ここは世界最高の聖女養成学校である、スコラ・エンジェミア。
私──ミレイア・ミレスタは、その学校の生徒の頂点であり、エンジェミア王国の聖女でもあり、私の旧友でもあるフレデリカと座布団を敷いて座っている。
「お邪魔します」
そのとき、部屋のドアがノックされ、マデリーン校長が入ってきた。スコラ・エンジェミアのマンフレッド教頭も一緒だ。
「ソファに座ってください」
フレデリカは立って、広い部屋の向こうのソファを指差した。
私もソファに座り、マデリーン校長も私の隣に座った。私たちの正面には、フレデリカが座っている。
「スコラ・エンジェミアの見学は終わったわ」
マデリーン校長は言った。
「まったく、大変なお金のかけかたね、この学校は。学校内に水族館があり、プールが3つ、訓練施設6つ、スタジアムが3つもあるなんて……。維持費がいくらかかっているのかしら」
マデリーン校長は、ハンカチで額の汗をぬぐった。マンフレッド教頭は、フレデリカの後ろに、静かに立っている。
「なぜ、私とマデリーン校長を、ここに呼んでくれたの?」
私がフレデリカに聞くと、彼女は答えた。
「『元』聖女協会の副会長、マデリーン氏に、重要な話があるからだ」
「……『元』? 何を言っているのかしら。私は聖女協会の副会長を、やめた覚えはないけれど」
マデリーン校長は首を傾げているが、フレデリカは言った。
「今日、私は聖女協会の副会長に任命された」
「何ですって?」
「残念ながら、マデリーン校長。あなたは昨日まで、聖女協会の副会長でした。しかし今日、その役職を降ろされました」
フレデリカの言葉に、マデリーン校長の表情がゆがんだ。私は場の不穏な空気を感じとった。
私は、その聖女協会なる組織のことがよく分からない。
マデリーン校長が、その組織の副会長だった、ということも初めて知った。
だが、その聖女協会とは、恐らく全世界の聖女をまとめる上で、重要な組織なのだろう、と想像する。
「何を言っているの? 冗談もほどほどにね」
マデリーン校長は、フレデリカを鋭い目で見る。今まで見たこともない、鋭い眼光だ。
「では、これを」
すると、フレデリカは、一通の手紙をマデリーン校長に見せた。
◇ ◇ ◇
『フレデリカ・レイリーン殿へ
本日より、聖女協会の副会長は、貴殿に任命する。
(注・スコラ・シャルロ校長のマデリーン氏は解任となった)
聖女協会会長 ドーラ・マドルビ』
「なっ……」
マデリーン校長は顔が真っ青だ。
「私は何も聞いていないわよ!」
「後日、マデリーン先生の手元に、あなたが解任された通知がくるはずですよ。お確かめください」
フレデリカは薄く笑いながら言った。
私はフレデリカとマデリーン校長を見て、はらはらしていた。いつケンカになるのか、と恐ろしくなった。
「マデリーン先生、フレデリカ様の言っていることは本当ですよ」
マンフレッド教頭は言った。
「……事態がのみ込めないわ……」
マデリーン校長は、膝がしらをギリリと握り、マンフレッド教頭を見た。マンフレッド教頭は、ウソをついているようには見えなかった。
マデリーン校長は、少し息をつき、努めて冷静に言った。
「……なるほど。私の知らない、聖女協会の様々な思惑があるようね」
フレデリカは何も答えない。私は、フレデリカが聖女協会という組織に対して、「力」を持っているのだ、と考えた。でも──いくらエンジェミアの聖女といっても、17歳の少女が、大きい組織で「力」を持てるものなのだろうか。
「フレデリカ、なぜあなたが副会長になったの?」
マデリーン校長は聞いた。
「理由はあるのかしら」
「数年後──この世は魔物に制圧される……そのような予見が立っています。ご存知でしょう?」
フレデリカが平然とそんなことを言ったので、私は思わず声を上げた。
「噂でしょ、そんなの! 魔王はかなり昔に封印されているはず。魔物は出現するけど、そこまで……」
「政府の最高機関の占い師たちが、『人間と魔物の大戦争』を予言しています。それはおよそ約3年後……」
「占い師? 3年後? バカバカしい!」
マデリーン校長は、パシッと机を叩きながら言った。
「確かに、人間と魔物との戦争が起こるとは、昔から言われていること。しかし、まさか3年後に『大戦争』にまで発展するとは、今の時点では考えられないわ」
「昨日、入ってきた情報です。聖女協会の副会長の私には、そのような情報が入ってきました」
暗に、「マデリーン校長、あなたには情報は入ってこない」と言っているようだった。
「分かったわ」
マデリーン校長はジロリとフレデリカを見やり、言った。
「それで、フレデリカさん。3年後に大戦争が起こるとして、この世はその後、どうなるの?」
「聖女候補、勇者候補、魔法使い候補……その他の若者たち……つまり学生たちが魔物討伐に駆り出されるはず」
「……確かに、魔物との戦争になったら、学生が動員される可能性は高いわね。あくまで可能性だけど。で、その陰謀論めいた予言が、あなたに副会長に任命された理由だっていうの? 面白いわね!」
マデリーン校長は、フレデリカをにらんだ。17歳の少女の言葉を、一切信じていないようだった。
一方の私は、答えが出せなかった。
「本題はここからですよ、マデリーン先生」
フレデリカは笑い、一気にこう言った。
「来年、すべての勇者・聖女養成学校は、スコラ・エンジェミアの監視下、監督下におかれます。スコラ・シャルロも例外ではありません」
「……どういう意味かしら」
マデリーン校長はもう身動きすらしなかった。ただ、フレデリカを見つめていた。
フレデリカは、「フフッ」と笑った。
「来年から、あなたたちのスコラ・シャルロはなくなります」
「えっ?」
私は耳をうたがったが、フレデリカは続けた。
「スコラ・シャルロの生徒は、我がスコラ・エンジェミアの生徒になる。全員、漏れなく。そう申し上げているのです」
意味が分からない。しかし──。私は、フレデリカが何か、とんでもないことを言っている、と分かっていた。
私──ミレイア・ミレスタは、その学校の生徒の頂点であり、エンジェミア王国の聖女でもあり、私の旧友でもあるフレデリカと座布団を敷いて座っている。
「お邪魔します」
そのとき、部屋のドアがノックされ、マデリーン校長が入ってきた。スコラ・エンジェミアのマンフレッド教頭も一緒だ。
「ソファに座ってください」
フレデリカは立って、広い部屋の向こうのソファを指差した。
私もソファに座り、マデリーン校長も私の隣に座った。私たちの正面には、フレデリカが座っている。
「スコラ・エンジェミアの見学は終わったわ」
マデリーン校長は言った。
「まったく、大変なお金のかけかたね、この学校は。学校内に水族館があり、プールが3つ、訓練施設6つ、スタジアムが3つもあるなんて……。維持費がいくらかかっているのかしら」
マデリーン校長は、ハンカチで額の汗をぬぐった。マンフレッド教頭は、フレデリカの後ろに、静かに立っている。
「なぜ、私とマデリーン校長を、ここに呼んでくれたの?」
私がフレデリカに聞くと、彼女は答えた。
「『元』聖女協会の副会長、マデリーン氏に、重要な話があるからだ」
「……『元』? 何を言っているのかしら。私は聖女協会の副会長を、やめた覚えはないけれど」
マデリーン校長は首を傾げているが、フレデリカは言った。
「今日、私は聖女協会の副会長に任命された」
「何ですって?」
「残念ながら、マデリーン校長。あなたは昨日まで、聖女協会の副会長でした。しかし今日、その役職を降ろされました」
フレデリカの言葉に、マデリーン校長の表情がゆがんだ。私は場の不穏な空気を感じとった。
私は、その聖女協会なる組織のことがよく分からない。
マデリーン校長が、その組織の副会長だった、ということも初めて知った。
だが、その聖女協会とは、恐らく全世界の聖女をまとめる上で、重要な組織なのだろう、と想像する。
「何を言っているの? 冗談もほどほどにね」
マデリーン校長は、フレデリカを鋭い目で見る。今まで見たこともない、鋭い眼光だ。
「では、これを」
すると、フレデリカは、一通の手紙をマデリーン校長に見せた。
◇ ◇ ◇
『フレデリカ・レイリーン殿へ
本日より、聖女協会の副会長は、貴殿に任命する。
(注・スコラ・シャルロ校長のマデリーン氏は解任となった)
聖女協会会長 ドーラ・マドルビ』
「なっ……」
マデリーン校長は顔が真っ青だ。
「私は何も聞いていないわよ!」
「後日、マデリーン先生の手元に、あなたが解任された通知がくるはずですよ。お確かめください」
フレデリカは薄く笑いながら言った。
私はフレデリカとマデリーン校長を見て、はらはらしていた。いつケンカになるのか、と恐ろしくなった。
「マデリーン先生、フレデリカ様の言っていることは本当ですよ」
マンフレッド教頭は言った。
「……事態がのみ込めないわ……」
マデリーン校長は、膝がしらをギリリと握り、マンフレッド教頭を見た。マンフレッド教頭は、ウソをついているようには見えなかった。
マデリーン校長は、少し息をつき、努めて冷静に言った。
「……なるほど。私の知らない、聖女協会の様々な思惑があるようね」
フレデリカは何も答えない。私は、フレデリカが聖女協会という組織に対して、「力」を持っているのだ、と考えた。でも──いくらエンジェミアの聖女といっても、17歳の少女が、大きい組織で「力」を持てるものなのだろうか。
「フレデリカ、なぜあなたが副会長になったの?」
マデリーン校長は聞いた。
「理由はあるのかしら」
「数年後──この世は魔物に制圧される……そのような予見が立っています。ご存知でしょう?」
フレデリカが平然とそんなことを言ったので、私は思わず声を上げた。
「噂でしょ、そんなの! 魔王はかなり昔に封印されているはず。魔物は出現するけど、そこまで……」
「政府の最高機関の占い師たちが、『人間と魔物の大戦争』を予言しています。それはおよそ約3年後……」
「占い師? 3年後? バカバカしい!」
マデリーン校長は、パシッと机を叩きながら言った。
「確かに、人間と魔物との戦争が起こるとは、昔から言われていること。しかし、まさか3年後に『大戦争』にまで発展するとは、今の時点では考えられないわ」
「昨日、入ってきた情報です。聖女協会の副会長の私には、そのような情報が入ってきました」
暗に、「マデリーン校長、あなたには情報は入ってこない」と言っているようだった。
「分かったわ」
マデリーン校長はジロリとフレデリカを見やり、言った。
「それで、フレデリカさん。3年後に大戦争が起こるとして、この世はその後、どうなるの?」
「聖女候補、勇者候補、魔法使い候補……その他の若者たち……つまり学生たちが魔物討伐に駆り出されるはず」
「……確かに、魔物との戦争になったら、学生が動員される可能性は高いわね。あくまで可能性だけど。で、その陰謀論めいた予言が、あなたに副会長に任命された理由だっていうの? 面白いわね!」
マデリーン校長は、フレデリカをにらんだ。17歳の少女の言葉を、一切信じていないようだった。
一方の私は、答えが出せなかった。
「本題はここからですよ、マデリーン先生」
フレデリカは笑い、一気にこう言った。
「来年、すべての勇者・聖女養成学校は、スコラ・エンジェミアの監視下、監督下におかれます。スコラ・シャルロも例外ではありません」
「……どういう意味かしら」
マデリーン校長はもう身動きすらしなかった。ただ、フレデリカを見つめていた。
フレデリカは、「フフッ」と笑った。
「来年から、あなたたちのスコラ・シャルロはなくなります」
「えっ?」
私は耳をうたがったが、フレデリカは続けた。
「スコラ・シャルロの生徒は、我がスコラ・エンジェミアの生徒になる。全員、漏れなく。そう申し上げているのです」
意味が分からない。しかし──。私は、フレデリカが何か、とんでもないことを言っている、と分かっていた。