「何! もう1度言ってみろ!」

 エンジェミアの競技場(ひか)え室で、大声が響き渡った。

 フレデリカの声だ。

「ええ……そのぅ……。ナターシャさんが、ミレイアに敗北しました」

 フレデリカにそう声をかけたのは、スコラ・エンジェミアの1年生、セラフィー・アルネータだ。ララン・チェイナックもいる。2人は先日、フレデリカに暴力──いや、指導を受けた。

 そして、2人の後ろには、スコラ・エンジェミア学校内ランキング3位の、ジョゼットが立っていた。彼女は、ミレイアVSナターシャと同時刻に行われた試合で、勝利している。

「バカな!」

 ガシャン!

 フレデリカは飲み水の入った、ガラスコップを地面に叩きつけた。

「ナターシャが、あの弱小学校の生徒、ミレイアに負けただとぉっ!」
「そうです」

 ジョゼットは冷たく言った。

「つまり、あなたが聖女王候補になる条件の1つをクリアする可能性が、無くなりました」

 先日、聖女王はフレデリカに言った。
 彼女が聖女王候補になる条件だ。その条件とは──。

① フレデリカ自身が、世界学生魔法競技会で優勝すること
② 世界学生魔法競技会に出場している、他の2人の生徒、ジョゼットかナターシャが準優勝以上を成し遂げること

 だった。

 ナターシャが負けたことで、スコラ・エンジェミアの生徒はフレデリカとジョゼットしか残っていない。しかも、2人はBブロックに入っている。

(そうだ……その通りだ)

 フレデリカは舌打ちした。

(ジョゼットはBブロックだ。私と準決勝で当たってしまう。ナターシャが負けた時点で、②の条件をクリアする可能性は消えたのだ!)

「フレデリカ様」

 ジョゼットは言った。

「これを機会に、スコラ・エンジェミアの校風を、明るく楽しいものに戻すよう努力してください」
「何?」
「フレデリカ様の指導は、皆、『厳しすぎる』と言っています」
「何だと……」

 フレデリカは、ジョゼットの後ろにいる、セラフィーとラランをにらみつけた。2人はあわてて、サッと目をそらした。

「ふん」

 フレデリカは笑った。

「確かに条件の1つは消えた。しかし、①の条件──私の優勝の可能性は、ほぼ間違いない」

 ジョゼットは黙って聞いている。フレデリカは続けた。

「優勝すれば、聖女王の道はまだまだ開けているはずだ。なにしろ、私以上の聖女は、この世に存在しないのだからな!」
(たいした自信ね)

 ジョゼットはそう考えていた。

「では、Bブロックの準決勝で、私がフレデリカ様に勝つとしたらどうでしょう」
「はん?」

 フレデリカは、ジョゼットをギロリとにらみつけた。
 ジョゼットは淡々と言った。

「私が準決勝であなた様に勝ち、聖女王候補の道を、完全に叩き(つぶ)す、と言っているんです」
「ハハハハ!」

 フレデリカは手を叩いて笑った。

「ハハハ! 面白い! 面白い冗談だ。どうしたんだ、ジョゼット。お前、いつからそんなに、反抗的なことを言う人間になったんだ?」
「あなた様が、スコラ・エンジェミアの指導員になってからですよ、フレデリカ様」
「……ゆるさん」
 
 フレデリカは一歩、ジョゼットに詰め寄った。

「ゆるさんぞ、ジョゼット。私に勝つなどと、ありえないことを……」
「私は、スコラ・エンジェミアを元の楽しい学校に戻してもらいたいだけですよ」

 ジョゼットは言った。

「では──今度は敵同士でお会いしましょう。あなた様がジェニファーに勝てればね」

 ガシャン!

 フレデリカはまた、予備のガラスコップを地面に投げつけた。

 ◇ ◇ ◇

 私──ミレイア・ミレスタの試合後から、もう1時間が経っている。

 私は選手の特権(とっけん)で、観客席の最前列に座り──。

 フレデリカとジェニファーの戦いを観戦することにした。

(これは、嫌な試合だわ。私にとって……。興味深い試合でもあるけど)

 私は思った。

 フレデリカは控え室通路から花道に出てきて、競技場の舞台上に上がった。一方のジェニファーは、すでに舞台上で腕組みして立っている。

 中規模の屋外競技場だが、観客は満員だ。現エンジェミアの聖女、フレデリカと、現エクセン王国の聖女である、ジェニファー・ドミトリーとの対決だ。

(ジェニファーはつい先日までは、エクセン王国の軍隊指揮官の役職につきながら、スコラ・シャルロに編入していたはずだわ。それがどうして……急に聖女になったのだろう?)

 ジェニファーがどういう経路で、急にエクセン王国の聖女になったのかは分からない。

「私の姉さんが負けたのことは、知ったこっちゃないわ」
 
 ジェニファーはクスクス笑いながら、フレデリカに言った。「姉さん」とは、先程、私と試合をした、ナターシャのことだ。

「私は、最近、ちょっとシャルロ王国に住んでいたけど、最近、エクセン王国に戻ったわ」

 ジェニファーは、試合前だというのに、対戦相手のフレデリカに向かってペラペラしゃべっている。

「で、皆が私に頼むものだから、仕方なく聖女を務めているの。軍隊指揮官という役職はそのままだけど、ま、色々あって──」
「黙れ、ジェニファー・ドミトリー」
「は?」
「今は、私は機嫌が悪い。黙れ」

 フレデリカはジェニファーをにらみつけながら言った。ジェニファーはちょっと、気圧(けお)されている。

「な、何よ、感じ悪いわね!」
 
 ドーン

 試合開始の太鼓(たいこ)が鳴らされた。

「じゃあ、3分程度で、勝たせてもらおうかしら。私の最強の魔法で」

 ジェニファーはゴルバルの杖を構え、唱えた。

「ダーク・ミロワール!」

 ジェニファーの頭上に出現したのは、大きな闇色(やみいろ)(うず)だった。

 直径5メートルの円形の(うず)だ。

(あの技は!)

 私は声を上げそうになった。私は、あの技を受けて、前世を見せつけられたのだ──。

 低音の不気味な音が、周囲に響いている。

「こざかしい」

 フレデリカがつぶやくと、ジェニファーは(ほお)をピクピクさせて、声を上げた。

「生意気なことばかり言って……! ミレイアと同じくらいムカつくわね! 二度と、ダーク・ミロワールから出られないようにしてやる!」

 ズゴゴゴゴ……。

 フレデリカは(やみ)(うず)に、ちょっとずつ、引き寄せられている。

「なるほど、なかなかの魔法の使い手だ」

 フレデリカは笑った。

「私が間違っていた。お前が、『多少は』強い、ということに気付かなかった。だから、私の力の片鱗(へんりん)を見せてやろう。特別サービスとして」

 フレデリカの頭上10メートルのところに、何か巨大な物体が当然現れた。

 それは──巨大な彫像(ちょうぞう)のようなものだった。

 その彫像(ちょうぞう)は、すさまじい(やみ)瘴気(しょうき)を発して、空に浮かんでいる。毒々しいまでに──。

「へ? 何よ、あれ?」

 ジェニファーはそう言って、目を丸くした。そして──私も驚いていた。

(……あれ、私……どこかで見たことがあるような……)