トキアさんは勇者の魔法について教えてくれた。
身体強化や各種属性の魔法、治癒の魔法など、要するに詰め合わせとなってたくさんの魔法を自在に扱えるらしい。
中には勇者の魔法を持っていなければ使うことのできない聖属性魔法とやらもあるみたいだ。おそらく、ヴァルジア戦で最後に使っていた白金色のあれが聖属性魔法とやらなのだろう。
そして、勇者の魔法における最大の魔法『魂狩り』というものがある。生物の魂を見て、嘘の看破や正体の偽り、対象の使える魔法を紐解く。応用すれば、魂の揺れで相手の動きを読むことも可能らしい。
何というチート魔法なのでしょうか。
もちろん、トキアさんが嘘をついていなければという前提の話だ。しかし、彼は自ら魔法を売りに出したことを見抜いたうえで教えてくれたのだ。嘘をつくメリットなど、どこにもない。
「なるほど、その『魂狩り』で私が時流しの魔法を使えることを見抜いたのですか」
「それもあるけどね、さっき出会った少女に言われたのさ。この先出会う人間は変わった魔法を使うと」
少女って、パンダさんのことですよね。どうして、彼女が私の魔法を知っているのでしょうか……。
いくら考えても、答えは出てこなかった。というか、急に色々と情報を詰め込んだせいか、やけに頭が回らない。
きっと、もう三日目の夕暮れということも相まっているのだろう。私の魔力が著しく減っているのだ。
しかし、当初の目的だった勇者の魔法については本人から訊くことが出来た。これ以上と無い収穫だ。
「あ、そう言えばデメリットについて話していなかったね」
「そんなものが存在するのですか?」
「勇者の魔法は特別でね。一つは嘘をつけなくなる。これは僕からしたら別に大したデメリットじゃない」
というのが嘘でないのならば、今までのトキアさんの話は正真正銘本当のことと言うことになる。今さら疑うわけじゃないけど。
「そしてもう一つは、魔物や魔族に対してひどく好戦的になってしまうんだ。だから、魔物や魔族の群れなんかを見つけてしまった時は大変だよ。様子見なんて出来ず、勝手に身体が獲物に向かっていってしまうんだから」
トキアさんは笑って言うけれど、とんでもない話だ。自制が効かずに死地へと踏み込んでしまうのだから。強力な魔法を使えたとしても、物量相手にどうしようもないことだってあるはずなのに。
「まるでバーサーカーのようですね」
「実際、その通りだよ。抑えようとしても頭が真っ白になってしまうんだからね。ただのチートなんていう旨い話はないってことさ。そうでなくとも、僕は魔族を一匹たりとも許したりはしないけどね」
トキアさんは不意に表情を曇らせる。真っ黒な瞳が、どこか遠くを見つめているように思えた。
「何かあったんですか……?」
トキアさんは歩みを止め、近くの岩場に腰を降ろした。長い話になると言われている気がした。
私も倣って腰を降ろす。
「実は僕がこの世界に来た時、もう一人同時に転移してきていたんだよ。あまりにもテンプレ的な話だけど、幼馴染だったんだ」
小さく頷く。とりあえず、口を挟むべきではないと思った。
「本当に急なことだったんだ。一緒に歩いていたら、突然景色が変わってこの世界に飛ばされてしまってね。女神とかには会えないんだね。マナさんは転生者だけど、どうだった?」
「私も女神とか、神様みたいな存在には会っていません。おそらく向こうの世界で死んだ瞬間、こちらで赤ん坊として生まれ落ちたんだと思います」
「そうか、すまない……」
別に謝られることもないのだけれど。
私は自分でも驚くくらい向こうの世界に未練がない。だって、ずっと車いす生活だったし、最後だって居眠り運転のタクシーに轢かれてしまったのだから。
きっと、脚が自由に動けば避けられたはずなのだ。そういう意味では、未練というより後悔は残っているのかもしれない。
「気にしませんよ。どうぞ続けてください」
トキアさんは少し息をつき、続けた。
「右も左もわからなくてね。それでも、どうにか僕の魔法で生活の基盤は整っていたんだ」
「その、幼馴染さんは何か魔法とか授からなかったのですか?」
「彼女は一般的な攻撃魔法をいくつか使えていたよ」
トキアさんと幼馴染さんの魔法は随分と格差があったのですね。
「やがて、僕の魔法がお偉いさんにバレてしまってね。何でも、勇者の魔法を持つ者は魔王を倒す宿命があるとか、なんとか。そんなわけで、ほとんど強制的に魔族領に放り出されてしまったんだ」
「しかし、その気になれば逃げることだって出来たんじゃないですか? どこか遠くの地で幼馴染さんと慎ましやかに暮らすとか……」
「そうだね。最初はそれも考えたんだ。でも、魔族領に放り出された瞬間、運が悪いことに魔族とかち合ってしまった……。それも四天王の一角に、ね」
トキアさんの表情は苦しそうで、なのにとても怒っているように見えた。
「それで、どうなったのですか……?」
「……当時の僕はまだ戦うことに慣れていなかった。だから、その戦いで僕は幼馴染を失ったんだ……」
ギリっと奥歯の鳴る音が聞こえた。
「彼女が付いて来ようとするのを僕が止めていれば、こんなことにはならなかった……。僕が……一瞬でも思ってしまったのがいけないんだ。独りは怖い。傍にいて欲しいと……」
勇者だって、ただの一人の人間だ。しかも、この世界を救う義理もない。そんな状況で、ずっと一緒にいてくれた人を突き放せたりするものか。
きっと、私だってトキアさんと同じ選択をする。大事な人だからこそ、異世界で一人になど出来ない。自分に力があるのだから、傍で守ってあげたいと思うのは不思議じゃない。
それでも、現実は残酷だ。トキアさんの隣には、もう誰もいない。彼はずっと独りだ。これまでも、これから魔王を倒すまでも。
「彼女を殺したのは魔族じゃない。僕だ……。今の僕はただ魔族に八つ当たりをしているに過ぎない。この世界のためだとか、そんな殊勝な理由なんて無いよ。ははっ、勇者失格だね」
無理矢理笑おうとするトキアさんを見るのは、とても苦しい。お門違いにも涙が出そうになった。
彼を目の当たりにして、自分なんて全然悲劇の主人公なんかじゃないと実感できた。彼の苦しみに比べたら、私の苦しみなど足下にも及ばない。
「……なぜ、未来のトキアさんが勇者の魔法を手放そうと思ったのか、少しわかった気がします」
「そうだね。四天王と魔王を倒せば、魔族だって徐々に駆逐されていくだろう。そうなれば、この力は無用の長物だ。どうせ、政治闘争か戦争に利用されるのがおちだよ」
役目を終えた勇者の魔法が、人の卑しい欲に利用されるのは容易に想像が付く。やっぱり、この時には既にトキアさんは勇者の魔法を手放すことを考えていたのかもしれない。
トキアさんが静かに立ち上がって、遠くを見遣る。
「ナァー!」
ナーも何故かトキアさんと同じ方角を睨みながら、威嚇するように鳴いた。その様子にトキアさんが少し驚いていた。
「優秀な子だね」
「急にどうしたんですか? ナーまで……」
トキアさんが剣を引き抜く。
「どうしたも何も、僕のやることは一つだけさ」
東の空を魔族の大群が埋め尽くしていた。
「す、すごい数……」
「大丈夫、問題ないよ。危なくなったら、未来に戻るといい。もう僕の傍で誰かが死ぬのは見たくないからね」
そう言い残し、トキアさんは地面を蹴りだす。
魔族が次々と蹴散らされていくのを見据えながら、私は無意識に唇を噛みしめていた。
身体強化や各種属性の魔法、治癒の魔法など、要するに詰め合わせとなってたくさんの魔法を自在に扱えるらしい。
中には勇者の魔法を持っていなければ使うことのできない聖属性魔法とやらもあるみたいだ。おそらく、ヴァルジア戦で最後に使っていた白金色のあれが聖属性魔法とやらなのだろう。
そして、勇者の魔法における最大の魔法『魂狩り』というものがある。生物の魂を見て、嘘の看破や正体の偽り、対象の使える魔法を紐解く。応用すれば、魂の揺れで相手の動きを読むことも可能らしい。
何というチート魔法なのでしょうか。
もちろん、トキアさんが嘘をついていなければという前提の話だ。しかし、彼は自ら魔法を売りに出したことを見抜いたうえで教えてくれたのだ。嘘をつくメリットなど、どこにもない。
「なるほど、その『魂狩り』で私が時流しの魔法を使えることを見抜いたのですか」
「それもあるけどね、さっき出会った少女に言われたのさ。この先出会う人間は変わった魔法を使うと」
少女って、パンダさんのことですよね。どうして、彼女が私の魔法を知っているのでしょうか……。
いくら考えても、答えは出てこなかった。というか、急に色々と情報を詰め込んだせいか、やけに頭が回らない。
きっと、もう三日目の夕暮れということも相まっているのだろう。私の魔力が著しく減っているのだ。
しかし、当初の目的だった勇者の魔法については本人から訊くことが出来た。これ以上と無い収穫だ。
「あ、そう言えばデメリットについて話していなかったね」
「そんなものが存在するのですか?」
「勇者の魔法は特別でね。一つは嘘をつけなくなる。これは僕からしたら別に大したデメリットじゃない」
というのが嘘でないのならば、今までのトキアさんの話は正真正銘本当のことと言うことになる。今さら疑うわけじゃないけど。
「そしてもう一つは、魔物や魔族に対してひどく好戦的になってしまうんだ。だから、魔物や魔族の群れなんかを見つけてしまった時は大変だよ。様子見なんて出来ず、勝手に身体が獲物に向かっていってしまうんだから」
トキアさんは笑って言うけれど、とんでもない話だ。自制が効かずに死地へと踏み込んでしまうのだから。強力な魔法を使えたとしても、物量相手にどうしようもないことだってあるはずなのに。
「まるでバーサーカーのようですね」
「実際、その通りだよ。抑えようとしても頭が真っ白になってしまうんだからね。ただのチートなんていう旨い話はないってことさ。そうでなくとも、僕は魔族を一匹たりとも許したりはしないけどね」
トキアさんは不意に表情を曇らせる。真っ黒な瞳が、どこか遠くを見つめているように思えた。
「何かあったんですか……?」
トキアさんは歩みを止め、近くの岩場に腰を降ろした。長い話になると言われている気がした。
私も倣って腰を降ろす。
「実は僕がこの世界に来た時、もう一人同時に転移してきていたんだよ。あまりにもテンプレ的な話だけど、幼馴染だったんだ」
小さく頷く。とりあえず、口を挟むべきではないと思った。
「本当に急なことだったんだ。一緒に歩いていたら、突然景色が変わってこの世界に飛ばされてしまってね。女神とかには会えないんだね。マナさんは転生者だけど、どうだった?」
「私も女神とか、神様みたいな存在には会っていません。おそらく向こうの世界で死んだ瞬間、こちらで赤ん坊として生まれ落ちたんだと思います」
「そうか、すまない……」
別に謝られることもないのだけれど。
私は自分でも驚くくらい向こうの世界に未練がない。だって、ずっと車いす生活だったし、最後だって居眠り運転のタクシーに轢かれてしまったのだから。
きっと、脚が自由に動けば避けられたはずなのだ。そういう意味では、未練というより後悔は残っているのかもしれない。
「気にしませんよ。どうぞ続けてください」
トキアさんは少し息をつき、続けた。
「右も左もわからなくてね。それでも、どうにか僕の魔法で生活の基盤は整っていたんだ」
「その、幼馴染さんは何か魔法とか授からなかったのですか?」
「彼女は一般的な攻撃魔法をいくつか使えていたよ」
トキアさんと幼馴染さんの魔法は随分と格差があったのですね。
「やがて、僕の魔法がお偉いさんにバレてしまってね。何でも、勇者の魔法を持つ者は魔王を倒す宿命があるとか、なんとか。そんなわけで、ほとんど強制的に魔族領に放り出されてしまったんだ」
「しかし、その気になれば逃げることだって出来たんじゃないですか? どこか遠くの地で幼馴染さんと慎ましやかに暮らすとか……」
「そうだね。最初はそれも考えたんだ。でも、魔族領に放り出された瞬間、運が悪いことに魔族とかち合ってしまった……。それも四天王の一角に、ね」
トキアさんの表情は苦しそうで、なのにとても怒っているように見えた。
「それで、どうなったのですか……?」
「……当時の僕はまだ戦うことに慣れていなかった。だから、その戦いで僕は幼馴染を失ったんだ……」
ギリっと奥歯の鳴る音が聞こえた。
「彼女が付いて来ようとするのを僕が止めていれば、こんなことにはならなかった……。僕が……一瞬でも思ってしまったのがいけないんだ。独りは怖い。傍にいて欲しいと……」
勇者だって、ただの一人の人間だ。しかも、この世界を救う義理もない。そんな状況で、ずっと一緒にいてくれた人を突き放せたりするものか。
きっと、私だってトキアさんと同じ選択をする。大事な人だからこそ、異世界で一人になど出来ない。自分に力があるのだから、傍で守ってあげたいと思うのは不思議じゃない。
それでも、現実は残酷だ。トキアさんの隣には、もう誰もいない。彼はずっと独りだ。これまでも、これから魔王を倒すまでも。
「彼女を殺したのは魔族じゃない。僕だ……。今の僕はただ魔族に八つ当たりをしているに過ぎない。この世界のためだとか、そんな殊勝な理由なんて無いよ。ははっ、勇者失格だね」
無理矢理笑おうとするトキアさんを見るのは、とても苦しい。お門違いにも涙が出そうになった。
彼を目の当たりにして、自分なんて全然悲劇の主人公なんかじゃないと実感できた。彼の苦しみに比べたら、私の苦しみなど足下にも及ばない。
「……なぜ、未来のトキアさんが勇者の魔法を手放そうと思ったのか、少しわかった気がします」
「そうだね。四天王と魔王を倒せば、魔族だって徐々に駆逐されていくだろう。そうなれば、この力は無用の長物だ。どうせ、政治闘争か戦争に利用されるのがおちだよ」
役目を終えた勇者の魔法が、人の卑しい欲に利用されるのは容易に想像が付く。やっぱり、この時には既にトキアさんは勇者の魔法を手放すことを考えていたのかもしれない。
トキアさんが静かに立ち上がって、遠くを見遣る。
「ナァー!」
ナーも何故かトキアさんと同じ方角を睨みながら、威嚇するように鳴いた。その様子にトキアさんが少し驚いていた。
「優秀な子だね」
「急にどうしたんですか? ナーまで……」
トキアさんが剣を引き抜く。
「どうしたも何も、僕のやることは一つだけさ」
東の空を魔族の大群が埋め尽くしていた。
「す、すごい数……」
「大丈夫、問題ないよ。危なくなったら、未来に戻るといい。もう僕の傍で誰かが死ぬのは見たくないからね」
そう言い残し、トキアさんは地面を蹴りだす。
魔族が次々と蹴散らされていくのを見据えながら、私は無意識に唇を噛みしめていた。