シルビアは岩場の上から飛び降りた。

「さあて」

 シルビアは笑った。

「精霊族の力を見せてあげるわ」

 彼女は杖を振るい、火の球の魔法を撃ち出すと、再び岩場のほうに駆け上がった。

 私はシルビアの火の球を魔法で打ち消す。

 この火の魔法は牽制(けんせい)だ。

 岩場から降り、再び岩場に駆け上がる意味は──?

「はあっ!」

 タッ

 シルビアは岩場を蹴り、大きく飛び上がり体を反転させると──。

 彼女は空中で唱えた。

「アルコンソード!」
 
 上空から、鳥の翼のような物体が、無数に降ってきた。

 その翼、一枚一枚が鋭利(えいり)な刃物だ!

 ズババババババッ

 私はとっさに()けた。

 鳥の翼が、地面に次々と突き刺さる。

 私が逃げると、次々と、私を追いかけ回すように、鳥の翼が襲ってきた。

(追尾魔法か! 逃げるわけにはいかない)

 私は振り向いて、魔法の防御壁(ぼうぎょへき)を発動した。

 ガガガガガガ

 私の防御壁(ぼうぎょへき)を、鳥の翼が(けず)り取る。

(シルビアは?)

 どこだ?

 ──いつの間にか、シルビアはまた岩場にいた。素早い!

 ブワッ

 そんな音とともに、彼女は再び岩場を飛び上がり──。

 大きく飛んだ。

 今度はまるで鳥のように、空を飛んでいる。背中には、魔法の翼が生えているのだ。

「見事ね」

 私は驚きつつも、彼女を()めた。

「まさか、空を飛ぶとは思わなかったわ。さすが精霊族」
()めるのは、まだ早いんじゃなくて?」

 シルビアは魔法の翼を羽ばたかせ、上空で杖を振った。

「さあ、これでお仕舞(しま)いにしましょう。有能なエクセン王国の元聖女さん」

 あら、よく知っているのね。

「アルコンソード・ライトニア!」

 シルビアが唱えた。

 ズドドドドド

 その瞬間、空から雷を帯びた魔法の鳥の翼が、無数に降ってきた。

 私は逃げ、その鳥の翼を、魔法の防御壁(ぼうぎょへき)を使いながら、()ける。

 ガガガッ バリバリッ

(今度は雷属性の魔法か!)

 鳥の翼が防御壁(ぼうぎょへき)()れると、バリバリと音がする。

 これに()れたら、感電して失神する! 失神したら、鳥の翼が、私を(つらぬ)くだろう!

「アハハハ!」

 シルビアは上空を飛び回り、笑っている。

「私は高みの見物よ。逃げ回りなさい、ミレイア・ミレスタ!」

 その瞬間も、雷属性の鳥の翼がひっきりなしに、空から降ってきていた。

「そんなに()け続けたら、(つか)れちゃうじゃない? あきらめて雷属性の攻撃を受けて、失神することをおすすめするわ」

 シルビア! 恐ろしいことを言う。だが、私はすでにこの状況の打開策を導き出していた。

 私は()けるのをやめ、全速力で前に進み出た。無数の鳥の翼は、私の後方の地面に刺さり続けている。

「んっ?」

 シルビアは空中で飛び続けながら、驚きの声を上げた。

「ふん、前に行くとは? しかし、アルコンソード・ライトニアが、あなたを(つらぬ)くのは、時間の問題ね」

 シルビアが、魔法を放出する位置を、杖で調整しようとしたとき──。

(ここだっ!)

 私は唱えた。

「グラビティ・ネブリナ!」
「え?」

 上空のシルビアは眉をしかめた。

「う!」

 ドチャ

 そんな音と共に、シルビアは地面に墜落(ついらく)した。

「ひ、ひい! い、痛い!」

 彼女は地面にうつ伏せになって、声を上げた。

 約8メートルの高さから、地面に落ちたのだ。

 シルビアは墜落(ついらく)しそうになったとき、防御魔法を瞬時に体に張ったようだ。しかし、体が痛くないはずがない。

「ま、まさか! 重力魔法とは!」
「飛んでいるあなたを打ち落とすには、あなたに重力をかけるしかないと思ってね」

 彼女は地面にうつ伏せになり、起き上がろうとする。

 ミシミシミシ

 しかし、私の重力魔法のせいで、立ち上がれない。

 私はどんどん重力を強める。
 
 シルビアの体が、少し地面にめり込んでいく。

「このまま重力をかけ続ければ、骨折はまぬがれない。防御魔法で全身を守っているといっても、それがいつまで持つかしら」
「ひい……」
「まいったをしなさい」
「い、いやよ!」
「では──」

 私は聖女の杖をかかげた。まいったをしないなら、しょうがない。

「グラビティ・ネブリナ!」

 ミシミシミシ

「キャアアアアア!」

 うつ伏せのシルビアは声を上げた。また体が、地面に少しめり込んだようだ。もう彼女が身動きするのは、私が重力魔法を解くしかない。

『試合をいったん、停止しなさい!』

 その時、審判団の声がした。

 審判団が向こうのテントから駆けつけたのだ。

 私は重力魔法を弱めた。

 審判団長が、地面にうつ伏せになっているシルビアに声をかけた。

「シルビア、もう『詰み』だ。君が勝てる見込みはなくなった」
「い、いやよおお! 『まいった』するなんて!」

 シルビアはうつ伏せになりながら、ワンワン泣き出した。まだ、私の重力魔法はかかったままだ。威力は弱めに調整してあるが。

 審判団たちは一緒に来た白魔法医師たちと、相談していたが、すぐに──。

 審判団長は私を指さし、魔導拡声器(まどうかくせいき)で、声を上げた。

『8分38秒、シルビアは試合続行不可能とみて、ミレイア・ミレスタの勝ちとします!』

 私はホッとため息をついて、重力魔法を解いた。

「ひいいい……」

 シルビアはため息をつきながら、ごろりと仰向けになった。

「お、恐ろしい強さね、あなた!」
「どうも。でも、あなただって素晴らしい技を持っていたわ」

 私が言うと、シルビアは疲れ切ったように笑い、「ありがとう」と言った。

 ◇ ◇ ◇

 少し時間が経った。
 
 シルビアとドルコイは、白魔法医師の診察を受けている。

「勝ったんだな」

 ナギトが、ヨロヨロと私のほうに歩いてきながら言った。

「つ、疲れた……ぜ。肩が(いて)ぇ」

 ナギトはよろける。無理もない。ドルコイの巨大魔力模擬刀(まりょくもぎとう)が、肩に刺さったのだから。

 私は、ナギトの体を支えた。

「大丈夫」

 私は言った。

「私が……あなたを支えるから」
「それにしてもよ」

 ナギトが言った。

「シルビアって、スタイルよくて、美人だったよなあ……やっぱ精霊族はモノが違うぜ……」
「あっそ」

 私はナギトを突き放し、さっさと馬車に戻ることにした。

 ナギトは地面にすっ転んだ。

「いてぇ! お、おいっ。何してくれんだよ!」
「自分で起きて! 早く帰りましょ」

 私はちょっと腹を立てながら言った。

「なに怒ってんだよ!」

 ナギトはブーブー文句を言っている。白魔法医師の1人はナギトに、「君、大丈夫かね」と心配している。

 世界学生魔法競技会準決勝──私は、ナギトの協力のおかげで勝利をおさめた。

 明日の昼、フレデリカとジョゼットの試合が始まるのだ。

 勝ったほうと──決勝戦になる。

 必ずフレデリカが勝ち上がってくる。

 私は確信していた。

 しかし気になるのは……ジョゼットはともかく──。

 フレデリカの競技パートナーが、一体、誰になるのか、ということだった。