「スパイラリ・デンドロン!」

 魔法競技会決勝──。私は、自身の最高の魔法である、スパイラリ・デンドロンを放った。

 低い音とともに、ジェニファーの足元から木が生えた。その木が舞台の下の土から、石畳(いしだたみ)を突き破る──。

 すさまじいスピードで、木が成長していく。

「へ? 何?」

 やがて木はジェニファーの体を巻き込み、巨大化した。

「きゃああああー!」

 ジェニファーが叫ぶ。いつの間にか、私の目の前には、巨木が生えていた。

 木の幹の中からは、「ちょっとぉ! 何よこれ~! 狭いわ!」と大声がする。

 木の幹の中に、ジェニファーが取り込まれているのだ。

「『まいった』しないと、一生出られないわよ」

 私は、忠告した。

「だ、誰がするもんですか!」

 ガスッ ガシッ

 ジェニファーが木の幹の中で、抵抗する音が聞こえる。

 ムダだ。ジェニファーは、数分後には養分を吸い取られ、衰弱(すいじゃく)する!

「ち、力が、入らない……!」

 ジェニファーは木の幹の中でうめいた。

「どうするの? そのまま干からびて、ミイラの出来上がりよ」

 私は言った。

「うわああああ~! 冗談じゃない!」

 ガスッ ガスッ ガスッ

 ジェニファーはなおも抵抗している。手で木の幹の内部を殴っているのだろう。

 ミキミキミキ、ビキビキビキ

 私は、幹の内部を操作して、締め付けてやった。

「あいたたたたた!」

 ジェニファーの叫び声が聞こえる。

「『まいった』する?」

 私がジェニファーに聞くと、叫び声が返ってきた。

「うるさい! 誰がするもんか。このハリボテの木から出たら、あんたたち全員を八つ()きにしてやる!」
「では──最後の攻撃を受けていただくわ」

 私は天を見つめて、唱えた。

 ジェニファーへの躊躇(ちゅうちょ)はなかった。レイラや彼女の家族にした非道のかぎりを、私はゆるすことができない。

「天の裁きをくらいなさい! アストラペ・ライトニア!」

 カッ

 天からすさまじい勢いで、雷が落ちた。

 スパイラリ・デンドロンでできあがった巨木を、魔法の雷が切り裂き──。

 バーン

 幹の中央に達するときに、とんでもない爆発を起こした。

「ふうっ」

 私は爆風から体を守りつつ、息をついた。

 巨木はまっぷたつに割れ、(けむり)が立ち昇っている。

 グゴゴゴゴ……。

 どうなった? 私はジェニファーの様子を見守った。

 ズシャ

 そのあらわになった幹の内部から、人間がはい出てきた。

「あ、ぐ、う……」

 ジェニファーだ。髪の毛や体が()げている。舞台上に突っ伏し、力なく、私を見上げている。

「このぉ……ミレイア……あんたを八つ()きに……!」

 ジェニファーはヨロヨロと、立ち上がる。ゆっくり、私に近づいてきた。

(なんという執念(しゅうねん)かしら)

 私は声に出さずに、そう思った。

 ジェニファーは、妖術師に操られている死人(しびと)のように、私に向かって両手を突き出した。目は充血し、衣服は()げてボロボロ。髪の毛もチリチリに()げている。その手は、ブルブル震えていた。

「まだあきらめないわよ……」

 ジェニファーは私の首に、自分の両手をかけた。

「うう……」

 ジェニファーは私の首にさわる。

(もだ)え苦しめ!」

 ジェニファーはカッと目を見開いた。

 ジェニファーの力が、急に強くなった。彼女の手から、呪いの力が発せられようとしている。私の首筋から、呪いを注入する気だ!

「うらあああああっ!」

 ジェニファーは、呪いの魔力を込めて叫ぶ。

「呪われろおおおおっ!」

 鬼だ! ジェニファーは鬼の形相!

 私の首筋に、怖ろしい闇の魔力が入り込もうとしてくるのを感じる。人を絶望に追い込もうとする、闇の悪意だ! しかし──。

(今だ!)

 しかし、私は彼女の手首をつかみ、「衰弱(アステネス)!」と唱えた。

「あっ……ぐ」

 ジェニファーの手の力が急激に弱くなった。私の術で、彼女の全体の力を奪ったのだ。

「ぐぎぎぎ……」

 ジェニファーは歯を食いしばって、腕に力を込めている。

 私も負けない! 衰弱(アステネス)の魔法を、ジェニファーの手首に流し込む!

 だが、またしても!

「ぐううあああああ! これで終わってたまるかああああ!」

 ジェニファーは今度は、自分の体の奥の奥から、魔力を(しぼ)り出しはじめた。その最後の闇の魔力を、私の首筋に流し込む!

「死ねええええええ!」

 首筋に悪意が入ってくるのを感じる。

 ゴウッ

 そんな音とともに、ジェニファーの背後に、悪魔のような存在が現れた。ジェニファーを包み込むように、(おお)っている。

 その途端、ジェニファーの闇の「気」が、すさまじい勢いで、私に流れ始めたのだ。

「うっぐ……」

 私は歯を食いしばり──ジェニファーの両手を(つか)んだまま、聖なる魔法を唱えた。

「アンジェロ・プレギエラ!」

 すると、ジェニファーの背後の悪魔が、「ギェエエエエエ!」と悲鳴を上げた。

 ここだっ!

浄化(じょうか)!」

 私は仕上げの声を唱えた。

 ビキビキビキッ

 そして、その悪魔の体にヒビが入り──。

 バーン

 悪魔はそのまま、(くだ)け散った……。

「ぐ!」

 ──ジェニファーがうめいた。びくん、と彼女の体が震えた。そして彼女の魔力の流れが止まった。

 ガクリ

 ジェニファーは……そのまま失神した。力を使い果たしたのだ。

 ジェニファーは地面に(ひざ)をついた。もう、両手がダラリと垂れ下がっており、1日は自分で立ち上がれないだろう。

 私は、ジェニファーをただ見下げていた。

 ドヨドヨドヨッ

 と観客は騒然とした。

「おい、ジェニファーはどうなったんだ?」
「失神している?」
「ミレイアが勝ったのか?」

 その時──。

 ドーン ドーン ドーン

 太鼓(たいこ)の音が鳴った。試合終了の太鼓(たいこ)だ!

『試合終了! 20分35秒、ジェニファーを戦闘不可能とみなします!』

 私が振り返ると、観客席にマデリーン校長がおり、魔導拡声器(まどうかくせいき)で声を上げていた。

『勝者! ミレイア・ミレスタ! ミレイアの優勝です!』

 ドオオオオオオオッ

 スタジアムはまたしても騒然とした。

 雷の魔法で真っ二つの、私の作り上げた魔法の巨木は消え去った。私の足元には、ジェニファーがただ、突っ伏していた。

「覚えてやがれ……ミレイア・ミレスタ」

 ジェニファーはそう言い、舞台にかけつけたゲオルグの肩を借りて、舞台から降り去った。

「おい、すげえぞ!」

 ナギトたちが、舞台に上がってきた。ゾーヤやランベールも来てくれた。

「お前は優勝したんだ。何をボーッとしてんだ」

 ナギトは私に言った。

「スタジアムの観客に、手でも振ってやれ」
「あ、うん」

 私はスタジアムの観客に向かって、手を振った。

 ドオオオオッ

 観客が私に向かって、祝福の声を上げてくれている。

「すげえぞ、ミレイア!」
「なんてすごい聖女候補なんだ!」
「まるで本当の聖女みたいだ」

 まぁ、元聖女なんですけど。

 しかし──私の戦いは終わらなかった。
 
 真の戦いが、すぐに始まるとは、私にも予想できなかった。