ミレイアは保養地オーマシェリで、宿敵ジェニファーの(うわさ)を聞いた。

 ジェニファーはスコラ・シャルロを自主退学した。彼女はこう言ったらしい。

「私は、エクセン王国の聖女になるわ」

 そんなことがありえるのか? あの悪魔の心を持ったジェニファーが、エクセン王国の聖女になるなんて?

 ◇ ◇ ◇

 ジェニファーは飛空艇(ひくうてい)でエクセン王国に帰った。競技パートナーの、ゲオルグも一緒だ。そしてすぐ、エクセン城の軍隊指揮官の執務室に戻った。軍隊指揮官は、ジェニファーの役職だ。かなりの日数、さぼっていたけど……。

「ジェニファー! いままでどこで遊んでいたんだ?」

 執務室で待っていたのは、婚約者のレドリー王子だった。副隊長のゴーバス、アルバナーク婆もいる。

「それに──そ、そいつは誰だ?」

 レドリーはゲオルグを見やりながら言った。

「クラスメートのゲオルグよ。一応、魔法や戦い方を教えてもらっているわ。私は、スコラ・シャルロで勉学にはげんでいたのよ」

 ジェニファーはソファに、ドカッと座りながら言った。

「もう自主退学したけどね。つまんないから」
「おいっ! 遊んでいる場合か! 魔物の襲撃が、4倍に増えたんだぞ」
「あっ、そ」
「『あっ、そ』じゃないよ、君が軍隊を指揮する役目だろう?」
「じゃあ、その軍隊指揮官は責任とってやーめた」

 ジェニファーは口笛を吹いて、あっさり言った。

「その代わり、私を聖女にしなさい!」
「えっ、な、なに?」

 レドリー王子は目を丸くした。

「そ、それは……。ジェニファー、君には無理じゃないかな」

 ジェニファーの魔力では、とても聖女にはなれないはずだ……とレドリーは思った。だから、軍隊指揮官にしてやったのに。

 すると、ジェニファーはレドリーに言った。

「じゃ、あんたの浮気を、国民にばらすわよ」
「げ、げべっ」

 レドリーは変な声を出した。ジェニファーはレドリーをにらみつけた。

「あんた、私がいない間、色んな女に手を出して浮気をしていたのは、もう分かっているのよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て」
「それを国民にばらすわよ」
「そ、それはヤバい。そんなことをしたら、僕のイメージダウンにつながる。僕は父親が死んだら、王になる予定なんだぞ」
「うるっさいわね! 私は聖女になるのよ。こっちはミレイアに負けてばっかりで、腹が立ってるの! 聖女になって見返してやる」

 ジェニファーが声を上げると、それまで黙っていたアルバナーク婆が、クスクス笑った。元聖女ミレイアの師匠(ししょう)──現在は、エクセン王国の術師たちの相談役でもある。

「ジェニファー、お前がこの国の聖女になるというのか? バカな……」
「そうよ、アルバナーク婆さん。何が悪いの? 私はミレイアより能力が上だってことを、証明したいのよ」
「ほほう。子どもっぽい動機だのう」
「私には才能があるわ。結界を張れる能力はあるはずよ」

 アルバナーク婆はギラリ、とジェニファーを見た。アルバナーク婆の目には、ジェニファーの「気」「魔力」が見えていた。

「ふむ……。お前さんが結界を張れる能力があるのは、事実のようじゃな。しかし、つい半年前は、そんな魔力はなかったはずだ。何があったのだ?」
「何度も言わせないでよ。修業したのよ!」
「ほほう。では、そのお前さんの体にまとわりついている、悪魔の『気』はなんなのかね?」

 ジェニファーはピクリとアルバナーク婆を見やったが、すぐに笑った。

「見間違えじゃないの?」
「ジェニファーよ! お前、悪魔と契約したな!」
「あははは!」

 ジェニファーはお腹をかかえて笑った。

「この婆さん、邪魔よねえ。──ゲオルグ!」

 ゲオルグは、アルバナーク婆の額を手でつかんだ。

「な、何を……!」

 アルバナーク婆は声を上げた。

 ギュウウンッ

 何かが吸い取られる──そんな音がした。

 アルバナーク婆は、ソファの上で失神した。

「この婆さんの精気を吸い取ったのだ」

 ゲオルグはクスクス笑って言った。

「もともと婆さんだから、精気の量が少なくて楽だったが」

 アルバナーク婆は、ソファの背もたれに寄りかかって、動かない。その姿は変わり果てていた。

 80歳の老婆だが、それを飛び越えて、ほぼミイラに見える。

「ひ、ひいい! そ、そんな。この国最高の術師、アルバナーク婆が!」

 レドリー王子は、副隊長ゴーバスと抱き合って、悲鳴をあげた。

「あははは! この国最上の術師? 単なる婆さんじゃん」

 ジェニファーは笑ってレドリーに言った。

「んで、聖女になることを、許可してもらえるかしら。ダーリン」

 ゲオルグは、両手をレドリーとゴーバスに突きつけた。

「ひゃあああ~!」

 レドリー王子は声を上げた。

「ぼ、暴力反対! ちゃ、ちゃんと魔物を侵入させないってんなら、いいけど!」
「あ、許可してくれるわけね」

 ジェニファーはレドリーに投げキッスを送った。

「ウフフッ。魔物を侵入させないどころか、最強の国家にしてみせるわ。このエクセン王国をね──。そうでしょ、ゲオルグ」
御意(ぎょい)

 ゲオルグはニヤッと笑った。

「嫌な予感がするんですけど!」

 レドリー王子は泣き声を出した。