スコラ・シャルロ魔法競技会予選──。
ミレイアとナギトが、ゾーヤとランベールに勝利したその1時間後。
シャルロ西部、アルダマールの森では、予選B組の戦いが始まろうとしていた。
ジェニファーとゲオルグ組、そして聖女コースのルチアと勇者コースのバナード組の対決だ。
「相手はルチアとバナードのはずよね? グラーズン先生の情報だと」
ジェニファーは歩きながら、ゲオルグに聞いた。
「間違いなく、その二人かと……ククク……」
「で、さっきあなたが放った、情報伝達魔法は、ルチアとバナードに届いた?」
「ああ。今頃、彼らの目の前には、光の文字板が表れている。そして『地図上の×印のところで会おう』と示されているはずだ」
2時間後──。ジェニファーとゲオルグは、地図上の×印の場所──庭園広場にたどり着いた。地図は、馬車に乗ったとき、御者の社会科の教師、アルベラーダ先生に手渡されたものだ。
「あっ、いたわ」
ジェニファーはつぶやいた。
ルチアとバナードは周囲をうかがっている。ルチアは背が低い、短い髪の毛のかわいい女の子だ。バナードも、それほど体は大きくない。
「お二人とも、お元気?」
ジェニファーが作り笑いで言う。
ルチアは聖女の杖を構え、バナードは魔力模擬刀を背中の鞘から引き抜いた。
戦闘態勢だ。
「あら、物騒ねえ。今日は二人に良い話をもってきたのよ」
ジェニファーが言うと、バナードは守るように、ルチアの前に進み出た。ルチアとバナードは、恋人同士である。
「もう勝負を始めようというのか。望むところだ」
バナードはルチアの前に立って声を上げた。
「違う違う。これ、あげるわ」
ジェニファーはカバンから何かを取り出し、ルチアに渡した。
「えっ?」
ルチアは目を丸くした。
「何これ──あ、す、す、すごいわ!」
ルチアに手渡されたものは、ダイヤモンドの指輪だ! 指輪部分には、「マルローズ・パパイ」と彫刻されている。
「うわぁ、有名職人のマルローズ・パパイの指輪じゃないの! 500万ルピーはする代物よ!」
(……ゲオルグ、あなたの情報通りね。ルチアは宝石や装飾品を好むって)
ジェニファーはゲオルグに耳打ちした。ゲオルグが調査したらしい。
「で、バナードにはこれ」
今度はゲオルグが、バナードに鞘のついた小型ナイフを差し出した。
「うっお……」
バナードの目が輝きだした。
「ほ、本物か! 名匠ラザン・ガイドウの小型ナイフ『ジャバラン』じゃないか! す、すごいぞ」
(バナードは武具マニア。これもゲオルグ、あなたの情報通り)
ジェニファーがゲオルグに耳打ちする。
そしてジェニファーは、胸を張って二人に言った。
「お近づきのしるしに、二人にあげるわよ」
「えええええっ?」
ルチアとバナードは同時に声を上げた。
「で、だな」
目を丸くしているルチアたちに、ゲオルグが言った。
「僕たちに、『勝ち』をゆずっていただきたい」
「い、いや、それとこれとは……」とバナードは困惑気味だ。
(つーか、指輪もナイフも、ニセモノなんだけどね)
ジェニファーは伸びをしながら、心の中で笑った。
「でね、私、グラーズン先生と仲が良いのよね」
「え、ええ」
ルチアは自分の指にダイヤモンドの指輪をはめて、うっとりしながら生返事をした。
「グラーズン先生に頼んだのよ。『来年、3年生になった時、ルチアとバナードを聖女、勇者の特別選抜コースに入れてやって』ってね」
「は、へ?」
ルチアとバナードは、口をあんぐり開けた。
聖女と勇者になれるのは、狭き門。しかし、特別選抜コースに入れば、聖女、勇者になれる道が開けるのだ。その特別選抜コースも、選ばれた生徒しか入ることができない。
「ほ、本当か? き、君たちに『降参』したら、特別選抜コースに入れるのか? どうして君たちが、グラーズン先生とそんなことを決められる権限がある?」
バナードは恐る恐る聞いた。
「私はエクセン王国王子の婚約者。軍隊指揮官。スコラ・シャルロに多額の寄付もしている」
ジェニファーは得意気にいった。
「今のダイヤモンドやナイフ(ニセモノだけどね)を見た? 普通の生徒じゃ、手に入らないって分かるでしょ。私はグラーズン先生と仲が良いし、スコラ・シャルロの先生は、全員、私の言うことを聞くのよ」
ジェニファーは大ウソをぶっこいた。グラーズン先生と仲が良い、ということ以外は。
ルチアとバナードは顔を見合わせている。
「ジェ、ジェニファーの噂は本当だったのね。エクセン王国王子の婚約者って」
「17歳で、軍隊指揮官って、すごすぎる……」
「そういうわけで──、グラーズン先生に話をしてあげるわよ。あの先生、特別選抜コースの担当でしょ。元下級の勇者だったし」
しかし本当は、特別選抜コースの生徒を選べるのは、マデリーン校長だけだ。
ジェニファーはため息をつき、腕組みをしながら言った。
「私は、無傷で決勝に出たいだけよ。えーっと、他にも希望者が多いから、早く決めないと……」
「あ、ああ……」
バナードはうめいた。彼は平民だった。父は勇者を目指す息子を、誇りに思っている。勇者になる道が開けたら、何と喜ぶだろうか。
ルチアは貧民出身だ。母親は聖女を目指していたが、結局主婦となった。娘に大きな期待をかけている──。
「こ、降参します!」
声を上げたのはルチアだった。
「まいりました! 私たちの負けですっ! お母さんにどうしても、私が聖女になった姿を見せてあげたいから!」
「お、おい、ルチア……」とバナードは弱々しい声で言った。
「降参しますから、私をグラーズン先生に、特別選抜コースに入れてもらえるよう、言ってもらえませんか」
「あらあら(やっぱりバカだわ、このルチアって子)」
ジェニファーはニヤリと笑った。
「素早い決断だこと。でも、私に忠誠をちかわなきゃダメよ。地面に手をついて、『ジェニファー様、まいりました』と言わないと」
「うっ……ぐっ……」
バナードはまたしても、うめく。
ルチアは懇願するような目で、恋人のバナードを見た。
──バナードが動いた。すべては恋人、ルチアのため──。
「……ジェニファー様……。ま、まいりました!」
「私たちの負けよ! ジェニファー様! だからお願い! 特別選抜コースに! グラーズン先生に話をつけてください」
ルチアとバナードは、地面に手をついて懇願した。
(あああ……)
ジェニファーはぞくぞくぞくっと鳥肌を立てていた。快感を感じていたのだ。
(たまらない……たまらないわ。この背徳感……。人間に忠誠を誓わせ、無力にさせる。これこそ、私が求めているもの!)
ルチアとバナードは、犬のようにジェニファーの足にすがりついた。ジェニファーは、「ホホホ、良くってよ!」と笑っている。
(ま、特別選抜コースは、5000万ルピー払うか、成績が全てSランクじゃないと絶対選ばれないけどね。平民でバカのこいつらじゃ、無理でしょ。ま、グラーズンにもう1度、話しだけはしといてあげるけどね。話だけは)
ジェニファーは、ルチアとバナードを虫でも見るような目で見た。
その時、ゲオルグの魔導通信機が鳴った。
「今はジェニファー様が予選の最中だが」とゲオルグは言った。
『君はゲオルグか? ジェニファー様を呼んでくれ!』
魔導通信機から、聞き覚えのある声が鳴り響く。
「おや? これはこれは、エクセン王国の副隊長、ゴーバス殿。ジェニファー様なら、そこにおられます」
ゲオルグは音声を拡大して、ジェニファーに聞かせた。
『エクセン王国各地で魔物が入り込み、被害が出ている。早く帰ってください、ジェニファー様!』
ゴーバスが声が聞こえてくる。ジェニファーは舌打ちした。
「しょうがないわね。ま、予選は勝ったし」
ルチアとバナードは、ジェニファーの足にすがりついている。
オホホホ! ジェニファーは高笑いした。
自分の中に、悪魔の心が芽生えつつあるとも知らずに……。
ミレイアとナギトが、ゾーヤとランベールに勝利したその1時間後。
シャルロ西部、アルダマールの森では、予選B組の戦いが始まろうとしていた。
ジェニファーとゲオルグ組、そして聖女コースのルチアと勇者コースのバナード組の対決だ。
「相手はルチアとバナードのはずよね? グラーズン先生の情報だと」
ジェニファーは歩きながら、ゲオルグに聞いた。
「間違いなく、その二人かと……ククク……」
「で、さっきあなたが放った、情報伝達魔法は、ルチアとバナードに届いた?」
「ああ。今頃、彼らの目の前には、光の文字板が表れている。そして『地図上の×印のところで会おう』と示されているはずだ」
2時間後──。ジェニファーとゲオルグは、地図上の×印の場所──庭園広場にたどり着いた。地図は、馬車に乗ったとき、御者の社会科の教師、アルベラーダ先生に手渡されたものだ。
「あっ、いたわ」
ジェニファーはつぶやいた。
ルチアとバナードは周囲をうかがっている。ルチアは背が低い、短い髪の毛のかわいい女の子だ。バナードも、それほど体は大きくない。
「お二人とも、お元気?」
ジェニファーが作り笑いで言う。
ルチアは聖女の杖を構え、バナードは魔力模擬刀を背中の鞘から引き抜いた。
戦闘態勢だ。
「あら、物騒ねえ。今日は二人に良い話をもってきたのよ」
ジェニファーが言うと、バナードは守るように、ルチアの前に進み出た。ルチアとバナードは、恋人同士である。
「もう勝負を始めようというのか。望むところだ」
バナードはルチアの前に立って声を上げた。
「違う違う。これ、あげるわ」
ジェニファーはカバンから何かを取り出し、ルチアに渡した。
「えっ?」
ルチアは目を丸くした。
「何これ──あ、す、す、すごいわ!」
ルチアに手渡されたものは、ダイヤモンドの指輪だ! 指輪部分には、「マルローズ・パパイ」と彫刻されている。
「うわぁ、有名職人のマルローズ・パパイの指輪じゃないの! 500万ルピーはする代物よ!」
(……ゲオルグ、あなたの情報通りね。ルチアは宝石や装飾品を好むって)
ジェニファーはゲオルグに耳打ちした。ゲオルグが調査したらしい。
「で、バナードにはこれ」
今度はゲオルグが、バナードに鞘のついた小型ナイフを差し出した。
「うっお……」
バナードの目が輝きだした。
「ほ、本物か! 名匠ラザン・ガイドウの小型ナイフ『ジャバラン』じゃないか! す、すごいぞ」
(バナードは武具マニア。これもゲオルグ、あなたの情報通り)
ジェニファーがゲオルグに耳打ちする。
そしてジェニファーは、胸を張って二人に言った。
「お近づきのしるしに、二人にあげるわよ」
「えええええっ?」
ルチアとバナードは同時に声を上げた。
「で、だな」
目を丸くしているルチアたちに、ゲオルグが言った。
「僕たちに、『勝ち』をゆずっていただきたい」
「い、いや、それとこれとは……」とバナードは困惑気味だ。
(つーか、指輪もナイフも、ニセモノなんだけどね)
ジェニファーは伸びをしながら、心の中で笑った。
「でね、私、グラーズン先生と仲が良いのよね」
「え、ええ」
ルチアは自分の指にダイヤモンドの指輪をはめて、うっとりしながら生返事をした。
「グラーズン先生に頼んだのよ。『来年、3年生になった時、ルチアとバナードを聖女、勇者の特別選抜コースに入れてやって』ってね」
「は、へ?」
ルチアとバナードは、口をあんぐり開けた。
聖女と勇者になれるのは、狭き門。しかし、特別選抜コースに入れば、聖女、勇者になれる道が開けるのだ。その特別選抜コースも、選ばれた生徒しか入ることができない。
「ほ、本当か? き、君たちに『降参』したら、特別選抜コースに入れるのか? どうして君たちが、グラーズン先生とそんなことを決められる権限がある?」
バナードは恐る恐る聞いた。
「私はエクセン王国王子の婚約者。軍隊指揮官。スコラ・シャルロに多額の寄付もしている」
ジェニファーは得意気にいった。
「今のダイヤモンドやナイフ(ニセモノだけどね)を見た? 普通の生徒じゃ、手に入らないって分かるでしょ。私はグラーズン先生と仲が良いし、スコラ・シャルロの先生は、全員、私の言うことを聞くのよ」
ジェニファーは大ウソをぶっこいた。グラーズン先生と仲が良い、ということ以外は。
ルチアとバナードは顔を見合わせている。
「ジェ、ジェニファーの噂は本当だったのね。エクセン王国王子の婚約者って」
「17歳で、軍隊指揮官って、すごすぎる……」
「そういうわけで──、グラーズン先生に話をしてあげるわよ。あの先生、特別選抜コースの担当でしょ。元下級の勇者だったし」
しかし本当は、特別選抜コースの生徒を選べるのは、マデリーン校長だけだ。
ジェニファーはため息をつき、腕組みをしながら言った。
「私は、無傷で決勝に出たいだけよ。えーっと、他にも希望者が多いから、早く決めないと……」
「あ、ああ……」
バナードはうめいた。彼は平民だった。父は勇者を目指す息子を、誇りに思っている。勇者になる道が開けたら、何と喜ぶだろうか。
ルチアは貧民出身だ。母親は聖女を目指していたが、結局主婦となった。娘に大きな期待をかけている──。
「こ、降参します!」
声を上げたのはルチアだった。
「まいりました! 私たちの負けですっ! お母さんにどうしても、私が聖女になった姿を見せてあげたいから!」
「お、おい、ルチア……」とバナードは弱々しい声で言った。
「降参しますから、私をグラーズン先生に、特別選抜コースに入れてもらえるよう、言ってもらえませんか」
「あらあら(やっぱりバカだわ、このルチアって子)」
ジェニファーはニヤリと笑った。
「素早い決断だこと。でも、私に忠誠をちかわなきゃダメよ。地面に手をついて、『ジェニファー様、まいりました』と言わないと」
「うっ……ぐっ……」
バナードはまたしても、うめく。
ルチアは懇願するような目で、恋人のバナードを見た。
──バナードが動いた。すべては恋人、ルチアのため──。
「……ジェニファー様……。ま、まいりました!」
「私たちの負けよ! ジェニファー様! だからお願い! 特別選抜コースに! グラーズン先生に話をつけてください」
ルチアとバナードは、地面に手をついて懇願した。
(あああ……)
ジェニファーはぞくぞくぞくっと鳥肌を立てていた。快感を感じていたのだ。
(たまらない……たまらないわ。この背徳感……。人間に忠誠を誓わせ、無力にさせる。これこそ、私が求めているもの!)
ルチアとバナードは、犬のようにジェニファーの足にすがりついた。ジェニファーは、「ホホホ、良くってよ!」と笑っている。
(ま、特別選抜コースは、5000万ルピー払うか、成績が全てSランクじゃないと絶対選ばれないけどね。平民でバカのこいつらじゃ、無理でしょ。ま、グラーズンにもう1度、話しだけはしといてあげるけどね。話だけは)
ジェニファーは、ルチアとバナードを虫でも見るような目で見た。
その時、ゲオルグの魔導通信機が鳴った。
「今はジェニファー様が予選の最中だが」とゲオルグは言った。
『君はゲオルグか? ジェニファー様を呼んでくれ!』
魔導通信機から、聞き覚えのある声が鳴り響く。
「おや? これはこれは、エクセン王国の副隊長、ゴーバス殿。ジェニファー様なら、そこにおられます」
ゲオルグは音声を拡大して、ジェニファーに聞かせた。
『エクセン王国各地で魔物が入り込み、被害が出ている。早く帰ってください、ジェニファー様!』
ゴーバスが声が聞こえてくる。ジェニファーは舌打ちした。
「しょうがないわね。ま、予選は勝ったし」
ルチアとバナードは、ジェニファーの足にすがりついている。
オホホホ! ジェニファーは高笑いした。
自分の中に、悪魔の心が芽生えつつあるとも知らずに……。