ここは勇者・聖女養成学校、スコラ・シャルロの訓練施設。

 私──ミレイア・ミレスタは、明後日(あさって)の重要な試合のことを考えていた。

 その試合とは、エンジェミア王国で行われる──

 ゾーヤ・ランディッシュ(スコラ・シャルロ2位 魔法使いコース) 
 VS 
 フレデリカ・レイリーン(スコラ・エンジェミア1位 聖女コース)注・現エンジェミア聖女 

 ──である。

 ◇ ◇ ◇

「おいっ、ゾーヤ! 本気でやるなよ! わかったな」

 練習用競技場で、ナギトが叫んだ。ナギトは、魔力がかけられた練習用防具に身を包んでいる。

「わーったから、かかってこい」

 ナギトの前に立っているのは、ゾーヤ・ランディッシュだ。

「よ、よーし。どりゃあああっ!」

 ナギトは魔力模擬刀(まりょくもぎとう)で、ゾーヤに襲い掛かった。

 するとゾーヤは杖を振りかざし──。

「ゾーヤ・エクスフランマ!」

 ボワアアアアッ

 杖から放たれた炎の(うず)が、ナギトに襲い掛かる。

「げええっ! あちちちち!」

 ナギトは前進を止め、逃げ出した。

 ゾーヤは後ろから、追い打ちをかけるように、火の魔法を放つ。

 あっ! ナギトのお尻に火がついた!

 魔導防具(まどうぼうぐ)のおかげで、たいした火傷(やけど)はないだろうが、かなりの火の勢いだった。

 ゾーヤは声を上げた。

「焼肉にならなかっただけでも、ありがたいと思え」
「てめー! 本気でやるなって言っただろうが!」

 ナギトは泣き声を出して、わめいている。

「ナギト! お尻をこっちに向けて」

 私はナギトのお尻に、火傷(やけど)用の治癒(ちゆ)魔法をかけてあげた。

「これじゃ効き目が分からないから、ズボン脱いでね」

 私が言うと、ナギトは顔を真っ赤にした。

「おいバカ! 恥ずかしいだろ!」
「そう、残念ね。まあ、冗談(じょうだん)なんだけど」

 私はふき出しそうになりながら、言った。もちろん治癒魔法は、ズボンの上からでも効果はある。

「それにしても、だ」

 ゾーヤは杖を宙にしまいながらつぶやいた。

「フレデリカはどうして、エンジェミアの聖女になれたんだ? スコラ・エンジェミアのランキング1位になれたんだ?」
「単純に、実力があるからじゃねーのか」

 ナギトはつぶやいたが、横で練習を見ていたランベールが言った。

「いや、フレデリカは、昨年──つまりスコラ・エンジェミアの1年生のとき、一切、魔法競技会に出場していない」

 ランベールは続けた。

「試合映像も、まったく残されていない。どんな試合をするのか、まったく分からないんだ」

 そう──。フレデリカがどんな能力をもち、どんな戦い方をするのか、私もゾーヤも、ナギト、ランベールも知らなかった。

「くそ! 何かイライラする。あのフレデリカってヤツのことを考えると」

 ガスッ

 ゾーヤはいつになく不安気で、訓練所横の練習用人形に蹴りを入れた。

 私は、7歳のフレデリカが、いじめっ子の手首の骨に、魔法でひびを入れたことを思い出していた。

 私は、彼女の生まれ持った攻撃的な性格に、少しゾッとした。

 その時──。

『2年B組のミレイア・ミレスタさん、ゾーヤ・ランディッシュさん。至急、校長室まで来てください。お客様がお待ちです。()り返します。2年B組の──』

 訓練施設内に放送がかかった。
 
 私とゾーヤは、顔を見合わせた。お客様って、誰だろう?

 ◇ ◇ ◇

 私とゾーヤは急いで職員室奥の、校長室に行った。ソファーにはマデリーン校長と、見覚えのある、小柄なかわいらしい少女が座っていた。

 美しい、清楚(せいそ)な白い制服を着ている。

「こんにちは。お久しぶりです、ミレイアさん、ゾーヤさん」

 少女は私とゾーヤに、つつましく笑顔を見せて言った。

「ジョゼット!」

 私は声を上げた。

 この少女は、オーマシェリで会った、スコラ・エンジェミア所属のジョゼット・マレーカだった。確か、今は13歳だが、15歳から入学可能のスコラ・エンジェミアに、飛び級で入った天才少女だ。

(確か、告白されたんだっけ……。私のファンだって)

 私が赤面していると、マデリーン校長が、「2人とも、ソファにお座りなさい」と言った。

「この魔導鏡(まどうきょう)を見てごらんなさい。スコラ・エンジェミアでの訓練の様子を見ることができるわ。ジョゼットが映像記録を、持ってきてくれたの」

 私たちは眉をひそめて、ソファ左手に置いてある、魔導鏡(まどうきょう)(魔法の力で、記録した映像などを見ることができる魔道具)を見た。

(これは……本当に、スコラ・エンジェミアの映像だわ!)

 魔導鏡(まどうきょう)には、スコラ・エンジェミアの訓練施設の、訓練風景が映し出されている。この前、スコラ・エンジェミアに行ったとき、訓練施設を少し見学できたが、同じ風景だ。水分補給するための魔導(まどう)冷蔵庫が5つ並び、練習用舞台も3つ設置されている。

 スコラ・シャルロとは比べ物にならないくらい、豪華な設備だ。

(おや? フレデリカだ)

 フレデリカが、下級生を指導している様子が、映し出されている。

(ん?)
 
 様子が変だ。

 バシイッ

「えっ!」

 私は思わず声を上げた。フレデリカが、下級生の女子を、杖で殴りつけた!

 パシンッ

 次に、今度は倒れている女生徒を、平手で叩いた!

「お、おいおい……やばいって」

 ゾーヤがあわてて声を上げた。

「どうなってんだよ。暴力じゃないか」
「これが、スコラ・エンジェミアの日常の訓練風景です」

 ジョゼットは説明したが、その顔は悲痛に満ちていた。

「えええ?」
 
 私とゾーヤは顔を見合わせた。

 い、一体、世界最高の聖女養成学校──スコラ・エンジェミアで、何が起こっているんだろう?