新緑色の輝きが、トキアさんから空の魔結晶へと流れ込む。
眩いばかりの輝きを放ち、やがて最後の一筋が吸い込まれる。
「はい、それでは勇者の魔法を買い取らせていただきます」
どさっとカウンターに置かれた金貨の山は、今まで見た買い取り額で一番多い。
それも、そうですね。なんせ、勇者の魔法ですし。
「ありがとう。憑き物が落ちた気分だよ」
勇者の魔法を憑き物って……。
「ホスト風の人からの罰が当たりますよ」
私とトキアさんは同時に笑いを零す。
タリスさんは首を傾げていたけれど、わからなくて当然。これはいわゆる異世界人ジョークなのだから。
「それで、トキアさんはこれからどのようなご予定で?」
「田舎で畑でも耕して暮らすことにするよ。魔王を倒した勇者がひっそりスローライフするのも鉄板でしょ?」
「ふふっ、ですね」
すると、私たちの会話を眺めていたトキアさんが、一つの魔結晶を取り出す。
「では、この魔法をお売りしましょう」
「これは?」
「『擬態』の魔法です。トキアさんは顔が知れていますし、見隠しには最適でしょう」
「あれ、でもこれって……」
私の戸惑いにタリスさんが頷く。
「昨夜、マナさんがトキアさんを探しに行った後、ネメリスさんが遠路はるばるお越しになって、買い取ってくれと。多忙のようですぐにお帰りになられましたけど」
そうですね。ネメリスさんにはもう必要が無いのでしょう。
しかし、偶然にしてはタイミングが良すぎる。まるで、誰かが裏で糸を引いているような……。
「それと、これも預かっておきました。先日、マナさんに入手するように頼まれたと。ダークエルフの秘魔法で浄化済みらしいですが、何のことやら」
トキアさんは小包から鮮やかな紫色の林檎のような果実を取り出した。なるほど、やっぱり、糸を引いている人物がいたらしい。
未来の私、手回しが良すぎますね。
トキアさんは喜んで『擬態』の魔法を買った。
これから彼は勇者ではなく、新しい人生をスタートする。そう思うと、今日が晴れ晴れしい門出だ。
「それじゃあ、またいつか。落ち着いたら、ぜひ一度遊びに来てくれると嬉しい」
トキアさんが私を見る。
「もちろん、その脚でね」
彼には勇者の魔法で私とパンダさんが同一人物だと見抜いていた。つまり、私の障害とその先のことについても知っているのだ。
「はい、是非!」
こうして、紛れもない英雄は勇者を引退した。しばらくは、勇者の突然の失踪で世間は持ちっきりになるだろう。
しかし、『ノイアッシェ』を出る彼の背中は、新しい未来に希望を携えているように見えた。
これでいいのです。
心地よい達成感と充足感に満たされ、また一つ、私の旅が終わった。
数日後。
私はまだ慣れない足取りで、孤児院へと向かった。地面を叩く重みに違和感はしばらく抜けそうもない。
少し、駆けてみた。身体を撫でる風が心地よい。
足を緩めると、心臓がバクバクと音を立てていた。それに、脚がじーんっと疲労を伝える。そのことが、たまらなく嬉しい。
騒ぎにしたくなかったので、ローズとルルナーゼさんにだけ挨拶をした。二人ともすごく驚いていたし、泣くほど喜んでくれた。だから、私もつられて少し泣いてしまった。
「この街をしばらく離れることになったので、お伝えしておこうかと」
「よがっだぁー! よがっだねぇ……!」
私に抱き着いて泣きじゃくるローズは会話にならなそうだ。私の脚が治ったことをこんなにも喜んでくれる親友がいると思うと、また涙が出そうになった。
「マナ、」
ルルナーゼさんが私の手を握る。温かい、私のこの世界での育ての人の手だ。
「タリスさんにご迷惑をおかけしないよう、楽しんでいらっしゃい」
「はい。いってきますね、ルルナーゼさん――ううん、お母さん……」
お母さんは瞳に涙を浮かべ、ゆっくりと微笑んだ。
「いってらっしゃい、私の可愛い娘」
お母さんのこの笑顔を、私は一生忘れないだろう。
二人に別れを告げ、孤児院を後にする。
街の入口へ向かう途中、『ノイアッシェ』の前を通った。窓の奥は暗く、店先の看板には張り紙がしてある。
『お店は臨時休業とさせていただきます。 店主:タリスより』
すっと建物を見上げる。こじんまりとした、小さなお店だ。ここで、私は人生を変える出会いにいくつも立ち会った。しばらく、ここに戻ってくることもない。
ふと、どうでもいいことを思いだした。
『擬態』の魔法は、魔法を行使される側が知っている人物にしかなれない。つまり、未来の私はトキアさんに『擬態』をかけてもらう前に、本物のパンダさんと出会っているということだ。
一体、魔族とどこでそんな出会いをしたのやら。でも、私がわざわざその姿を選んだのだ。
きっと、悪い出会いではなかったのでしょうね。
正門に向かうと、タリスさんとナーが既に荷物をまとめて私を待っていた。
「ナァー!」
遅い、と言っているらしい。
「さて、それでは溜まりに溜まっていた出張販売に向かいましょう。長い道のりになりますよ」
タリスさんが手を差し出す。私は強く頷き、しっかりとその手を取った。
私の肩にナーが乗る。
「ナー、まだ私に付いてきてくれますか?」
「ナァー!」
「ふふっ、ありがとうございます。頼りにしていますよ、相棒」
門が重厚な音を立てて開く。
ちょっぴり、怖い。でも、それ以上にワクワクが止まらない。
「では、行きましょう」
タリスさんの言葉に、一歩を踏み出した。
「はい! 異世界中古魔法店『ノイアッシェ』、出張販売旅の始まりです!」
私の脚は力強く地面を叩いた。
(了)
眩いばかりの輝きを放ち、やがて最後の一筋が吸い込まれる。
「はい、それでは勇者の魔法を買い取らせていただきます」
どさっとカウンターに置かれた金貨の山は、今まで見た買い取り額で一番多い。
それも、そうですね。なんせ、勇者の魔法ですし。
「ありがとう。憑き物が落ちた気分だよ」
勇者の魔法を憑き物って……。
「ホスト風の人からの罰が当たりますよ」
私とトキアさんは同時に笑いを零す。
タリスさんは首を傾げていたけれど、わからなくて当然。これはいわゆる異世界人ジョークなのだから。
「それで、トキアさんはこれからどのようなご予定で?」
「田舎で畑でも耕して暮らすことにするよ。魔王を倒した勇者がひっそりスローライフするのも鉄板でしょ?」
「ふふっ、ですね」
すると、私たちの会話を眺めていたトキアさんが、一つの魔結晶を取り出す。
「では、この魔法をお売りしましょう」
「これは?」
「『擬態』の魔法です。トキアさんは顔が知れていますし、見隠しには最適でしょう」
「あれ、でもこれって……」
私の戸惑いにタリスさんが頷く。
「昨夜、マナさんがトキアさんを探しに行った後、ネメリスさんが遠路はるばるお越しになって、買い取ってくれと。多忙のようですぐにお帰りになられましたけど」
そうですね。ネメリスさんにはもう必要が無いのでしょう。
しかし、偶然にしてはタイミングが良すぎる。まるで、誰かが裏で糸を引いているような……。
「それと、これも預かっておきました。先日、マナさんに入手するように頼まれたと。ダークエルフの秘魔法で浄化済みらしいですが、何のことやら」
トキアさんは小包から鮮やかな紫色の林檎のような果実を取り出した。なるほど、やっぱり、糸を引いている人物がいたらしい。
未来の私、手回しが良すぎますね。
トキアさんは喜んで『擬態』の魔法を買った。
これから彼は勇者ではなく、新しい人生をスタートする。そう思うと、今日が晴れ晴れしい門出だ。
「それじゃあ、またいつか。落ち着いたら、ぜひ一度遊びに来てくれると嬉しい」
トキアさんが私を見る。
「もちろん、その脚でね」
彼には勇者の魔法で私とパンダさんが同一人物だと見抜いていた。つまり、私の障害とその先のことについても知っているのだ。
「はい、是非!」
こうして、紛れもない英雄は勇者を引退した。しばらくは、勇者の突然の失踪で世間は持ちっきりになるだろう。
しかし、『ノイアッシェ』を出る彼の背中は、新しい未来に希望を携えているように見えた。
これでいいのです。
心地よい達成感と充足感に満たされ、また一つ、私の旅が終わった。
数日後。
私はまだ慣れない足取りで、孤児院へと向かった。地面を叩く重みに違和感はしばらく抜けそうもない。
少し、駆けてみた。身体を撫でる風が心地よい。
足を緩めると、心臓がバクバクと音を立てていた。それに、脚がじーんっと疲労を伝える。そのことが、たまらなく嬉しい。
騒ぎにしたくなかったので、ローズとルルナーゼさんにだけ挨拶をした。二人ともすごく驚いていたし、泣くほど喜んでくれた。だから、私もつられて少し泣いてしまった。
「この街をしばらく離れることになったので、お伝えしておこうかと」
「よがっだぁー! よがっだねぇ……!」
私に抱き着いて泣きじゃくるローズは会話にならなそうだ。私の脚が治ったことをこんなにも喜んでくれる親友がいると思うと、また涙が出そうになった。
「マナ、」
ルルナーゼさんが私の手を握る。温かい、私のこの世界での育ての人の手だ。
「タリスさんにご迷惑をおかけしないよう、楽しんでいらっしゃい」
「はい。いってきますね、ルルナーゼさん――ううん、お母さん……」
お母さんは瞳に涙を浮かべ、ゆっくりと微笑んだ。
「いってらっしゃい、私の可愛い娘」
お母さんのこの笑顔を、私は一生忘れないだろう。
二人に別れを告げ、孤児院を後にする。
街の入口へ向かう途中、『ノイアッシェ』の前を通った。窓の奥は暗く、店先の看板には張り紙がしてある。
『お店は臨時休業とさせていただきます。 店主:タリスより』
すっと建物を見上げる。こじんまりとした、小さなお店だ。ここで、私は人生を変える出会いにいくつも立ち会った。しばらく、ここに戻ってくることもない。
ふと、どうでもいいことを思いだした。
『擬態』の魔法は、魔法を行使される側が知っている人物にしかなれない。つまり、未来の私はトキアさんに『擬態』をかけてもらう前に、本物のパンダさんと出会っているということだ。
一体、魔族とどこでそんな出会いをしたのやら。でも、私がわざわざその姿を選んだのだ。
きっと、悪い出会いではなかったのでしょうね。
正門に向かうと、タリスさんとナーが既に荷物をまとめて私を待っていた。
「ナァー!」
遅い、と言っているらしい。
「さて、それでは溜まりに溜まっていた出張販売に向かいましょう。長い道のりになりますよ」
タリスさんが手を差し出す。私は強く頷き、しっかりとその手を取った。
私の肩にナーが乗る。
「ナー、まだ私に付いてきてくれますか?」
「ナァー!」
「ふふっ、ありがとうございます。頼りにしていますよ、相棒」
門が重厚な音を立てて開く。
ちょっぴり、怖い。でも、それ以上にワクワクが止まらない。
「では、行きましょう」
タリスさんの言葉に、一歩を踏み出した。
「はい! 異世界中古魔法店『ノイアッシェ』、出張販売旅の始まりです!」
私の脚は力強く地面を叩いた。
(了)