私を助けてくれた謎の少年は、私に言った。

「あんな(おの)くらい、よけらんねーのかよ」
「あ、あなた誰ですかっ?」

 私はムッとしながら聞いた。

「オレか?」

 少年は胸を張って言った。

「オレはナギト! ナギト・ディバリオスだ。年齢は17歳」

 17歳? 私と一緒か……。

 このナギトなる少年は黒髪。レドリーほど長身ではないが、引き()まった筋肉をしていた。顔立ちは……女の子にモテそう。笑うと、可愛げがあるのだ。

 そしてとてもきれいな、()んだ目をしている。まるで子どもみたい。

「私はミレイアです。……あらっ? ちょっと見せなさい!」

 私は急いでナギトの腕を(つか)んだ。

「お、おいっ! 何すんだよ!」

 ナギトの腕から、血が出ている。さっき、アイアンナイトの(おの)(はじ)き飛ばした時に、(おの)(やいば)の破片が当たったらしい。

 私は急いで、彼の傷跡(きずあと)に手を当てた。

「おい、離せって、魔法使い!」
「私は魔法使いじゃなくて、聖女です。暴れないの!」

 私が一喝(いっかつ)したら、ナギトは目を丸くして、「せ、聖女? お前が?」と言いつつ、私を見た。

「ヒール!」

 私が唱えると、じわじわとナギトの傷跡《きずあと》の血液が止まった。あと1時間で、傷痕《きずあと》は完全に消えるだろう。

 ナギトは舌打ちした。

「……ふん」
「な、何です? お礼をちゃんと言ってもらいたいですね。治癒(ちゆ)してあげたんだから」
「余計なことしやがって」
「はああ?」

 私はむくれた。そんな言い方はないでしょう?

「別にオレは……傷を治してくれなんて、頼んだ覚えはないぜ……あ、いててて!」
「あーもう、ほらっ」

 私はあきれた。

「結構、傷は深かったんですよ。痛いはずです」
「わ、わかったよ」

 ナギトは顔を真っ赤にして、私の手をふりほどいた。

「……あ、ありがとな。治せだなんて、頼んでねーけど!」

 一言多いんですけど……そう思ったその時!

 不思議な映像が、頭の中に入ってきた。

 ナギトに似た戦士──いや、勇者が、私に似た聖女に、剣を差し出している。

「オレの剣を持っていけ……!」

 ええ? 何これ? この二人、一体誰なんだろう? どうして剣を……。
 
 私に似た聖女は、剣を受け取ろうとしている──。

「おい!」
「えっ?」

 私はハッとした。ナギトは眉をひそめて、私を見ている。

「お前、どうしたんだ? 何ぼーっとしてるんだよ」
「い、いえ、別に」

 私は、さっきの不思議な映像を、頭の中から振り払おうとした。確か、ジェニファーを見たときも、変な映像を見た気がするが。

(ふうっ)

 私は深呼吸して、この奇妙な映像のことは、忘れることにした。考えても意味が分からなかったからだ。

 ところで、ナギトという名前は分かったけど、この人の素性(すじょう)は一体? かなりの身体能力。かなりの剣の使い手だということは分かった。

「あなたって、どこかに所属している剣士なの?」
「ああ、それは──」

 ナギトは腕の調子を確かめながら言った。

 すると彼の後ろの方から、太った中年男が早歩きでやってきて、ナギトに頭を下げた。

「ナギト(ぼっ)ちゃま!」

 ぼ、(ぼっ)ちゃま……。私はプーッと噴き出しそうになった。

 ナギトは顔を真っ赤にして、私をにらんだ。

 太った中年男が言った。

(ぼっ)ちゃま、無茶をなさる! 一人で魔物に相対(あいたい)するとは。心配したですだ!」
「ジャ、ジャガジー! 向こうの土産物屋で待ってろと言ったろ。休憩(きゅうけい)時間まで、オレについて来るんじゃねえ。そもそもお前は執事(しつじ)だろうが。屋敷で待ってりゃいいのによ」

 ナギトがブツブツ言うと、このジャガジーという中年男は、またナギトに向かって頭を下げた。

「しかし、あなたのお父様……ギラディー(きょう)が、しっかりナギト(ぼっ)ちゃまを見張れと」
「あのアホ親父……」

 ナギトはギリリと歯噛(はが)みした。

(ぼっ)ちゃまは、ゆくゆくは我がグリンマゼル団の党首になられるお方ですだ。怪我とかはないようにしていただかないと」

 え? ちょっと待って。グリンマゼル団って……あの有名なグリンマゼル団?

「あの暴力団……あ、失礼。超有名な巨大組織の、グリンマゼル団ですか?」

 私が聞くと、執事(しつじ)のジャガジーさんが、ニンマリ笑って、「そうですだ、お(じょう)さん」と言った。

「まあ、我がグリンマゼル団は、暴力団です。確かに昔は、金品強奪など、窃盗(せっとう)などもやっておりました。しかし、最近はそのようなことはしておりませんぜ。魔物が現れたら、身を張って、民衆を助けています」
「ふん」

 ナギトはため息をついた。

「ほーらな。グリンマゼルと聞いただけで、眉をひそめてやがる。おい、ミレイアだっけ? あんた、もう行きな。オレたちと関わるとロクなことにならねえぜ」

 その時……。

飛空艇(ひくうてい)の魔力の補充(ほじゅう)ができました!」

飛空艇(ひくうてい)の係員が、私たちに向かって叫んだ。

「乗客の皆様、飛空艇(ひくうてい)にお戻りください!」
 
 ◇ ◇ ◇

 ……で、飛空艇(ひくうてい)に戻ったわけだけど……。

 ナギトが隣の席にいる。

 同じ飛空艇(ひくうてい)に乗っていたというわけ。

 どうやらナギトの執事(しつじ)、ジャガジーさんが、係員に頼み込んで、ナギトと隣の席にしてしまったらしい。どうやら、私、ジャガジーさんに気に入られちゃったみたい。

 飛空艇(ひくうてい)は空を飛び立っている。窓の外では、美しい入道雲が広がっていた。

「お前、どこに行くんだよ?」

 ナギトが聞いたので、私は答えた。

「シャルロ王国に行くのよ。シャルロの学校に編入するの。フレデリカっていう(おさな)なじみの友達にも会いたいわ」
「シャルロに行くのか? なんだ、俺が住んでいるとこじゃねえか。俺もシャルロに帰るとこさ」

 ええ~っ? ナギトたちと一緒にシャルロで降りるのか……。

 2時間後、私はシャルロ王国に降り立つことになった。