世界学生魔法競技会、決勝の3日前。

 私、ミレイアはゾーヤ、ナギト、ランベールと一緒に、シャルロ王国の中央都市に来ていた。目の前にはシャルロ城がある。

 今日は、決勝に向けての訓練は休み。

 シャルロ城内で、大きな会議が開かれる。そこに私が、なぜか呼ばれた。

 私を呼んだのは、私の師匠(ししょう)である、アルバナーク婆様! エクセン王国から、わざわざ私に会いにやってきたらしい。

「すげえなあ……。国王が住んでるんだよな、ここ」

 ゾーヤはシャルロ城を見上げながら、言った。

「じゃ、じゃあ、オレたちは外で待ってるから」

 ナギトが言った。私がアルバナーク婆様に会っている間、外の中央都市を散策(さんさく)するという。

 のん気だなあ……。

 私がシャルロ城に入ると、侍女(じじょ)に「赤鷲(あかわし)の間」へ案内された。赤鷲(あかわし)の間は、国賓(こくひん)レベルの客をもてなすときに使用される、大きな部屋だ。

「し、失礼します」

 私は緊張しながら、部屋に入った。

 ◇ ◇ ◇

「来たね、ミレイア」

 その部屋では、アルバナーク婆様が待っていた。

 部屋には大きなテーブルがあり、7名の高貴そうな人々が座っている。

(えっ? うそ! 聞いてない!)

 すごい人たちが座っていた。アルバナーク婆様はともかく、元聖女王のリベラ・ラベンストール、大勇者のカイネ・ルルドス、大魔法使いのサイマジー・リパイネーラ……。

(う、うわああ……どうしよう?)

 私は戸惑った。全員、新聞などで見たことがある有名人ばっかり!

「座りなさい」

 元聖女王のラベンストールが言った。

「は、はい」

 私はあわてて、席に座った。

「なぜ、ここに呼ばれたのか、何となくは分かっているね?」

 元大魔法使いのリパイネーラが言った。ヤギのようなあごヒゲだ。今年で131歳と聞いている。

「今度のフレデリカ・レイリーンとの決勝戦は、我々人類にとって、とても重要だ」
「えっ?」
「この世の命運が、君にかかっておるのだよ」
「ど、どういうことですか?」
「重要なのは、あのフレデリカが使役(しえき)している『闇の堕天使(だてんし)』のことだ」
「フレデリカが上空に浮かせている、謎の彫像のことですか?」

 私が聞くと、今度はアルバナーク婆様がうなずいた。

「そうだ。あの闇の堕天使(だてんし)の正体は……」

 アルバナーク婆様は、「ふむ」とつぶやき言った。

「1200年前、この世を(ほろ)ぼした魔王なのだ。当時の大勇者と聖女が、彫像の中に魔王を封印した。それを、エンジェミア東部のランティカ山の地中に埋めたのだ」
「そ、その魔王が、この世を(ほろ)ぼしたというのは、本当ですか?」
「古代文献に書かれている。また、我々の過去視魔法(かこしまほう)でも確認しており、事実だ」

 私は、何かとんでもないことに巻き込まれそうだ、と予感した。

「でも、どうしてフレデリカが、魔王を封印した闇の堕天使(だてんし)使役(しえき)しているのでしょう?」
「少しずつ説明しよう。まず──フレデリカの一族……つまりレイリーン家は大貴族だ。彼らの先祖は東方の術師。東方の術師たちにも、光の者、闇の者がおってな」
 
 アルバナーク婆様が考えるように言った。

「『式神(しきがみ)』など、我々が普段聞いたこともないような術を使う。それは普段、平和利用する者が多数らしいんだが……」
「良い東方の術師もいれば、悪い東方の術師もいるのですね?」
「その通りだ。レイリーン家は闇を(つかさど)る術師一家でな。彼らは自分たちの術を、レイリーン魔導術と呼んでいるらしい」

 私は合点(がてん)がいった。フレデリカの心に見える「闇」は、先祖の呪縛(じゅばく)からきているものなのかもしれない。

「レイリーン家は、術を悪用し、魔王を封印した闇の堕天使(だてんし)を地中から掘り起こしたのです」

 元大聖女のラベンストールが口を開いた。

「フレデリカの最大の強みは、『闇の堕天使(だてんし)』の使役(しえき)です。使役(しえき)とは『(あやつ)る』ということ」

 彼女は続けた。

「中から魔王が出てくると厄介(やっかい)です。その前に、フレデリカを倒しなさい」

 た、大変なことになった。あの闇の堕天使(だてんし)という空飛ぶ彫像の中には、大昔の魔王が封印されているなんて!

 するとアルバナーク婆様も言った。

「それから、決勝の場所は、エンジェミアでもシャルロでもない。エクセン王国で行われることになった」
 
 エクセン王国は、私の故郷(こきょう)だ!

「そうなんですか? なぜ?」
「我々が、魔法競技会に進言した。エクセン王国ならば、闇の堕天使(だてんし)の闇の力に耐えうるスタジアムが存在するからな」

 私はうなずいて、アルバナーク婆様を見た。彼女はしみじみと言った。

「ミレイア、お前がエクセン王国を追放されたとき、エクセン王国に飛来した闇の堕天使(だてんし)霊視(れいし)したね」
「は、はい!」
「それが現実になったということだよ。私たちでは、フレデリカは倒せない。それほどフレデリカの闇の力は強い」
「そんな……元聖女王様や大勇者様たちでも?」
「その通り、お前の中に眠る、不可能を可能にする『力』が、フレデリカを倒すだろう」

 ◇ ◇ ◇

「何だか大事になってきちゃった」

 私は中央都市に流れるアモール川の遊歩道で、ゾーヤやナギト、ランベールたちに言った。

「フレデリカがそこまで危険人物だったなんて」
「だから言ったろ、あいつはヤバいって」

 ゾーヤは言った。

「『あいつと戦っていると、深い、地獄の沼に引きずり込まれそうな感じになる』ってさ」

 川が太陽の光を反射し、キラキラ輝いている。

 するとナギトは言った。

「だけど、結局、闇は光に敵わないんじゃねーか?」
「そう……だね」
「ナギトの言う通り、闇より、光のほうが強いはずだ」

 ランベールもそう言ってうなずいた。川魚がピシャッとはねた。

「なあ、どうでもいいけど」

 ゾーヤは言った。

「中央都市でさ、美味しいアイスクリームを売ってる、『ラビリッツ』って店があるんだ。行こうぜ!」
「『ラビリッツ』は、ミルクとチョコレートのシャーベットが美味(びみ)だ」

 ランベールは静かに言った。彼が、スイーツ男子だったとは。

「ミルクの濃厚さと、チョコレートのほろ苦さを堪能(たんのう)できる」
「はやく堪能(たんのう)しようぜ」

 ナギトは伸びをしながら言った。すると私は口を開いた。

「ナギト、私や皆におごって。だってお金持ちでしょ」

 私は笑って言った。

「おいおいおい! 何でそうなる!」

 ナギトはあわてて叫んだ。──私たちは笑った。

 私は、本当は不安で仕方なかった。

 スコラ・シャルロが無くなってしまうかもしれないこと。

 戦争が始まるかもしれないこと。

 そして、フレデリカがどんな戦いを見せるのか、ということ。

 フレデリカが恐ろしい相手だというのは、間違いなかった。

 アモール川は静かに、ただ優しく流れていた。