イージャ歴2023年、11月23日。

 私は全国学生魔法競技会の1回戦に出場するため、エクセン王国のアンドリクスという町に向かった。まあまあ(さか)えている。

 その町の、あまり大きくないタルム競技場で、1回戦がひっそりと行われる。

(ついにこの日が来たわね──)

 私は控え室で、集中した。

(トーナメントBブロックのフレデリカと戦うまで──つまり、決勝に勝ち上がらなくては)

 私は競技場に入り、舞台に上がった。トーナメント1回戦だからなのか、観客はまばらだった。100人程度だろう。この1回戦の対戦場所は、占いで決定したそうだ。

 決勝はエンジェミアで大々的に行われるはずだ。

「ミレイア! 集中しろ!」

 舞台の外で、ナギトが叫んでいる。ナギトは助言者(アドバイザー)の役を買って出てくれた。ゾーヤは、観客席で観てくれている。

「相手はスコラ・エクセン所属だからな」

 ナギトは続けて叫んだ。

「相手のカロリーヌは、ジェニファーと仲が深いらしい。しかもここはエクセンだぞ、相手の応援も多いだろうぜ。気を付けろ!」

 相手のカロリーヌ・ランジェマルケは、もうすでに競技場の上に立っていた。彼女はスコラ・エクセンの1年生だ。

 私をにらみつけている。

「あのさー」

 カロリーヌは舞台上で、私をにらみつけて言った。長い髪をパーマにしている。着ているローブは着崩している。

「ミレイアさん、ジェニファー先輩に、まぐれで勝ったんだっけぇ?」
「あれはまぐれではないわ」

 私は言い返した。

「ジェニファーは強かったけど。あなた、ジェニファーとどういう仲?」
「あたしはジェニファー先輩の弟子だよ。男でいったら舎弟《しゃてい》ってヤツ」

 カロリーヌは両手首を、クルクル回している。手首をほぐしているのだ。

「ミレイアさんって、エクセンから追い出されたらしいじゃん? どういう理由か知らないけどさ」

 すると、舞台外にいるカロリーヌの助言者(アドバイザー)たち3名が、クスクス笑った。彼女たちは、スコラ・エクセンの制服を着ている。

「ミレイア、ださっ」
「追い出されたって……ぷぷっ……」
「よっぽど、皆から嫌われてたんだね」

 カロリーヌの助言者(アドバイザー)たちはケラケラ笑っている。

 カロリーヌは宙から杖を取り出した。

「あたしはジェニファー先輩から、100万ルピーもらってんだよ。負けらんないね」
「お金で(あやつ)られているのね」
「はあ? うるっせえんだよ! マジで(つぶ)すぞ!」

 カロリーヌは、杖を振りかざした。

「ライトニング・カロリーヌ……」

 彼女がそう唱えたとき、私は「瞬間移動」を発動した。カロリーヌの(ふところ)に飛び込んだ。

「何!」

 カロリーヌは叫ぶ。

 私はカロリーヌの杖を左手で受け止め──。右手を彼女の腹に押し当てた。

 ドッパァ

 私は初歩魔法の「空圧砲(くうあつほう)」を発動していた。魔法で作り上げた、空気圧の球だ。たいした魔法ではない。
 
 しかし、空圧砲(くうあつほう)は、彼女の腹に完全に入ってしまっていた。

「ゲ、ホ」

 カロリーヌは()き込み、目を丸くした。私はすぐに後方にジャンプし、カロリーヌから距離を取った。

「う、そ……だ、ろ」

 ガクリ

 カロリーヌは舞台に、両膝(りょうひざ)をついた。

「もうおしまい? あっけないわね」

 私は言った。

「あ、あはははっ」

 カロリーヌの顔は真っ青だ。しかし、ひきつりながらも笑っている。

「こんなんで……終わるわけないじゃん……」

 カロリーヌは上体を起こした。

「だあああああっ!」

 彼女は立ち上がり、私に向かって猛然(もうぜん)と走り込んできた。

「くらえっ! フレイマルボールズ!」

 私に向かい、火の球の魔法を放ってきた!

 ここだ!

「ハアアッ」

 私は、火属性の衝撃波(しょうげきは)を放った。これも、「気」の(かたまり)のようなものだ。

 ボンッ

 私の目の前で、カロリーヌの魔法──火の球はかき消えた。「空圧砲」と似ているが、火の魔力が多めに込められえているため、魔法を相殺(そうさい)できる。

「あ、が! そ、そんな……」

 カロリーヌは走り込んでくるのをやめ、その場にとどまった。

 私は、カロリーヌに杖を突きつける。

「グラビティ・ネブリナ!」
「う、うがっ!」

 カロリーヌは片膝(かたひざ)をついた。カロリーヌの頭上で、重力を発生させたのだ。巨大な鉄の(かたまり)が、体にのしかかってくるように感じていることだろう。

 ギシギシギシ

 彼女の骨がきしむ音だ。

 カロリーヌはまたしても、両膝(りょうひざ)をついた。顔が真っ青を通り越して、白くなった。

 ギシッギシッギシッ

 カロリーヌの背骨がきしむ。私は、魔法の威力を、彼女が骨折する寸前でコントロールしている。

 どこまで耐えられるかしら?

「う、ううううう!」

 カロリーヌはようやく声を上げた。

「ま、まいった! まいったああああ~!」

 ふう……。私は魔法の放出を止めた。

 観客はざわついていたが、すぐに白魔法医師たちが、リング上に駆けつけた。

 カロリーヌは、両膝(りょうひざ)をついたまま、青ざめて天を(あお)いでいる。

 白魔法医師たちは、カロリーヌの顔色を確認すると、審判団に向かって両手でバツの字を作った。

 すると、魔導拡声器(まどうかくせいき)で放送がかかった。
 
『ご、58秒! スコラ・シャルロ所属、ミレイア・ミレスタの勝利でございます!』

 観客はざわついた。

「も、もう勝負ついたのか? あのミレイアって子、強いな。何者だ?」
「確かこの国の元聖女だったらしいよ」
「え、マジ? 知らなかったな。2回戦要チェックじゃね?」

 さんざん私に暴言を吐いていたカロリーヌは、タンカに乗せられて運ばれていった。

 私を笑った助言者(アドバイザー)の3名も、あわててカロリーヌについていった。

 私がホッと息をついて、舞台から降りたつかの間──。

「どきな」

 舞台を降りた私の横を、1人の少女が通り過ぎた。彼女は振り返った。身長は……おそらく約180センチある。長い銀髪、()せ型の長身、小麦色の肌──まるで雑誌のモデルだ。

「ミレイア・ミレスタ、だよね。あんた」

 私はピクリと彼女を見た。そうか、この子が……!

「あたしはナターシャ・ドミトリー。これから試合だよ」

 この子か、ジェニファーの姉は! ジェニファーはそれほど身長は高くないが、姉は高身長なのか。

 そういえば1回戦の第2試合は、同日、ここ、タルム競技場で行うと聞いていた。

 ナターシャの厚めの(くちびる)から、言葉が放たれる。

「何見てんの? あ、身長? 父親がジェニファーと違うから」
「へえ、そう」

 私は興味無さそうに言った、分かっていた。ナターシャ・ドミトリーのそばに立っているだけで感じる圧力、魔力の大きさ、スケール感。私はビリビリと感じていた。

 ナターシャ・ドミトリー。ジェニファー・ドミトリーの姉! おそらく、ジェニファーの何十倍も強いだろう!

 しかも、スコラ・エクセン所属ではなく、スコラ・エンジェミア所属だ……。

「見ておきな」

 ナターシャは言った。

「あたしの戦い方」

 私は控え室に戻るのをやめ、空いている観客席に座った。

 ナターシャの戦い──見たい──と思った。