三日目、もちろん私は熟睡なんて出来ずに朝を迎えた。まだ、日も出ていない夜明け前だ。
 果たして、今は朝と呼ぶのか。そんなどうでもいい疑問を浮かべながら、トキアさんの様子を見に行く。
 もしかしたら、まだ寝ているのかもしれない。そう思ったが、野営地に彼の姿は無かった。荷物は置きっぱなしなので、出発してしまったというわけではなさそうだ。

「探しましょうか」

「ナァー……」

 ナーはまだ眠そうですね。
 いつもではあるけれど、今回は特にナーに迷惑をかけてしまっている。帰ったら甘いものをたくさん食べさせてあげよう。

 建物が崩れてしまっているせいで、やたらと見晴らしは良い。トキアさんは存外すぐに見つかった。建物の隅で、何やら立ち止まっている。

 もう少し近づくと、彼の口が動いているのが伺えた。
 誰かと話しているのでしょうか。でも、こんなところに人がいるわけないですし……。

 その疑問はそれまで陰に隠れていた部分が露わになって払しょくされる。
 トキアさんの眼前には、私も見覚えのある少女がいた。小柄で、いつものように猛毒の果実をむしゃむしゃと食べる。勇者の前だというのに、ローブのフードを外して二本の角を堂々と見せていた。

 パンダさん、どうしてここにいるのでしょうか。
 しかし、冷静に考えてもこれまでの二回より、今回の場所の方が彼女には相応しい。なんせ、彼女は魔族。そして、ここは既に魔族領。
 何ら不思議ではない……はずなのに、今までのせいで逆に違和感を感じざるおえない。

 二人の会話はよく聞き取れない。しかし、トキアさんは敵対的な素振りを見せているわけでは無さそうだった。むしろ、過去に来てから一番表情が和らいでいるような。

 しばらく話をしてから、やっぱりパンダさんが果物を食べ終えると同時にどこかへと去って行ってしまう。
 本当、神出鬼没だし、去り際もよくわからない。おかしな魔族の少女だ。

 その後、トキアさんは勇者の旅路を再開した。ひたすら、遥か先に見える魔王城らしき建物を目指して突き進む。しかし、この先まだ一年この旅が続くことを私は知っている。険しい道のりだ。

 陽がてっぺんを少し越えた頃、トキアさんが急に足を止める。何かイレギュラーが起きたような気配はない。
 ゆっくりと彼が振り向く。

「いつ奇襲してくるのかとずっと待っていたんだけど。もう三日だ。いい加減、僕の方から行かせてもらうよ」

 その瞬間、肌が粟立つ。息苦しいほどの殺気が、恐らく私とナーに向けられている。

「早く、姿を見せなよ。でなければ、ここら一帯を吹き飛ばしたっていいんだよ?」

 明確に敵認定されてしまっている。しかし、最初からバレバレだったとは。
 私は観念して大岩から姿を晒す。すると、トキアさんは私を見た瞬間、その殺気を緩めた。

「おや、きみは……。いや、その姿は……」

 あっけに取られるのも無理はない。魔族領に人間がいるのだから。しかも、ケット・シーに首を掴まれて。

「あの、怪しいものではないんです!」

 と言ってみたものの、どう見ても怪しいものだ。
 トキアさんは私を訝し気に眺め、何やら考え込んでいる。
 さて、どう言い訳をしたものでしょうか……。

「えーと、私はとある魔族に捕まっていまして。命からがら逃げだしてきたといいますか……」

「あー、大丈夫だ。そういう設定は必要ないよ」

「……はい?」

 トキアさんが一人で何かを悟ったかのように頷く。

「なるほど、大体理解したよ。面白い魔法を使うものだ」

 あれ、もしかして時流しの魔法がバレているのでしょうか……。
 私が困惑しているのを察したのか、トキアさんがやんわりと微笑む。

「それで、僕に何の用かな? 未来人の同郷さん」

 ここまではっきりと言われてしまったのならば、もう誤魔化しようがありませんね。
 それにトキアさんは時流しの魔法を知っている。ならば、ある程度話したところで過去も大きく変わったりはしないだろう。

「一応、ナーに――あ、このケット・シーに隠ぺい魔法をかけてもらっていたのですが、やはりアキトさんは欺けませんね」

「僕の真名まで知っているということは、僕は二度目ましてだけど、きみは違うんだね」

 二度目……? 初めましての間違いなのでは?

「はい、マナと言います。トキアさんとは私も二度目ましてですね。もしかして、トキアさんも時流しの魔法をお持ちなのですか?」

「ん? 持っていないけれど、どうしてだい?」

「いえ、私が初めてトキアさんにお会いしたのは、言ってしまえば未来の話なので」

 トキアさんがまたしても考え込んでしまう。何か難しいことでも言っただろうか。
 ややあって、トキアさんははっとしたように顔をあげる。

「いや、すまない。僕の勘違いだった。女性を見間違えるなんて失礼な真似をしてしまったこと、どうか許してほしい」

「別に気にしてませんけど……」

 人違いって、本当だろうか。どうにも引っ掛かる気がするけれど。

「それより、僕に何か用かい? ずっと後をつけていたけど」

 少し、考える。本当のことを話してしまって大丈夫なのだろうか。良い誤魔化しがあるのなら、その方が安牌な気もする。
 しかし、トキアさんは私の思案を読むかの如く付け加える。

「言っておくけれど、勇者の魔法には嘘の看破もあるからね」

 ……まっ、もうしょうがないですね。
 勇者の魔法についても、追加でわかったので良かったと捉えましょう。

「私は魔法店『ノイアッシェ』の店員です」

「魔法店? 何だい、それは」

 トキアさんはこの時点では、『ノイアッシェ』のことをまだ知らなかったようだ。
 そもそも、一年前って『ノイアッシェ』はあったのだろうか。私もそれに関しては把握していない。

「魔法を買い取ったり、売ったりするお店ですよ」

「へー、そんなものがあるんだ。なるほど、何となく読めてきたよ。さては未来の僕、勇者の魔法を売りに出したんだね」

 流石は本人と言うべきか。即座に答えにたどり着く。つまり、この頃から勇者の魔法を手放すことを考えていたというわけだ。

「はい、その通りです。――私はあなたの魔法を調査に参りました」