「おい……おい、起きろよ」
「ん……?」

 私は目を覚ました。左肩を()さぶられている。誰……?

「なぁに……?」
「なぁに、じゃないよ、まったく」

 私──ミレイア・ミレスタはぼんやり顔を上げた。ここは……ああ、いつも通りのスコラ・シャルロの教室。2年B組だ。

「ほら、やべえって」

 左隣の席から、私に話しかけてくるのは、親友のゾーヤだ。彼女は、魔法使いを目指している。

 私、机に突っ伏して眠っていたのか。

「グラーズンが見てる」
「こおらああああっ! ミレイア!」

 教室の檀上(だんじょう)に立っている、中年男性の担任教師、グラーズン先生が声を上げた。あ、そうか。今は歴史の授業時間だ。

「明日から学校祭だからって、気を抜いて寝てるんじゃないっ! きちんと勉強しとかないと、社会に出たとき、困るぞ。続けるぞー、いいか。我がシャルロ王国は、323年前にエクセン王国と同盟(どうめい)を結んだが──」
「ほーら、言わんこっちゃない。怒られた。つーか、グラーズンっていつも怒ってるな」

 ゾーヤは口をとがらせて私を見た。

「あ、そうそう。放課後、『ラビリッツ』にアイスクリーム食べに行かね?」

 ラビリッツは、シャルロ王国で最も人気のあるアイスクリーム屋だ。

「行く行く」

 私は小声で言った。

「私はイチゴとバナネの実のアイスクリームがいいな」
「バカ、ミルクとチョコが最強だろが」

 ゾーヤと私が、アイスクリームの話で盛り上がっている時──。

「バカタレ! ミレイア! ゾーヤ!」

 グラーズン先生が、私たちに向かって声を上げた。

「そんなにアイスを食べて頭を冷やしたいのなら、廊下に立っとれえええ!」

 教室がドッと笑いに包まれた。私とゾーヤは顔を赤らめた。

 ◇ ◇ ◇

 まあ結局、廊下には立たされなかったけど。
 
 放課後、私たいはいつものメンバーで、中央都市のアイスクリーム屋、「ラビリッツ」へ向かった。

 いつものメンバーとは、ゾーヤとナギト、ランベールだ。

 午後3時30分、天気は雲一つない晴れだ。本当に良い天気。

 私たちはラビリッツで、アイスクリームを買い、アモール川のベンチで食べることにした。

「お前なー、元聖女なんだから、もっとしっかりしろよ。授業中も寝てばっかりじゃねーか」

 ナギトはチョコアイスを食べながら、私に言った。ワルぶってるけど、勇者コースでは結構優秀だ。

「だって、眠いんだもの」

 私はもう、アイスクリームを食べてしまった。イチゴとバナネの実は、最高の味。ちょっと今日のは、イチゴの味が酸っぱいけどね。

「ところで、明日は学校祭だが」

 ランベールは真面目な口調で言った。しっかりした男の子だ。

「俺たちのクラスは、確か仮装喫茶だったな? メニュー表をまだ作成していなかった。これから文房具屋に行くぞ。中央都市外れの、ルーベンス通りにある」
「よし、行きましょう」

 私が立ち上がった、その時──。

「──ちょっとすみません。道を聞きたいんですけど」

 横から女性の声がした。

「えっ?」
「ビリアーニ雑貨店は、どこにあるかご存知ですか?」

 私は、「知ってます」と言って、その人の方を見た。そこには、ニコニコ笑った、素敵な若い女性が立っていた。

 うわー、帽子がおしゃれ。

「えっと、ここを曲がって──」

 ビュオッ

 パシイッ

「真っ直ぐ行くと──雑貨屋に行けますよ」

 私はニヤリと笑って言った。

「フレデリカさん」

 私はその若い女性の手刀を、左手で防いでいた。

 首筋に、手刀を叩きつけられる寸前だった。

「……フフフフッ」

 若い女性は、帽子を投げ捨てた。その女性は──フレデリカだった。

 周囲の人々は消え、ゾーヤもナギトもランベールの姿も消えていた。

 ただ、シャルロ王国中央地区、アモール川の遊歩道がそこにあった。

「ミレイア、お前……すべて見抜いていたのか? これが偽物のシャルロ王国だと」
「途中から分かったわ。アイスクリームを食べたとき。味が少しだけ違っていた。味が正確な『ラビリッツ』では、滅多(めった)にないことだから、おかしいなって」
「ハアアアッ」

 フレデリカは手の平で、私のアゴをつかもうとした。

 パシイッ

 私はそれも右手で防いだ。
 
 フレデリカは手の平から、電撃魔法を放つ気だった。

 私は防いだ手の平から魔法をかけ、フレデリカの電撃魔法を撃たせないようにしていた。

「これが闇の堕天使(だてんし)フィレンティーヌの幻覚作用だ。しかし、それに気付いてしまうとは、さすがだね」

 フレデリカは笑った。

「ミレイア」
「何?」
「ちょっとデートしない? 女の子同士で」
「いいわね。しましょう」

 私はニッコリ笑って、うなずいた。

 この偽物のシャルロで、フレデリカとデート。

 危険と隣り合わせの、最高のデートになりそうだった。