私は元聖女ミレイア。エクセン王国から旅立つため、飛空艇(ひくうてい)の飛行場に来た。飛行場には巨大な魔物──ポイズンモンキーがうろついており、飛空艇《ひくうてい》は飛ぶことができない。

「あらぁ? 見たようなマヌケ(づら)ね?」

 その時、私の後ろから現れたのは、ジェニファーと彼女が率いるエクセン兵士だった。エクセン兵士の副隊長、エリオット・ゴーバスもいる。

「私の指示で、彼らエクセン兵士は働いてくれるわ!」

 ジェニファーは、私に向かって叫んだ。

「今日が初陣(ういじん)ってわけ。見ていなさい、ミレイア。あなたの古くさい結界が、もう必要ないってことを分からせてあげるわ。まず、ジョージ・リッカーソン! 突撃!」
「はっ! おい、お前!」

 リッカーソンという兵士は、私に向かって叫んだ。

「聖女だったお前のせいで、今まで我々、エクセン兵士の活躍の場がなかったのだぞ!」
「……それは申し訳ありませんでした。しかし、悪いことは言いません。ポイズンモンキー退治は、私にまかせて、あなた方は城へお帰りください」

 私が忠告すると、リッカーソンはギャハハと笑いだした。

「何を言う、この小娘が! 『ポイズンモンキー退治は、私にかませて』だと? お前のような細っこい小娘に、何ができる!」
「命を無駄にしてはなりません」
「どこまで、思い上がりのはげしい娘だ、この元聖女! 見てろ!」

 ジェニファーの従えていた兵士の一人──ジョージ・リッカーソンが、ポイズンモンキーに向かっていった。

 しかし……。

 ゲシッ

 ポイズンモンキーは、いとも簡単に、リッカーソンを右パンチではね飛ばした。

「へっ?」

 ジェニファーは、口をあんぐり開けている。

 飛空艇(ひくうてい)の係員、お客たちも、あぜんとしていた。

「仕方ありませんね」

 私はゆっくり、ポイズンモンキーの前に歩いていった。

 ポイズンモンキーは、ギロリと私をにらみつける。

 ビュッ

 ポイズンモンキーは、声を上げ、私に右拳を放った! 恐らくこの拳は、大岩をも(くだ)くだろう。

 しかし!

 ピタアッ

 私は、指一本でその右拳を止めた。

「ギッ?」

 ポイズンモンキーは、驚いたような声を上げる。

「うおおっ……」

 周囲の飛空艇(ひくうてい)のお客たちが、声を上げる。

「あ、あの子、ゆ、指一本で、魔物の攻撃を止めちまったぜ」
「どうなってんだ?」

 私は、魔力の力で、ポイズンモンキーの攻撃を防いだのだ。そして私は唱えた。

「グラビティ・ネブリナ!」

 私が唱えると同時に、ポイズンモンキーは、苦しそうな顔で私を見た。グラビティ・ネブリナは、「重力の霧」だ。聖女は、魔法で重力をも(あやつ)ることができる!

「ウギギッ……」
 
 ポイズンモンキーの体から……ミシミシと音が響いた。

 私は、重力の操作で、ポイズンモンキーを押し潰しているのだ。

 ミシミシミシッ

「キエーッ」

 すると、ポイズンモンキーは横っ飛びし、私の重力操作から抜け出したのだ。

(さすが、野生の魔物ね)

「キェアアアッ」

 ポイズンモンキーは、雄叫(おたけ)びを上げながら、鋭い爪のある右手を、上から振り下ろしてきた!

 あの爪には、毒があるはずだ!

 シュッ
 
 私は間一髪(かんいっぱつ)、ポイズンモンキーの右手を()ける。

(ふうっ、当たっていたら、体に毒が入り込んでしまうわね……っと)

 グググググ……

 今度は──ポイズンモンキーが、左腕を高く(かか)げている。

(この攻撃は!)

 全力の振り下ろし攻撃をしてくる!

 この攻撃を()らえば、全身が(くだ)かれてしまうはずだ!

 ビュオッ

 来た──しかし!

(ここだ!)
 
 私はその(すき)を見逃さない!

「天の(さば)き──! アストラペ・ライトニア!」

 私が唱えると、天から(すさ)まじい速さで雷が落ち──。

 ポイズンモンキーの体に直撃した!

「ギエエエエッ」

 ポイズンモンキーは焼け焦げ……そのまま、地面に倒れ込んだ。

 バシュンッ

 ポイズンモンキーは、地面に倒れ込むと同時に、そのまま小さい宝石に変化してしまった。魔物は宝石から生まれる。魔物を倒すと、宝石に戻ってしまうのだ……。

「これにて、討伐(とうばつ)完了! 魔物の魂よ、霊の世界に帰りなさい!」

 私は、ポイズンモンキー退治に成功した。

「うおおおおおっ」

 お客たちは、歓声を上げた。

「す、すげえええええっ!」
「な、なんだ? あの子?」
「魔物を倒しちまったぜ!」

 バシッ

 ジェニファーは、手に持った魔法の杖を地面に叩きつけた。

「チキショー!」

 ジェニファーは叫んだ。

「ど、どうなってんのよ、これっ! ねえ!」
「は、はい」

 ジェニファーが、エクセン兵士の副隊長ゴーバスの胸ぐらをつかんでいる。

「ミレイアが魔物を倒しちゃったじゃないの! 何やってんの、あんたたち!」
「も、申し訳ございません。あんな巨大な魔物に、なかなか(かな)いませんよ」
「バカ! 死んでも突撃するのが兵士じゃないの!」
「そんな無茶言われましても……怖いし」

 そんな言い合いをしている中、係員が、私の前に駆け寄ってきた。

「すごい! い、一体、あなた様はどなたです?」
「私? 名乗るほどの者ではありません。単なる旅人です」
「あ、そ、そうなんですか? で、でも助かりました。これで、飛空艇(ひくうてい)を離陸させることができますよっ!」
「ああ、良かったわ」

 私がホッとしながら言うと、それを聞いていた客たちが、歓声を上げた。

「姉ちゃん、すごいぞ!」
「かっこいいー!」
「あんたのおかげで、旅ができるぞ!」

 係員は私に、「あなた様は無料で、飛空艇(ひくうてい)に乗っていただきます!」と笑顔で言った。

 ジェニファーは舌打ちして兵士たちに、「帰るわよ!」と叫んだ。

「ミレイア!」

 帰り際、ジェニファーは私に向かって怒鳴った。

「この借りは、必ず返す! 覚えてなさいよ。あームカつく!」

 私が言葉を探している時、ジェニファーと兵士たち3人は、逃げ去っていった。