「すっごい……」

 ゾーヤはうめいた。

 私──ミレイア・ミレスタとゾーヤは控え室通路から外に出て、スコラ・シャルロ特別スタジアムを見上げていた。
 
私とゾーヤは、魔法競技会予選以来、親友になっていた。

 満員の観客が、スタジアムを埋めつくしている。

 今日は、スコラ・シャルロ魔法競技会決勝の日だ。

(ついにこの日が来た……)

 私は気を引き締めた。

 試合は、私──ミレイアVSジェニファー・ドミトリー。1対1の勝負だ。
 術、魔法、すべて使用可能。剣など武器は使用不可。魔法で相手を「まいった」「KO」させたほうが勝ち。

「だ、大注目されてんじゃん」とゾーヤは言った。

 スコラ・シャルロ魔法競技会は、1000年前から続くイベント。国民的行事となっている。私たちの対決は、魔導(まどう)飛行水晶球の撮影によって、国民に生中継されるのだ。

「どうにかなるでしょ」

 私は髪の毛をはらい、控え室に戻ることにした。

「お、おいっ! ビビッてないのか、あんた」

 ゾーヤは私を追いかけながら、聞いた。

 大丈夫。私には自信がある。──ジェニファーと戦って勝つ!
 

 さて、控え室前の廊下で、ナギトが待っていた。

「ミレイアに客が来ているぞ。レイラって子たちだが……」
「なんですって?」

 私は驚いて、控え室の扉を開けた。

 そこには、レイラが車椅子に座って待っていた。ミユウ、サラもいる。

「あなたたち! どうして? エクセン王国から来たの?」

 私は3ヶ月ぶりに会う、本当の妹のようにかわいがっていた女の子たちを、抱きしめた。

「レイラ! 何があったの?」

 私は車椅子に座っている、レイラの手をとった。
 両足に、厚く巻き付けてある包帯が痛々しい。
 レイラは口を開いた。

「ジェニファーに、やられました。私がエクセン王国で、彼女に勝負を挑んだのです」
「ジェニファーと? なぜ?」
「父が魔物に大怪我を負わされたのです」
「ええっ? あなたのお父様が?」
「その責任を、ジェニファーに問おうとしました。あなたを追放したせいで、魔物の侵入をはばむ、結界がなくなってしまったからです」
「それで勝負を? 何てことなの! それで、その両足は?」
「ジェニファーの氷結魔法により、凍傷(とうしょう)になっています。かなりひどく、両足はもうほとんど、動きません。白魔法病院で治癒魔法をかけてもらったのですが、治りませんでした」
「ああ……」

 私は、レイラを抱きしめた。

「申し訳ありません……ミレイア様」

 レイラは泣きそうになりながら言った。

「謝るのは、私のほうだわ」

 私はレイラに言った。

「私が──私が、(かたき)をうちます」

 すると、ユウミが叫んだ。

「ジェニファーは、とてつもない強敵です。何か恐ろしい秘密を感じました。何かを隠しています」
「……それでも戦うわ」

 私は断言した。

「ジェニファーを、成敗(せいばい)します!」

 ◇ ◇ ◇

 私は控え室から、スタジアムに向かった。ナギトが助言者としてついてきてくれる。

 ドオオオオッ

 すさまじい熱気だ。満員の観客が、私を見ている。すでに、ジェニファーは石でできた舞台に上がっていた。

 私は、花道を通って、舞台に向かった。

「待て! ミレイア!」

 ナギトが声を上げた。

 その時だ、私の頭に、何かが当たった。

 菓子パンだ……。

 それだけじゃない! 私に向かって、菓子パンやビスケット、消しゴムが投げつけられえてくる。その数、10……20……30個?

 ものすごい勢いで、菓子パンやビスケットが飛んでくる。あ、危ない!

「負けちまえ、ミレイア!」
「ジェニファー様に勝てるわけねーんだよ!」
「ジェニファー様の魔法で、さっさと『まいった』しちまえ!」

 私に対する罵声(ばせい)が響く。ど、どういうこと?

 見ると、花道の右側は、ジェニファーの取り巻きの生徒たちで埋め尽くされていた。

 物を投げているのは、ジェニファーの取り巻きたちだ!

「お前ら!」

 ナギトが体を張って、私を菓子パンやビスケット、消しゴムから守ってくれている。

「ジェニファーに、『ミレイアを攻撃しろ』と命令されたな!」

 どうやらジェニファーは、スコラ・シャルロの生徒たちに高額商品をプレゼントして、自分の仲間に引きいれていたようだ。私を(つぶ)すためだけに。

 また、生徒の罵声(ばせい)が聞こえてくる。

「下級生いじめをやめろ、ミレイア! この暴力魔!」
「ミレイア! (かげ)で万引きやってんだろ! ジェニファーから聞いたぞ」

 なにそれ? 私、そんなことやっていないわ。

 なるほど、ジェニファーは私が「最低なヤツ」だと、大ウソ、噂を流しているらしい。

 ──私は冷静に聖女の杖を空にかかげた。そして唱えた。

「グラヴィティ・タウゼンタ!」

 ピタアアアアッ

 投げつけられた菓子パンやビスケット、消しゴムが空中で止まる。そして──。

 ボトボトボトッ

 地面に雨のように落ちだした。

「う、うおおおっ……」
「何をやったんだ?」
「重力魔法だ! その場に重力を発生させた!」

 ジェニファーの応援団たちが、驚きの声を上げる。

 私は、投げつけられた菓子パンやビスケットの周辺の重力を変化させた。「グラビティ・ネブリナ」は生物一体にしか効果はないが、「グラヴィティ・タウゼンタ」は周辺の重力を変化させる魔法だ。

「すげえ魔法だ! め、女神様じゃねーのか、あのミレイアってヤツ」
「バ、バカ。俺たちの女神様は、ジェニファー様だろ」

 しかし、もうジェニファーの取り巻きが、私に菓子パンや消しゴムを投げつけることはなかった。

 ◇ ◇ ◇

「き、来たわね」

 私がスタジアム中央に設置された舞台に上がると、ジェニファーが顔をひきつらせて言った。

「逃げても良かったのよ、ミレイア」
「あなた、取り巻きや応援団に、菓子パンやらを投げつけるように命令したわね」
「……なんのことかしら」

 私の問いに、ジェニファーはごまかすように答えた。(ほお)はピクピクしていたが。

「本当にマヌケねえ」

 ジェニファーは笑いながら言った。手にはゴルバルの杖を持っている。現代に存在する、最強の杖だ……。

「ゴルバルの杖を持った、私に勝てると思うの?」
「勝てるわよ」

 私はきっぱり言った。

「聖女の強さは……術師の強さは、杖じゃない。その人自身の強さよ!」
「……考え方が真逆ってわけね。フフッ……面白い!」

 ドーン

 試合開始の太鼓(たいこ)が鳴った。

 ついに試合が始まった!