スコラ・エンジェミアの午後──。

 エンジェミア王国は、世界の中心である。王国直属の学校──スコラ・エンジェミアは世界最高の聖女養成学校として有名だ。

 学校の敷地内(しきちない)には競技用スタジアム3つ、訓練施設6つを(よう)する。女子だけの学校でもある。

 その1年B組の聖女養成訓練施設では──。

「あっ、来たわ!」
「ちゃんと訓練しているところを見せないと」
「お化粧はちゃんとできてる? 見て!」

 訓練施設にいた1年B組の生徒たちは、あわてだした。

 訓練施設に、フレデリカ・レイリーンが入ってきたからである。フレデリカについてきたのは、ナターシャ・ドミトリーだった。

「訓練を続けよ!」

 フレデリカは杖を持ちつつ、声を上げた。

「術、魔法の訓練をおこたっている者は、即刻(そっこく)、退学させる!」

 生徒1人1を完全に管理し、成績や能力を数値化する──それを()し進めたのが、若干17歳、スコラ・エンジェミアの生徒、フレデリカだ。

「聖女の職務の前に、視察にきた。1年B組の調子はどうだ」

 フレデリカは、スーツ姿の若い男性教師に言った。

「はっ、フレデリカ様」

 エンジェミアの若い男性教師、ロックグレイは、生徒のフレデリカに丁寧(ていねい)にお辞儀をした。

「生徒たちは毎日、魔法の訓練をおこたりません。しかし、これ以上、厳しい訓練をさせますと、怪我をする生徒も出てくると思われます。疲労(ひろう)して体調を壊している生徒も、すでに出ています」
「ダメだ。もっともっと厳しくしろ!」

 フレデリカは教師に対して、怒鳴った。

「スコラ・エンジェミアが世界最高の聖女養成学校であることを、世界に知らしめるのだ! それを永遠に維持(いじ)しろ。手抜きは絶対にゆるされない!」
「は、はい!」

 教師ロックグレイは、またしても頭を下げた。

 フレデリカは生徒の最高指導者なのだ。50名のエンジェミアの教師たちは、ほとんど彼女のサポート役でしかない。

 彼女はエンジェミア王国の聖女である。また、王族と親戚関係にある大貴族、レイリーン家の長女でもある。それこそが、彼女──フレデリカが地位、権力を持っている理由だった。

「でりゃああっ!」
「いくわよ!」

 訓練施設内に、15、16歳の聖女候補たちの声が響く。

 屋内競技場では、1年生のセラフィー・アルネータと、ララン・チェイナックの練習試合が行われていた。2人は1年生のホープで、1年生限定の魔法競技会で優勝経験もある。

 ビシャッ

「キャアッ」

 そのときだ。セラフィーの雷魔法が、ラランの左腕に直撃した。ラランの腕が(しび)れ、痙攣(けいれん)している。訓練試合は防具をつけて行う。しかし、ちょうど防具と防具のつなぎ目の部分──素肌に雷魔法が落ち、ラランは負傷した。

「ごめん、ララン! 大丈夫?」

 セラフィーは心配そうな表情で、ラランのそばに駆け寄った。二人は親友だった。

「何をしている!」

 それを見ていたフレデリカは、セラフィーを怒鳴りつけた。

「もっと容赦(ようしゃ)なく攻撃を続けろ! 訓練試合は戦争だ」
「え、でも……ラランは怪我をしています。早く救護室につれていかないと……」

 セラフィーは抗弁(こうべん)した。フレデリカは杖を持ち、舞台上にツカツカと上がった。

 ガツン!
 
 恐ろしいことに、フレデリカは杖でセラフィーの肩を、思い切り殴りつけた。

「ギャッ!」

 セラフィーは肩をおさえて、声を上げる。

「バカが! 魔族との大戦争の日が近づいてきている。スコラ・エンジェミアが若者の頂点に立つのだ。甘い考えは捨てろ! 相手を容赦(ようしゃ)なく叩き(つぶ)せ!」
「や、やめてください、フレデリカ様」
 
 ラランは負傷した腕をおさえながら言った。

「私の防御が甘かったんです。セラフィーを責めるのはやめてください」
「そうか。ララン、お前のせいか」

 バシイッ

 フレデリカは平手で、ラランの(ほお)を思いきり叩いた。

「二度と口答えするんじゃない! 私がやれと言ったらやれ。(さか)らうと退学させるぞ」

 野次馬ができていた。生徒たちはおびえた表情で、フレデリカを見ている。その中にはジョゼットもいた。不安そうな顔だ……。

「やりすぎじゃない? フレデリカさぁ」

 ナターシャがフレデリカに言った。

「きびしい訓練は大事だけど、あんた、生徒に(うら)まれるよ」
「ふん……(うら)まれる?」

 フレデリカはニヤリと笑った。

「私は父親から地獄を見せられて、生きてきたんだ。(うら)まれるなんて、たいしたことじゃない。名実ともに、スコラ・エンジェミアが最高の聖女養成学校だということを、証明したいだけだ」
「おっそろしいねえ、あんた」

 ナターシャは(あき)れたように言った。

「フレデリカお嬢様! 大変です」

 その時、マンフレッド教頭が訓練施設に入ってきた。
 
 フレデリカは顔を真っ赤にした。

「お、お嬢様はやめろ、と言っただろう!」
「し、失礼しました」

 マンフレッド教頭は、レイリーン家の元執事(しつじ)である。フレデリカの(おさな)いときからの教育係だった。

「聖女王ベアトリシア様が、フレデリカ様に直々(じきじき)にお会いしたいと、通達が来ました!」
「何!」

 フレデリカが声を上げると、ナターシャも目を丸くした。

「きょ、教頭! ほ、本当なのか? それ」

 聖女王は絶対的な存在。各国の王どころか、エンジェミア王でさえ、めったに会うことはゆるされない。彼女に会えるのは、彼女につかえる使用人や世話係くらいだ。

 聖女王──すべての聖女、いや、すべての人間の頂点である。

 しかし、その聖女王が、フレデリカに会うというのだ。

(まさか……次期聖女王候補に選ばれたのか?)

 フレデリカは自分の体が熱くなるのを感じた。

 自分の夢がかなう……。

 世界を支配する夢が、実現するのだ!