歩道を歩いていくと、本物のアモール川では見られない光景に出くわした。

 アモール川は大きな湖に流れ込んでいる。

 湖は鉄の(さく)で囲まれている。

 ドドドドド……。

 そして岩壁から、巨大な滝が湖に流れ落ちていた。

「ありえない」

 私はつぶやいた。本物のアモール川の上流は、エクセン王国までつながっているはずだ。

 湖なんてないはずだ。

 そして滝すらもないはず。

「滝よ、止まれ」

 フレデリカは命令した。

 すると、本当に滝は止まってしまった。岩壁があらわになる。

 やはりここは、フレデリカの縄張(テリトリー)なのだ。

「ああ!」

 私は目を見張った。そこには巨大な氷が──岩壁に巨大な氷が埋まっていたのだ。

 まるで城のように巨大な氷の(かたまり)が、岩壁に()まっている。
 
 そして氷塊(ひょうかい)の中には、何かがある! いや、何かがいる。氷漬けにされているのだ。

「あれは?」
「魔王……大魔王『グレス・バル・ドロネ』だ」
「あなたの闇の堕天使(だてんし)の本体ってわけね」

 氷塊(ひょうかい)の中に()まっているのは、まるで巨獣(きょじゅう)ともいえる巨大な獣のような魔物だった。

 あれが大魔王か。

 高さ20メートルはあるだろう。

 トロールよりも、ドラゴンよりも、オーガよりも大きい。

 それが大魔王の正体だったのか。

「あれが、私の前世」
「えっ?」
「覚悟しろ」

 フレデリカは静かに言った。

召喚(しょうかん)する」

 ゴゴゴゴ……。

 氷にひびが入った。な、何?

 バキバキバキ

 そんな音とともに、氷塊(ひょうかい)が割れそうになる──その時、私の頭の中は、真っ白になった。

 ◇ ◇ ◇

 う……。

 私はハッと目を覚ました。

 ……ここは? あれ? スタジアムだ。決勝の舞台だ。

「はっ!」
 
 試合中だ! 私は舞台上で倒れていたのだ。

「ダ、ダウンカウントは?」

 私は混乱する頭で、周囲を見回した。ナギトやゾーヤ、ランベールがいる。

 スタジアムは……無観客だ。マデリーン校長や、アルバナーク婆様たちは、席の最前列に残っている。

「ミレイア! お前は負けてねーぞ!」
 
 ナギトは声を上げた。するとその横で、審判長もうなずいて言った。

「う、うむ。その通りだ。ミレイア、君は敗北していない」

 私はホーッと息をついた。

 審判長は続けた。

「フレデリカの使役(しえき)する闇の堕天使(だてんし)が、城になり、フレデリカが魔法を唱えたとき、君は突然、舞台上に倒れ込んだ」
「そ、それで?」
「うーむ……フレデリカが直接、攻撃を加えたわけでもないので、ダウンカウントは取らなかった」

 試合はまだ決していないのか……。しかし、フレデリカの姿がない。

「でも、フレデリカがいないじゃない?」
「あいつ、魔法を使った後、消えたんだ。でも、恐らく城の中にいるぞ!」

 ゾーヤは叫んだ。

「気を付けろ!」

 私は上空を急いで見上げた。

 闇の堕天使(だてんし)──巨大な城が、大きな羽を羽ばたかせて浮かんでいる。

「待たせたな、ミレイア」

 空中の城から、誰かが飛びおりてきた。

 フレデリカだ。

 その途端、空中の城は消滅(しょうめつ)してしまった。

「闇の堕天使(だてんし)は──あの城は、もう必要ない。大魔王『グレス・バル・ドロネ』は私の中にいる」
 
 フレデリカはスタッと舞台上に降り立った。

「力を見せよう」

 フレデリカは魔力を高めている。

 フレデリカの背後に、巨大な大魔王「グレス・バル・ドロネ」が見えた。

「破壊!」

 フレデリカの背後の大魔王が、巨大な拳を振り下ろしてきた。

 ドーン

 私は飛んで、()ける。拳は、舞台上の石畳を破壊した。

「コクトゥーラ!」

 コクトゥーラとは──古代語で一体化、もしくは融合(ゆうごう)──という意味だったと思う。

 フレデリカと魔王が光る。

 まぶしい……。

「な、何?」

 次の瞬間、私は目を見張った。

 目の前にいるのは、闇色(やみいろ)(にぶ)い光を放つ、子どもだったからだ。

「あ!」

 私は思い出した。10歳のときの……フレデリカだ。

 しかしながら少年のような少女のような、不思議な姿をしている。

「これが……私か。私の真の姿か。確かにすさまじい力を感じる。まるで神にでもなったような気分だ」

 フレデリカはつぶやいた。

 闇色(やみいろ)に光るフレデリカは、子どものようだ。大魔王と合体し、子どもの頃の姿に戻ったフレデリカ。それが真の姿だというの?

 頭には鹿のような角が生え、口には(きば)が生えている。

「では、レイリーン魔導術(まどうじゅつ)、最高の魔法を発動しよう」

 まずい──私は身構えた。

「オプクリスタス・スティルペース!」

 フレデリカは古代語を唱えた。

 舞台全体から、何かが盛り上がってくる。

 植物!

 舞台全体が、やがて奇怪で巨大な食虫植物に覆われてしまった。

 食虫植物は高さ3メートルや4メートルのものもあり、見上げるような大きさだ。

 巨大な食虫植物は7つ、中くらいのは4つ。

 舞台全体に生えているのだ。

(闇の植物か……)

 私は心の中でつぶやいた。闇色(やみいろ)の不気味な食虫植物たちは、ゆらりとうごめいて私を見ている。

 後ろから──。

 ガバアアアアアッ

 巨大な食虫植物が、私の頭上で大きな口を開けた!

 私を()おうとしているのか!