私──ミレイア・ミレスタは、フレデリカとジェニファーの試合を最前列で観ていた。

 フレデリカの頭上10メートルのところに、巨大な物体が突然現れたのだ。

 それは──巨大な彫像(ちょうぞう)のようなものだった。

(あれは……まさか!)

 確か、エクセン王国から追放された時、アルバナーク婆様と見た、無気味な彫像(ちょうぞう)そっくりだ。

 いや、そのものだと言っていい。

 まるで芸術家が()り上げたような、超巨大な彫像(ちょうぞう)だ。それは美女の彫像(ちょうぞう)であり、しかしながら腕が4本あった。

 そう──アルバナーク婆様が言っていた。

 (やみ)堕天使(だてんし)

「ど、どういうことよ?」

 ジェニファーは空を見上げて、目を丸くしている。

「何なの、あれ?」
(やみ)堕天使(だてんし)──フィレンティーヌ!」

 フレデリカが笑って言った。

「私が使役(しえき)している、(やみ)堕天使(だてんし)だ。私とほぼ同体と言っていい。影のようなものだ」
「フレデリカ、あんたにとり()いている死神みたいなもんでしょ! だ、だったら……」

 ジェニファーは、(やみ)堕天使(だてんし)を見上げた。

「私のダーク・ミロワールで、あのデカブツを吸い込んでやるうう~っ!」

 ゴオオオオオッ

 ダーク・ミロワールの(やみ)(うず)が、今の位置から、高度を上げた。そして、(やみ)堕天使(だてんし)を吸い込もうとしている。

 その時──。

 (やみ)堕天使(だてんし)が何かを念じると、いきなり(やみ)(うず)の前に、巨大な手が現れた。

 その手はまるで老婆のような、悪魔のような手──。手の平は横7メートルはある。とにかく、でかい「手」だ。

 ガバッ

 巨大な手は(やみ)の渦《うず》を(つか)んだ!

「な、何よ! 何が起こっているのよ!」

 ジェニファーが声を上げた。

 フレデリカは笑っている。

「これは(やみ)堕天使(だてんし)が思念で作り上げた、『サルヴェイション・ハンド』だ!」
 
 ギリリリリ

 サルヴェイション・ハンドは、ダーク・ミロワールの(うず)(つか)んでいる……! きしむ音とともに、やがて──。

 バキーン

 (やみ)(うず)が、巨大な手の中で(くだ)け散った!

「えっ! なっ……」
「フフッ……。なかなかの握力だろう。──それに、この『手』は大きくなったり小さくなったり、拡大縮小できて、便利なんだ」

 フレデリカは説明した。

 私は思い出した。フレデリカとゾーヤが戦ったとき、試合開始直後に、杖を取られたことがあった。

 あの拡大縮小できる不気味な「手」が、ゾーヤの杖を(うば)った……と私は推測(すいそく)した。

「サルヴェイション・ハンド!」

 フレデリカは叫んだ。

「ジェニファーを破壊せよ!」

 ゴオオオオッ

 巨大な平手(ひらて)が、ジェニファーの頭上に落ちてくる!

「くっ」

 ガイーン!

 そんな音がした。

 ジェニファーは両手を上に上げ、一瞬で金色の防御壁(ぼうぎょへき)を空中に作り上げていた。

 間一髪(かんいっぱつ)、巨大な平手(ひらて)の一撃を、自分の頭上で受け止めた。

 円型の防御壁(ぼうぎょへき)が、(かさ)のようにジェニファーを守っている。

「ふうっ、ふうっ……」

 ジェニファーの目は血走っている。無理もない。急に防御壁(ぼうぎょへき)を作り出したので、精神力が(けず)れているはずだ。

「じ、尋常(じんじょう)じゃないっつーの……」

 ガガガガガガ

 サルヴェイション・ハンドと金色の防御壁(ぼうぎょへき)が、音を立ててきしみあっている。

「ぜ、全開!」

 ジェニファーが声を上げた。

 金色の防御壁(ぼうぎょへき)が、より一層、光り輝いた。しかしあの巨大な手は、金色の防御壁(ぼうぎょへき)を、空中で押し(つぶ)しそうだった。

 その証拠に、ジェニファーの防御壁(ぼうぎょへき)には、ヒビが見える。

 ゴゴゴゴッ

「はあっ、はあっ!」

 ジェニファは、その場に座り込んだ。

「このやろおおおおおおっ!」

 ジェニファーは再び顔を上げた。

 ジェニファーの周囲に、無気味な闇の「気」が集まりだした。そして、ジェニファーの背後には──見覚えのある悪魔が見えた。

 私との試合中に見た、ジェニファーの悪魔だ! まだ、ジェニファーにとり()いていたというの?

 確か、私はあの悪魔を浄化(じょうか)したはずだ。しかし、1度悪魔にとり()かれると、消えることはないのか……!

 そのジェニファーと悪魔の発した闇の「気」が、防御壁(ぼうぎょへき)を包み込んだ。

 バリバリバリ

 サルヴェイション・ハンドが、闇の「気」に包まれた防御壁(ぼうぎょへき)を、押し(つぶ)そうとしている!

 フレデリカが破壊するのか! ジェニファーが耐え抜くのか!

 しかし……。

 ジェニファーが「ぐっ」とうめいた。背後の悪魔も、よろめいた。サルヴェイション・ハンドの圧力が……強すぎる!

 バーン!

 破壊! ジェニファーの防御壁(ぼうぎょへき)は、破壊された。(くだ)け散った……! ジェニファーにとり()いた悪魔も、消え去ってしまった。

 次は……ジェニファーが押し(つぶ)されるはずだ!

「うわーっ!」

 ジェニファーは頭を抱えて、その場に座り込んだ。

「ま、まいったまいった! 殺されるぅ!」

 審判団はあわてている。フレデリカはフッと顔色を和らげた。

『8分48秒! フレデリカ・レイリーン選手のギブアップ勝ちでございます!』

 その瞬間、サルヴェイション・ハンドは消え失せ、あの巨大な空の彫像(ちょうぞう)──フィレンティーヌも、消え去っていた。

 ジェニファーは顔を真っ青にして、フレデリカに向かって叫んだ。

「つーか、死ぬわよ! フレデリカ! あんたの相手してると!」
「意外に面白い戦いだったよ。ま、お前が死んだら、私も後味が悪いのでね」
「くっ……生意気な!」

 ──フレデリカは、Bブロックの準決勝に進出。

 相手は──スコラ・エンジェミアの生徒同士の対決。

 フレデリカVSジョゼットとなった。

 そして私──ミレイア・ミレスタの準決勝の相手は、まるで知らない相手。

 シルビア・マテナ・アジェ(精霊界学生選抜1位 精霊女王候補)だった。

 ……何者?

 そのときの私は、ナギトとコンビを組んで、シルビアと戦うことを、知らなかった。