スコラ・シャルロ魔法競技会──リリシュタインの森の予選。

 ナギトとランベールが負傷し、今度は私、──ミレイアとゾーヤが向かい合った。

「あたしは、あんたみたいな真面目な女が、一番嫌いなんだよね」

 ゾーヤはクスクス笑いながら、何事か唱えた。
 すると、ゾーヤの体が分裂し──。

「分身の術」が発動した!

「分身の術? あなた、こんな高度な魔法を!」

 私は驚いて声を上げた。
 三人のゾーヤに囲まれている。

「ゾーヤ・エクスフランマ!」

 ゾーヤは呪文を唱えた。

 凄まじい勢いで、三人のゾーヤから火炎が放たれる。

 私はそれを()けるために、飛び上がった。

 タッ

 王の間の壁を三角蹴(さんかくげ)りして、下のゾーヤに向かって、声を上げる。

(こお)れ! アクス・ゲフリーレン!」

 キイイン

 火炎が一瞬にして(こお)る。氷結(ひょうけつ)魔法──アクス・ゲフリーレンは、どんなものでも(こお)らせてしまう。

 攻撃範囲(はんい)が狭いのが欠点だが。

「やるねぇ」

 ゾーヤは笑っていた。分身の術もやめてしまった。

 タッ

 私は床に降り立った。

 しかし──。

 周囲を見回すと、そこは花畑だった。

「な、何? これって?」

 王の間が一瞬にして、花畑になってしまったのだ。

 かわいいタンポポやスミレが辺り一面、咲いている。

 美しい! しかし──だからこそ危険!

「ああっ……」

 私はよろめいた。

(いけない、これは──)

「そうだよ、魔導幻覚《まどうげんかく》だよ」

 ゾーヤはケラケラ笑った。中枢神経(ちゅうすうしんけい)を狂わせる魔法だ。補助魔法だが、その効果はすさまじいものがある。

 私は、この美しい風景を見たままで、めまいを感じた。こ、このままでは、ゾーヤの攻撃魔法を、まともにくらってしまう!

「さーてと、焼き料理の時間だ」

 ゾーヤは自分の杖を構えた。

「ゾーヤ・エクスフランマ!」

 ゴオオオオッ

 花畑に火がつき、燃え広がる! あ、熱い!
 
 火が波のようになって、私に襲い掛かってくる!

 その時──。

 シャッ

 そんな音がした。

「あ、あぐっ!」

 ゾーヤが声を上げていた。

 ゾーヤの左手に、魔力模擬刀(まりょくもぎとう)が突き刺さっている。

 もちろん、魔法の刃だから、血は出ていない。だが、ゾーヤの手の平には、すさまじい電撃の痛みが走っているはずだ。

 魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を投げたのは、ナギトだった。

「──違う、ミレイア! オレは何もしていない。まやかしだ!」

 ナギトは叫んだ。私は戸惑った。ど、どういうこと?

「クククッ」

 ゾーヤは笑う。手の平に魔力模擬刀(まりょくもぎとう)が突き刺さったまま。

(そうか!)

 私は理解した。

 さっきのナギトのゾーヤに対する攻撃も、幻覚だ。
 そう思った時、花畑も、火の波も消え去った。ゾーヤの手に刺さっていた魔力模擬刀(まりょくもぎとう)も、いつの間にか、ない。

(なぜ、こんな幻覚を見せる?)

 ゾーヤは何やら魔法を唱えようとしている。大きな魔法の発動をしようとしている!

 幻覚を見せて、時間稼ぎをしているのか!

「それならば」
 
 私はつぶやいた。

「なーにが、『それならば』だ。あたしはあんたに幻覚を見せて、時間をかけ、体に魔力をため込んでおいたのさ。勝負はもう決まった。あたしの勝ちだ!」

 ゾーヤは余裕だ。それとともに、すさまじい殺気!

「ゾーヤ・トルナードフランマ!」

 ゾーヤの杖から、私に向かって、炎の(うず)が放たれた。これはゾーヤの最高の呪文らしい。
 これは幻覚ではない! 本物の攻撃だ。

 しかし──ここだ!

「ヴィントシュトース!」

 私は炎の(うず)に向かって唱えた。

 私の聖女の杖から、すさまじい突風が放たれた。

「あっ」

 ゾーヤは声を上げた。

 炎の(うず)が、私の魔法──ヴィントシュトース(突風)に押し返され──。

 逆にゾーヤに襲い掛かった!

「う、うああああああっ!」

 ゾーヤはあわてて身をかがめた。

 しかし、ゾーヤには私の魔法は届かなかった。

 いや、私が魔法を止めたのだ。

 勝負はついた。

 なぜなら……。

「うう……」

 ゾーヤは身をかがめながら、私をうらめしそうに見た。

「なぜだ、なぜ、とどめをささない?」

 ゾーヤの背後には、魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を持ったナギトが立っていたからだ。

「王手ってやつか……」

 ゾーヤはくやしそうに言った。

 しかし、その時だ。

「たああああー!」

 今度はランベールが襲い掛かってきた。

「ナギト君! 僕の剣技を受けたまえ!」

 ガギイイッ

 ナギトの魔力模擬刀(まりょくもぎとう)と、ランベールの魔力模擬刀(まりょくもぎとう)がぶつかり合う! 魔力の光の刃が、光の火花を散らした。

「でえええいっ」

 ナギトは鍔迫(つばぜ)り合いから、ランベールを体で押し、自分の足でランベールを転ばせた。

 ナギトは魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を、倒れ込んだランベールに突きつける。

 ランベールは腕を抑えている。腕の負傷がかなりひどいらしい。

「この腕の痛みが無かったら……! くそ!」

 ランベールは表情をゆがめた。

 まともに刀をあつかえそうになかった。

「待て! ナギト!」

 ゾーヤが声を上げた。

「私たちの負けだ。まいった! だからもう、ランベールを傷つけないでくれ!」

 すると、倒れ込んだままのランベールは、声を上げた。

「ゾーヤ! まだ勝負はついていない!」
「ランベール、あんた、負傷したのは利き腕だろ。どうやって魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を振るんだ」

 ゾーヤは言った。ランベールは、「うう……」とうなり、そしてため息をついた。利き腕を負傷したら、武器をまともにあつかえるわけがない。

「それに、私が負けを認めたのは、ランベールのせいじゃない。あたしと、ミレイアの魔力の力が違いすぎたのさ」

 ゾーヤは私をにらみつけた。

「私の炎の(うず)を、突風で押し返すなんて──ちょっと信じられない。ミレイア、あんた何者だ? あたしたちが負けるのは、時間の問題だ……てなわけで」

 ゾーヤは伸びをしながら、言った。

「あたしたちの負けっ!」

 そしてゾーヤは、私に手を差し出した。

 ナギトは叫んだ。

「ミレイア! (わな)かもしれねーぞ! そいつ、ジェニファ―の仲間だろ」

(えっ?)

 その時だ。ゾーヤの手を見た瞬間、不思議な映像が頭の中に入ってきた。

「あたしたち、仲間だよな。ずっと。明日も明後日(あさって)も……」

 ゾーヤに似た、魔法使いがそう言った。でも、その魔法使いはゾーヤではなかった。ゾーヤに似ているだけだ。そして、聖女と一緒に、森の()ち木に座って、笑っている。

 その聖女は私に似ている。また、この謎の、私に似た聖女だ……。

 二人はすごく仲が良さそうだ。時代は……ずいぶん古い? 多分、200年以上前? 何なんだろう、この頭に浮かんでくる映像は?

 そしてその森は、リリシュタインだと思う。つまり、この森?

 ど、どういうこと? 一体、このゾーヤに似た魔法使いは、一体誰? ゾーヤに似ているのに、ゾーヤではない。聖女は、私に似ているのに、私ではない……。

「ミレイア」

 私は、ゾーヤの声でハッとなった。

「握手だ」
「え、うん」
 
 ゾーヤは私の手を握って、握手してくれた。
 今の映像は……一体、何? 
 確か、ジェニファーを見たとき、ナギトと初めて会ったときも、奇妙な映像を見たような気がする。

 でも、この映像がなんなのか、考えても分からない。

 さて──私が首を(かし)げているのをよそに、ゾーヤは言った。

「ジェニファーがあたしの仲間? ふん、あたしはあいつの目的を探っていたのさ」

 ランベールも、魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を背中の(さや)に戻しながら言った。

「ゾーヤの言う通りだ。ジェニファーは、スコラ・シャルロを乗っ取るつもりだ」

 私とナギトは顔を見合わせた。