世界学生魔法競技会第2試合が続いている。

 フレデリカの競技パートナー──ゲンマが光り、宝石となって地面に落ち、泡となってかき消えた。

 サイモンは地面にうつ伏せになって、失神している。

 ジョゼットは杖を構えた。フレデリカは──杖を持っていない。

「アイスバーン・テリオス!」

 ジョゼットは唱え、杖を振り払った。これは──氷属性魔法の最上級技だ。

 ドオオオッ

 魔法が地面を(こお)りつかせつつ進み、フレデリカに直撃した。

 しかし──フレデリカの前で、水の魔法は消滅(しょうめつ)してしまった。フレデリカの「気」が、魔法をかき消したのだ。

「ジョゼット、お前との試合を楽しみにしていた」

 フレデリカは歩きながら言った。ジョゼットは一歩一歩後退する。

「我が校の生徒が、どの程度の能力をもっているのか、(はだ)で感じることができる良い機会だからな」
「あまりナメないでくださいね」
「どういった教育的指導がお好みかな」
「逆に、私が指導しましょうか?」

 ジョゼットは後退を止めた。

「アルキナティオ・イプモティスモ!」

 ジョゼットがそう唱えたとき、周囲の雰囲気が一瞬にして変化した。ぼんやりした、というか、霧が出てきたのだ。

「古代語で、アルキナティオ──は幻覚の意味だったな」

 フレデリカは言ったが、ジョゼットは動じなかった。

「そうです──でも、気付いたときにはもう遅い」

 草原の草は勝手に()れ、伸び、フレデリカの足首に巻き付いた。

「ほう」

 フレデリカは一歩前に歩こうとする。しかし、彼女の足には草がからみつき、もう歩けなかった。

「なるほど」
「試合を終わりにしましょう」

 フレデリカの後ろ!

 いつの間にか草が寄り集まってできた、緑色の巨人が立っていた。

 巨人の手には、魔法でできた(おの)! ジョゼットは言った。

「この魔法の(おの)には殺傷能力(さっしょうのうりょく)はありませんが、魔力模擬刀(まりょくもぎとう)と同じ、『(しび)れ効果』があります」

 これは──幻ではない。幻のように見える現実の出来事なのだ。

 ブオン

 緑色の巨人は、躊躇(ちゅうちょ)なくフレデリカの背後に、魔法の(おの)を振り下ろした。

(ああっ!)

 私は思わず、声が出そうになった。

 フレデリカは後ろも振り向かず、右手を()げ、右人差し指を立たせた。

 ピタアッ

 その人差し指が、(おの)の振り下ろしの軌道《きどう》を止めてしまった。

 フレデリカの人差し指が、緑色の巨人の(おの)(やいば)と、ピッタリくっついている状況だ。まるで、磁石のように離れない。

「ど、どういうこと?」

 私は思わず声を上げた。

「くっ、うっ!」

 ジョゼットがうめく。緑色の巨人を(あやつ)るのに、魔法を込めているのだろう。しかし、緑色の巨人は(おの)を宙で(とど)めたまま、動けない。

「エクスプロジオン!」

 フレデリカが唱えると──。

 バーン

 緑色の巨人の(おの)ともども、爆発して、(くだ)け散ってしまった。

 フレデリカの爆発魔法だ。

 フレデリカにまとわりついていた草も、消滅(しょうめつ)した。

「ジョゼット、面白い技だったよ」

 フレデリカはニッコリ笑った。ジョゼットは真っ青な顔で、フレデリカを見た。

「さてと」

 意外にも、フレデリカの歩いていった先は、ジョゼットのほうではなかった。

 ジョゼットの競技パートナー……弟のサイモンのほうだった。

 彼はまだうつ()せになって、失神している。

「や、やめて」

 ジョゼットは声を上げた。

「お、弟はもう失神しています! 彼に手を出すのはやめて」
「手加減はしない。それがフレデリカ流だからね」
「フレデリカ様! 弟だけは──」

 ジョゼットは懇願(こんがん)したが、フレデリカは唱えた。

「雷よ、私に逆らう者を(さば)け! アストラペ・ライトニア!」

 すさまじい勢いで、空から雷が落ちてきた。

 バーン!

 私は目を丸くした。

 サイモンの上に、素早くジョゼットが(おお)いかぶさっていたのだ。

「何?」

 フレデリカがいつになく驚いた声を上げた。

 ジョゼットの背中は、黒焦げになっている。雷魔法で背中を()たれたのだ……火傷(やけど)では済まない状態かもしれない。

「フフフッ」

 ゆらりとジョゼットは立ち上がる。

「フレデリカ様……フレデリカ様……。これが命をかけて戦う、ということです」
「ほう」

 フレデリカは一歩後退した。

「何をする気だ?」
「あなたの魔法を研究しておりました。──サルヴェイション・ハンド!」

 ジョゼットは唱えた。

 フレデリカの頭上に、巨大な魔物の手が落ちてきたのだ!

 これは──フレデリカの魔法だ。それをジョゼットが使用した。

 ビキビキビキ

 立っているフレデリカの頭上で、ジョゼットのサルヴェイション・ハンドが空中停止して見える。

「これは驚いた」

 フレデリカは冷や汗をかいている。

「私の魔法を、自分のものにしていたとは」

 フレデリカが頭上に防御壁(ぼうぎょへき)を作り上げ、サルヴェイション・ハンドの落下を防いでいるのだ。

「ううおおおお!」

 ジョゼットは杖に力を込め、声を上げた。

「潰《つぶ》れろおおおっ! フレデリカアアアアッ」

 ズンッ

 そんな音とともに、ジョゼット版サルヴェイション・ハンドは、地面に落下した。

 フ、フレデリカは?

 つ、(つぶ)れた? まさか? しかし、次の瞬間──。

 ゲシイッ

 そんな音がして、「あぐ」というジョゼットの声が聞こえた。

 ジョゼットの後ろには、いつの間にかフレデリカがいた。彼女はジョゼットの首筋に、魔力を込めた手刀を放っていたのだ。

「そ、そんな」

 ジョゼットは地面に両膝(りょうひざ)をついた。

「高速移動で、お前のサルヴェイション・ハンドを脱した。そして急所である、首筋への手刀──。魔導体術(まどうたいじゅつ)だ」

 フレデリカは、冷たい目でジョゼットの背中を見下ろしながら言った。

「ジョゼット、今の怒りは良かった。今のお前の怒りが、私の理想だ」
 
 ジョゼットは失神している。

「審判長! これ以上は危険です!」

 私は声を上げた。

 審判長があわてて、魔導拡声器(まどうかくせいき)に向かって声を上げた。

『8分13秒、フレデリカ・レイリーンの勝ちでございます! おい、早く治癒魔法を!』



 試合は終わった。

 ジョゼットとサイモンは目覚め、白魔法医師の治療を受けている。

 私は、白魔法医師たちに文句を言った。

「もっと早く、サイモンを診察するべきでた。サイモンは気絶していたんですよ」
「うむ……」

 白魔法医師長はうなずいた。

「そのことについては、我々も反省している。しかし、魔力模擬刀(まりょくもぎとう)で攻撃を受けた場合は、それが致命的な怪我、状態と見なすのか、判断が難しいところでな」

 それにしても……。

 私はフレデリカのほうを見やった。フレデリカは馬車に乗り、帰り支度(じたく)を始めている。

(何という強さなんだろう……フレデリカ)

「ジョゼット、大丈夫?」

 私はジョゼットに言った。ジョゼットは、座って弟の肩を抱いている。

「大丈夫です」

 ジョゼットは(つか)れ切ったように言った。

 彼女の肩から背中には、大きいタオルがかけられている。本当は背中は黒焦げであり、まったくひどい状態なのだ。

 早く、病院で診察しないと……。

「姉ちゃん、ごめんね。役に立たなくって」

 サイモンはうなだれながら言った。

「何も言わなくていいの」

 ジョゼットは弟の頭をなでた。

「私たちは、一生懸命戦ったのだから」

 そうだ。2人はすべてをかけて戦った。

「ミレイアさん」

 ジョゼットは私を見上げて言った。

「決勝戦、どうかフレデリカ様に勝ってください」

 私はそれしかないな、と思った。フレデリカを乗せた馬車は、もう草原の向こうのほうに見える。

 草原のおだやかな優しい風が、ジョゼットとサイモンを包んでいた。