フレデリカの自宅である、通称「レイリーン屋敷」は、エンジェミア中央地区の静かな高級住宅地にあった。

 レイリーン屋敷は、15000坪の敷地内の中にある。この庭園の中に、レイリーン屋敷とは違う、真っ白い巨大な四角い建物があった。

「レイリーン魔導術集会所」と呼ばれる施設である。

 ◇ ◇ ◇

「フレデリカ様!」
「いらっしゃったぞ!」

 レイリーン魔導術集会所内のホールには、約1000名もの人々が椅子に座っている。

 そこに、白いローブ姿の少女が現れた。フレデリカだった。彼女の後ろには、母親のアグディアーナもいる。

 万雷(ばんらい)の拍手の中──。

「皆の者、聞け!」

 フレデリカは檀上(だんじょう)に立ち、観衆に向かって声を上げた。

「我々のレイリーン魔導術は、来年、すべての人民に知れ渡ることになる!」

 ウオオオオオ!

 観衆たちは声を上げた。

 レイリーン魔導術とは、レイリーン家に伝わる秘密の魔法術である。フレデリカも幼い頃から、それを体得しているのであった。

「私が、1週間後の世界学生魔法競技会で、優勝するからだ!」

 また万雷(ばんらい)の拍手。まるで──教祖(きょうそ)のようであった。

 フレデリカが立っている檀上(だんじょう)の手前では、おとなしそうな10歳くらいの少女が、眠そうにして椅子に座っている。隣にいるのは、少女の母親だろう。

 バシャッ

 すると──フレデリカが檀上(だんじょう)の机の上にあった、コップの水を、その少女にかけた。

「お前!」

 フレデリカが、少女に向かって声を荒げた。観衆はシーンと静まり返った。

「お前……レイリーン魔導術の訓練をさぼっているな」
「い、いえ!」

 少女は泣きながら、言った。

「そんなことはありません!」
「お前の体から出ている、悪魔色の『気』を見れば分かる。魔導術の訓練を(おこた)えば、悪魔がとり()いてしまう。教育部屋に連れて行け!」
「や、やめてください! どうか、フレデリカ様、おゆるしを!」

 隣に座っていた少女の母親は叫んだ。しかし、少女は黒ローブの男たちに、連れていかれてしまった。

 フレデリカはそれを見て、うなずきながら言った。

「レイリーン魔導術を学ぶ者は、二度と引き返せない! しかし、その先には永遠の幸せが待っている」

 そして続けた。

「今年、全国の養成学校が統合し、スコラ・エンジェミアの支配下に入る」

 フレデリカは声を張り上げた。

「そのとき、我がレイリーン魔導術が、学生たちの魔法技術の基礎(きそ)となるのだ!」

 ドオオオッ

 観衆が歓声を上げた。

「フレデリカ」

 すると、後ろから母親のアグディアーナが小声で言った。

(あの言葉を言いなさい)
(分かりました、母上)

 フレデリカはうなずき、観衆の方に振り返った。

「すべてはレイリーン魔導術のためにささげる! 世界を1つにまとめあげ、レイリーン魔導術で染め上げる!」

(すべてはレイリーン家が支配するためだ。聖女王など、もう信頼するものか。私が、聖女王を超えた存在になる!)

 フレデリカはそんなことを思いながら、観衆の声援を聞いていた。

 ◇ ◇ ◇

 その2時間後──庭園内、フレデリカの自宅、「レイリーン屋敷」の客間では──。

「大丈夫なのかね、その子で」

 円卓(えんたく)に座った老人──バルフォード・バルダ氏は、正面のフレデリカを見ながら言った。彼は政治家だ。

 すでに、レイリーン魔導術集会所の観衆は、帰ってしまっていた。

「大丈夫、とおっしゃいますと?」

 フレデリカはギラリとバルフォード氏をにらみつけた。

 今にも椅子から立ち上がろうとしている。

「フレデリカ、おやめ」

 アグディアーナはフレデリカの肩をさわって、落ち着かせた。

 バルフォード氏は舌打ちをし、あごヒゲをなでながら言った。

「世界学生魔法競技会の決勝で、勝算はあるのか、と聞いている。あのミレイア・ミレスタという女子学生に」
「必ず、勝つ。そういうことです」
「レイリーンさ~ん。今度のスコラ・エンジェミアを中心とした全世界学校統合計画の成否は、君にかかっているんスよ~」

 若い青年が言った。彼はエンジェミアの有名実業家、ダバーダス・マイクル。

「だって、この計画の広告搭(こうこくとう)みたいなものなんスからね」
「敗北されてしまうと困るねえ」

 今度は緑色のスーツを着た、ブレンダン・リーキ公爵(こうしゃく)が言った。

「古代からレイリーン家に連綿(れんめん)と続く、レイリーン魔導術。それを世界各地に広めるため、我々は尽力(じんりょく)した。今日は久々の集会だったと聞く。にわか信者も増えたらしいな」
「ありがとうございます」

 アグディアーナは娘の肩を抱いて、言った。

「しかしそのために、我々は何億もの金を出した。2倍にして返してもらう約束だぞ。この計画、必ず成功させてもらう」
「まずは、決勝戦を勝てばよろしいのでしょう」

 フレデリカは言った。

「そして私は、聖女王以上の存在になります」
「へええ?」

 マイクル氏は笑いをこらえながら言った。

「そりゃ言い過ぎじゃないの? 聖女王以上? フレデリカさん」
「レイリーン魔導術を学ぶ者は、二度と引き返せない。しかし、その先には永遠の幸せが待っている」

 フレデリカは唱えるように言った。

「これはレイリーン家に伝わる言葉です。それが私の信じる道筋(みちすじ)
「ふん」

 バルフォード氏はつぶやくように言った。

「修羅の道を行くというわけか。頭蓋骨(ずがいこつ)(つぶ)されて死んだ、父親とそっくりだな」

 フレデリカはギリリと(くちびる)()んだ。