「アイスバーン・ドラゴネス!」

 私の放った氷の魔法が、舞台床を()い、ナターシャに襲い掛かる。

 そして、ナターシャの右足が……(こお)りついていた。

 ナターシャは目を丸くして、自分の(こお)りついた右足を見ていた。

「くっ!」
 
 ナターシャは動こうとする。しかし、足がもつれて、歩くことができない。

「なんで? 最強の防御をほこる、ナターシャ先輩が」
「足を(こお)らされちゃった!」
「ちょっと信じられない。あのナターシャ(ねえ)さんが」

 観客席にいるスコラ・エンジェミアの女生徒たちが、悲鳴を上げる。

「お前……あたしの弱点に、感づいたな」

 ナターシャが私をにらみつける。

 ──私は答えた。

「そうよ。あなたの上半身全体は、強固は『気』で(おお)われていて、どんな魔法でもはね返してしまう。きっとあなたは生まれもって、大量の『気』を放出できる性質なのね」

 そして続けた。

「だけど、両足のふくらはぎから下は、『気』に包まれていない。あなたは、足の防御がおろそかになっていた。だから、私の氷魔法が、あなたに効いたってわけ」
「……全身に『気』を張り巡らせていると、足までは『気』が届かないんだよな。昔から……」

 ナターシャは言った。

「だけど、もう、足に魔法をかけようとしても、ムダだ」

 ナターシャは片手を差し出した。

「プロンテ・スピューラ!」

 ナターシャの頭上──いや、左(なな)め上空に、もやができ始めた。すると、それが巨大な(つち)──ハンマーの形を形成し始めた。

 ハンマーの大きさは、馬車の荷台、4つ分くらいありそうだ。

(これは……)

 私は、上空の魔法の(つち)をにらんだ。

 ハンマーといったら、することは1つしかない。振り下ろしてなぐる。それだけだ。

 しかも、その巨大ハンマーは雷を帯びていた。

「くらえええっ! 雷の鉄槌(てっつい)!」

 ナターシャは叫んだ。

 ゴオオオオオオーッ

 浮かんだ巨大ハンマーは、空気を切り裂き、私の頭上に降り下ろされる。

(ここだ!)

 ドッゴオオオオオーン

 ものすごい音がした。魔法の巨大ハンマーが、舞台床にめり込んでいた。雷を帯び、バリバリと音を立てている。

「ミレイア、(つぶ)れたか? アッハッハ」

 ナターシャは笑い声をあげた。
 
 私は、すでにナターシャの後ろに回り込んでいた。あんなにスピードの遅いハンマーの挙動など、私だったら簡単に()けることができる。

 ガスッ

 私の放った一撃は、単なる手刀だった。

 ナターシャの首筋への、魔力を帯びた手刀。

「あ、が」

 ナターシャはそんな声をあげ、ぐらり、とよろめいた。

「な、なんで……。お前のひ、非力な手刀なんかで……」
「足にも気を行き渡らせていたから、上半身の防御が、手薄になっていたわね」

 私は言った。

「特に首筋……。人体の急所は、守らなくちゃ、ね、ナターシャ(ねえ)さん」
「あ、ううう……」

 ガクリ

 ナターシャは両膝(りょうひざ)をついた。

『ダウンカウント!』

 審判団の声が上がる。

『1……2……3……4……』
「ま、待てっつーの。そのダウンカウント……止めろ」

 ナターシャはあわてて、片膝(かたひざ)に手を掛けて、立ち上がろうとしている。

『5……6……』
「止めろって言ってんだろーが! クソボケェ!」

 ナターシャは声を上げる。まるで雄叫(おたけ)びだ。

 ナターシャは立ち上がり、私のほうを振り向いた。

 ドオオオッ

 観客は騒然している。

「ミレイア、立ったぞ。試合再開……だろ」

 ナターシャの目はうつろ、足はヨロヨロとしている。首筋の急所に、魔法の手刀をくらったのだ。不完全な魔法防御で、ダメージは軽減できなかったらしい。

「そうね、よく立ったわね。偉いわ」

 私はナターシャを()めた。これは本音だ。

「勝つのは私だけど」
「ぬかせや、こらああああっ!」

 ナターシャは(なぐ)りかかってきた。それは、魔力を込めた渾身(こんしん)の攻撃だ。(なぐ)る──ナターシャそのものといえる、攻撃だった。

 しかし、私はそれを()け──。

「天の(さば)き──! アストラペ・ライトニア!」

 バーン!

「ギャッ!」

 上空に雷を発生させ──、ナターシャの右腕に雷を直撃させた。彼女の利き腕だ。

 ナターシャは顔を真っ青にして、腕をおさえてよろける。

 ナターシャはさっきダウンしたとき、もう体に、「気」は包まれていなかったのだ。これが効かないはずはない。

「くくくっ」

 ナターシャは笑っている。ナターシャの腕は雷を帯び、1週間は使い物にならないだろう。

 (ひざ)に左手をついて、中腰になっている。

「はあはあ……」

 ナターシャの顔は真っ青だ。顔からは冷や汗がしたたり落ちている。

 私は黙って、ナターシャを見ていた。右腕はダラリと垂れ下がっている。

「右腕がしびれてるね……」

 ナターシャはつぶやく。

 舞台横の白魔法医師たちが、相談している。ドクターストップかどうかの相談だ。

 ナターシャはそれを見て、ため息をつくように言った。

「悪いけど」

 ナターシャは、カッと目を見開いた。

「あきらめるわけには、いかないんだよおおおっ!」

 タッ

 ナターシャは力を込めて飛び上がり──唱えた。

「ダイアモンド・スピューラ!」

 大きな美しく輝く(つち)──巨大ハンマーが、空中に現われた。ダイヤモンドのように光り輝いている。

 その魔法のハンマーの大きさは、馬車の荷台、6台分もある。さっきの「プロンテ・スピューラ」より1周り大きい。

 これが、ナターシャの最大最高の魔法か。美しい!

 ブオンッ

 私めがけて、魔法のハンマーが空中から振り下ろされる。しかし!

 ドガアアアッ

 私は素早く杖を振り、ナターシャの腹に、魔法の空気弾を撃ち込んでいた。

「うっ、ぐ」

 ナターシャは腹部に、私の魔法弾をまともに受け……。

 倒れ込んだ。そして魔法の巨大ハンマーも……。

 ガインッ

 舞台上に力なく落ち、かき消えてしまった。

「いかん! 試合を中止させろ。腹部に魔法をまともに受けたぞ!」

 白魔法医師たちが、舞台上に上がってきて、倒れているナターシャを診察した。
 
 すぐに審判団に向かって、手でバツの字を作る。

 ドーン ドーン ドーン

 試合終了の太鼓(たいこ)の音がした。

『7分20秒! ドクターストップ勝ちにより、ミレイア・ミレスタ選手の勝ちでございます!』

 ドオオオオッ

 観客が声を上げる。

「まさか! ナターシャがドクターストップ? えらいことになった!」
「ミレイアが勝った!」
「スコラ・エンジェミアの生徒が……負けた!」

 観客たちは騒然としている。

 私が舞台を降りようとしたとき、「ま、待て」という言葉がした。

 ナターシャだ。

 白魔法医師たちが、舞台上に上がって、彼女を診察(しんさつ)しようとしている。

 ナターシャは白魔法医師を、左手で振り払うような仕草をした。

「おい、ミレイア」

 ナターシャは言った。

「フレデリカを助けてやってくれよ」
「えっ?」

 私は思わず言った。ナターシャはフレデリカの相棒(あいぼう)、相談役みたいな関係だと聞いていたが……。

「あいつよー、最近おかしいからさ」
「さあ、黙って」

 白魔法医師が、ナターシャに治癒(ちゆ)魔法をかけだした。それでもナターシャは続けた。

「スコラ・エンジェミアは最近、変だよ。ピリピリしててよ。楽しい学校に戻したいよ」
「ナターシャ……」

 ナターシャは白魔法医師たちの診察(しんさつ)を受け、自分の足で舞台から降りた。彼女の後輩たちが、「(ねえ)さ~ん」「大丈夫ですか」と声を掛ける。

「心配すんな」

 ナターシャは先輩らしく、笑っている。

 ◇ ◇ ◇

 世界学生魔法競技会は、私とナターシャ・ドミトリーの試合──2回戦のAブロックの1試合目が終わった。

 そして今日はBブロックに、注目の試合がある。

 フレデリカと……。

 私の最も苦手な少女……。

 ジェニファー・ドミトリーの対決だった。