ジェニファーは、スコラ・シャルロ魔法競技会予選B組を勝ち上がった。

 そして、軍隊指揮官の副隊長、ゴーバスの連絡によって、エクセン王国城の執務室に戻った。
 スコラ・シャルロは休んだ。

 競技パートーナーのゲオルグも一緒だ。

 バタン!

「お前がジェニファーかぁっ!」

 おや? 執務室に入ってきたのは、副隊長のゴーバスではない。鬼のような筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男だった。

「誰? おじさん」

 ジェニファーはぽかんと口をあけて、その男を見た。

 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男は、(ほお)をピクピクさせながら言った。

「貴様……俺を知らんのか。俺は、エクセン王国軍隊長、ガルド・グローデンだああっ!」
「あ、あんたが軍隊長?」

 ジェニファーは目を丸くしながら言った。軍隊長は軍隊指揮官と同等(どうとう)権限(けんげん)を持つ、現場の指導者といえる。自分自身も戦いに参加することも多い。

「副隊長のゴーバスしか見たことがなかったから、隊長なんていないと思ってたわ」
「バカか! 俺は出張で、隣国(りんこく)のザガイヤに行っていたのだ。──何なんだ、このありさまは。昨日、エクセン王国の南のディゴローで、ダークゴブリンが10匹ほど侵入(しんにゅう)したんだぞ!」
「そ、それで、どうなったの?」

 ジェニファーは、このグローデン隊長に気圧(けお)されながら言った。

重傷者(じゅうしょうしゃ)が出とる! 田畑にも大きな被害が出た。が、俺が兵士どもの士気を上げて、1日で退治したわ!」
「……ダークゴブリンに1日? あんなのザコじゃない。……ま、まあ、1日なら評価できるわ」

 ジェニファーはしぶい顔をしながら言った。ゲオルグは、ジェニファーの後ろでクスクス笑っている。

「聖女ミレイアを連れ戻せ!」

 グローデンは声を上げた。

「結界がない状態では、魔物が入り放題だ! このままでは、このエクセン王国が(ほろ)ぶぞ!」
「は?」

 ジェニファーは、グローデンをにらみつけた。

「あんな女を、どうして私が呼び戻さなきゃいけないの? もう追放したのよ!」
「バカめ! くっ、なんでこんな小娘を、軍隊指揮官に任命したのか。レドリー王子は狂っとる」
「余計なお世話。そもそも、あんたたち兵士が強ければ良いじゃない」
「相手は魔族、そうそう勝てるものではない! 戦略を()り、綿密(めんみつ)な行動をしなければ勝てぬのだ。小娘、お前は軍隊指揮官などやめたほうがいい! ──忠告はしたからな!」

 グローデンは怒り狂いつつ、ソファーから立ち上がった。

「はーい、ご苦労さん。私はやめる気、ないですから」

 ジェニファーはグローデンを虫でも追い払うように、手を振った。

 ◇ ◇ ◇

「何よ、南のディゴローで被害者が出たの、私のせいになってんの?」

 ジェニファーは城の庭園でぶつぶつ言った。ゲオルグは笑った。

「いや、ジェニファーは学業が優先だろう。しかも今は魔法競技会の最中。仕方ないことだ」
「……まっ、そうよね。どうでもいいけど、スコラ・シャルロを私の支配下に置きたいのよね。ちょろっと買い取りたいのよ。その計画はどうなってんの?」
「大丈夫だ。金はエクセン王国の国家予算から、確保できている。しかし、問題なのはマデリーン校長だ。あの女はかなりのクセモノで……」
「あー、あのオバさん? 別に普通のオバさんじゃないの」

 ジェニファーがそう言った時、「ジェニファー、ここにいたのね!」という声がした。女の子の声だ。

「よくも、ひどい目にあわせてくれたわね!」

 庭園に、3人の15歳くらいの女子たちが入ってきた。

「あらぁ? 見覚えのある子たちだこと」

 ジェニファーはころころと笑った。目は笑っていなかった。

 3人とは、元聖女のミレイアを支えていた、下級聖女、レイラ、ユウミ、サラの3人だ。

 レイラが一歩前に出て、ジェニファーをにらみつけながら言った。

「ディゴローには、私の両親が住んでいるのよ! お父さんはダークゴブリンに殴られて、重症を負った! 車椅子生活になってしまったわ」
「はあ?」

 ジェニファーは木の枝を、ペキリとへし降りながら言った。

「それ、私のせいだって言ってんの?」
「そうよ!」

 レイラが叫んだ。

「ミレイア様がいれば、結界を張ることができた。ダークゴブリンは入ってこれなかったでしょうね。お父さんが大怪我をすることもなかった! でも、あなたはミレイア様を追放した」
「知らないわよ」

 ジェニファーは舌打ちしながら言った。

「あんたの父親、運が悪かったんじゃないの?」
「……ジェニファー!」

 レイラは怒りに満ちた目で、ジェニファーをにらんだ。

「勝負よ! 魔法で勝負よ。明日の午後、ここで! 私が勝ったら、ミレイア様を連れ戻して!」
「……ま、いいけど~」

 ジェニファーは折った枝を、地面に放り捨てた。

「あんた、ぶちのめされたいわけ?」
「レイラはね、エクセン王国魔法競技会15歳の部の準優勝者よ」

 ユウミが声を上げた。

「普段、遊んでばかりいるあなたが、レイラにかなうと思っているの?」
「ふーん」

 ジェニファーはレイラたちに自分の杖を見せつけた。

「あっ……!」

 レイラやユウミ、サラたちは目を丸くした。
 
 ジェニファーが手に持っているのは、ゴルバルの杖だ。

 聖女や魔法使い用の、現代最強の杖と呼ばれている。値段も高い。1年に1回しか製造されない幻の杖だ。

「それでもやる?」

 ジェニファーはゴルバルの杖を見せつけながら言った。

「バカにしないで! お父さんの(かたき)をうってやる。明日の朝よ、ここに来なさい! 勝負よ!」

 レイラたちはそう言って、城のほうに戻っていった。
 
 ジェニファーはまた舌打ちした。

「でも、万が一怪我をしたら、ミレイアとの決勝にひびくかもしれない」

 スコラ・シャルロ魔法競技会の決勝は、1週間後にひかえているのだ。

「まかせろ」

 ゲオルグはうなずいた。

「俺に良い考えがある。ジェニファー、お前がもっと強くなる方法がな」
「えっ? そんなものがあるの?」

 ジェニファーは目を輝かせた。
 ゲオルグは不気味な顔で笑っていた。