フレデリカの周囲を、魔法の紙きれ人形が宙に舞っている。

「飛びかかれ!」

 フレデリカは命じた。この魔法は、ゾーヤを血まみれにした魔法だった。

 私は杖をにぎりしめた。

 ギュンッ

 魔法の紙きれの大群が、私に向かって飛んでくる。まるで、凶暴なスズメバチのように思える。

 紙には火の魔法が有効か? それで燃やし尽くす? ──いや、それではダメだ!

 紙人形に火が燃え移り、火の(かたまり)となって、私に突っこんでくるだろう。

(それならば)

「リーリウム・ヒガンテスキア!」

 私が唱えると、私の足元から素早く魔法の花が生えた。

 巨大な花だ──。高さは3メートルあり、花も直径1メートルはある。まるで鉄砲のような形状をしている。

 巨大テッポウユリだ。

 まるで白い大砲のようだった。

「魔法の花を生み出した? 花の鑑賞会(かんしょうかい)でも開くのか?」

 フレデリカは笑っている。

「いけ!」

 ブワッ

 フレデリカは魔法の紙きれ人形の大群を操り、私の方へ向かわせた。

 ガバッ

 すると巨大テッポウユリが、大きな口を開けるように、花弁──花びらを開いた。
 
 そして、飛びかかってきた紙人形の大群を、吸い込んだ。

「な、何だと!」

 フレデリカは操りながら、冷や汗をかいている。

 巨大テッポウユリは、無数の紙人形をすべて、自分の花びらの中で消化──食べてしまい──。

 シュッ

 そのまま消え去った。

 フレデリカは、手の甲で汗をぬぐっている。

「な、何だ? その巨大なテッポウユリの魔法は……? 見たことも聞いたこともない」
「当り前よ」

 私は言った。

「私──ミレイア独自の魔法なのだから」
「化け物か、ミレイア」
「あなたこそね」
「でも、これではラチがあかないな。フィレンティーヌ、さあ降りてこい」

 闇の堕天使(だてんし)──フィレンティーヌは巨大な女性型の彫像だ。

 それが舞台上に降りてくる? 

 私は目を見張った。

 闇の堕天使(だてんし)は空中で、体を変化させた。

 もっと巨大化した。

 それはまるで、城のようなものだった。

 小さい庭園があり、城門がある城があり、ベランダがある。

 そしてその城の前に、女性の彫像が上半身だけくっついていた。

 城には羽が生え、バサバサと羽ばたいていた。その羽ばたきからは、闇の瘴気(しょうき)が放出されている。

(いけない! 闇の「気」が強くなっている!)

「皆! 逃げて!」

 私は観客席のほうを向いて、叫んだ。

 観客たちは不思議そうな顔で、上空を見ている。私の言っていることなど、聞こえていない。

 10万人もの観客がいるのだ。

 私が何か騒いでも、ほとんど伝わらないだろう。

 しかし、このスタジアムは危険な状況下にある! 闇の堕天使(だてんし)が、闇の力を強めて浮かんでいるのだ。

「審判長!」

 私は声を上げた。

「観客を全員、スタジアムから退出させてください!」

 フレデリカは腕組みして、ニヤニヤ笑ってこっちを見ている。

 審判長はさすがに異変を感じたようで、「ちょ、ちょっと試合を一時停止する!」と叫んだ。

 ドーン

 太鼓(たいこ)が鳴らされて、審判長が舞台に上がり、私に聞いた。

「ミレイア、試合中だぞ……」
「あの上空にある巨大な物体は、闇の堕天使(だてんし)といいます。中に1200年前の魔王が封印されているのです」
「そ、その話は、多少はアルバナーク婆から聞いてはいるが……まさか本当なのか?」
「本当です! 死人が出てからでは遅いのです!」

 審判長はあわてて舞台から出た。そして今度はスタジアムの最前列に座っている、アルバナーク婆様、元聖女王のリベラ・ラベンストール、大勇者のカイネ・ルルドス、大魔法使いのサイマジー・リパイネーラたちに、色々相談し始めた。

 そして審判長はうなずき、顔を真っ青にして魔導拡声器(まどうかくせいき)を持った。

『観客の皆様にお伝えしたことがあります! 上空に存在する物体は、非常に危険です。皆様、どうか、すみやかにスタジアムから退出してください!」

「はああ?」
「何言ってんだ? 高い席料払ってんだぞ」
「せっかくの決勝戦なのによ」

 観客たちはブーブー文句を言い始めた。

 フレデリカはニコニコ笑っている。

「審判長、よい判断だ。では、協力してあげよう」

 上空に浮かんだ、闇の堕天使(だてんし)──いや、闇の城は、より一層、放出する闇の瘴気(しょうき)の量を増やした。

 すると……。

 ズゴゴゴゴ

 地響(じひび)きが、スタジアム全体に響き渡った。

「ハハハハハ! 人間を恐怖に(おとしい)れろ! フィレンティーヌよ」

 ズゴゴゴ
 
 スタジアムが上下に()れる!

「ギャアアアアア!」
「うわあああああ!」
「地震だ! 逃げろ!」

 観客たちは声を上げ、座席を立ち、外に逃げ始めた。スタジアムは大騒ぎになっている。

『あわてないで! 落ち着いてください!』
 
 審判長は声を上げ、再び舞台上のフレデリカに詰め寄った。

「き、き、君、上空の物体を説明してくれ」
「単なる私の魔法ですよ、審判長さん」
「う……む」
「試合中じゃないんですか? 早く再開しないと、日が暮れますよ」

 フレデリカはひょうひょうと言ったが、審判長はさらに詰め寄った。

「き、君は一体、何を(たくら)んでいるんだ?」
(たくら)み? ルールにのっとり試合をするだけです」

 フレデリカはニコニコ笑って言った。その笑顔は、完全に作り笑いだった。

「あ、わ、わかった」

 審判長はそう言われては、引き下がるしかなかった。

『試合再開!』

 ドーン

 太鼓(たいこ)の音が鳴らされた。試合再開だ!

「ねえ」

 私はフレデリカに聞いた。

「あなた、危険すぎるわよ」
「全力で戦うってことだよ、ミレイア」

 上空の不気味な城は、闇の瘴気(しょうき)を発しながら浮かんでいる。

 地響(じひび)きは消え去っていた。

 スタジアムの観客は、もうほとんどいない。スタジアムから逃げてしまったのだ。

 残ったのは、舞台上に立っている私とフレデリカ。

 舞台外の助言者(アドバイザー)ゾーヤ、ナギト、ランベール。

 観客席にはマデリーン校長。そしてアルバナーク婆様たち。ジョゼットやナターシャ。

 すると──。

「センス・カレンス・エクアシオン!」

 フレデリカが唱えた。

 その瞬間、私は頭の中が真っ白になった。
 
 何かが起こる。

 今までにない、恐ろしい魔法であることは間違いなかった。