「綾奈。そんなことしたら蓮くんが可哀そうでしょ? 何~? ……嫉妬?」
「なっ……」
 おばさんの言葉に彼女は一瞬絶句し、そして
「そんなんじゃない!」
 大慌てでそれを否定した。声が少し裏返ってしまっている。
 至近距離で叫ばれたため耳に鋭く響いた。
 そんな訳ないでしょ? おばさん。
 彼女が嫉妬など、それも僕相手になんて本当にあり得ないことだ。僕たちはただの幼馴染なのだから。
 そんな勘違い少なくとも僕はしない。それほど僕は自惚れてなどいない。
 しかしおばさんはこちらの言葉などまったく気にしていないようでニヤニヤとした笑みを崩さない。おばさんがあの表情をするときは心底面白がっている時だ。
 そして大抵ロクなことを言わない。
「どうかしら~私から見たら嫉妬そのものよ~。蓮くんが自分だけに味方してくれなかったことに不機嫌になって、自棄食いして」
「違う! ただ気に入らなかっただけで、嫉妬なんかじゃない!」
 そんなおばさんに対して彼女も引かない。身を乗り出したため自然と顔が近づいた。その分彼女に悟られないようにそっと身を引く。
「んー……けどあまり自棄食いはお勧めできないわ~。太っちゃうわよ~?」
「こ、これくらいで太らないよ! あと部活で身体動かしてるから大丈夫! それに私、食べても太らない体質だし」
 そう言って彼女はその大きな胸を張る。
 確かにこれまで彼女が太っていると思ったことは一度もない。
 むしろ程よい肉付きでくびれるところはくびれている。
 そして、出るところは出ている。
 僕からしたら理想的な体型なのかもしれない。
 ぷるんと揺れながら突き出されたその大き過ぎる胸を前に目のやり場に困り、結局そのまま何事もない風を装い紅茶に口をつける。
「ん~確かにそうね~。栄養全部おっぱいにいっちゃってるみたいだしね~」
「ぱっ……!?」
「ぶふっ…!!」
 ニヤつきながら言ったおばさんの言葉に綾奈は再度絶句し、口をパクパクとさせる。
 僕も危うく口に含んだ紅茶を吹き出しかけた。いや、実際少し吹き出した。カップがあって本当に助かった。
「あー……じゃあやっぱりたくさん食べた方がいいわねー。その方がもっと育つし…………蓮くんもその方が嬉しいわよね~?」
「は、はいっ……!?」
 声が裏返った。ここで僕に振るんじゃねぇよ!
 そんなことに堂々と、それも本人がいる前で答えられる訳がないではないか。
「おばさん……自分の娘の前で何言ってるんですか……」
 内心の動揺を隠しながら僕はあくまで平静を装い返事をはぐらかす。馬鹿正直に答えたりなんかしない。
「あれ、蓮くんおっきいの嫌い? 私の娘だけあって大したものよ?」
 そうだけれど……。二人を見比べてみて「ああ、遺伝なんだなー」って大分前から思っていたけれど。
「いや、だからそういう……」
「で……」
 そこで不意にぼそっと呟かれた恐ろしく低い声に全身がビクッとする。
 恐る恐る顔を向けると、これまで黙っていた綾奈が俯いていた。顔は見えないが両の手はギリギリと握りしめられ、身体をプルプルと小刻みに震わせている。
 あ……マズイ
 彼女の様子に危険を感じた。それはおばさんも同様のようで少し顔色を変えると「じゃあごゆっくりねー蓮くん」と早口で言い、トレイを回収するとそそくさと部屋を出て行く。
 そしておばさんが部屋の外に飛び出した瞬間
「出ていけーーーーーー!!!」
 顔を真っ赤に染めた綾奈の甲高い怒鳴り声が響き渡った。