ゲームをやりながら綾奈が返事をすると、おばさんがトレイをもって部屋に入って来た。
「お茶とお菓子持って来たわよ~」
 部屋の中央に手に持っていたトレイを置くと、皿とマグカップを並べていく。 皿にはチョコレートケーキ、マグカップに入っているのは紅茶のようだ。
 ちなみにマグカップは彼女と僕それぞれ専用のものである。何度も来ているうちに気づくと僕専用のものが決まっていた。有り難いが何とも気恥ずかしい。
「美味しいって噂のチョコレートケーキよ。蓮くん来ると思って買っておいたの」
 おばさんが微笑みながら僕にケーキを勧めてくる。
 チョコレートケーキがそこにあるだけで部屋が先程までとはまた違った甘さに染まったように感じる。空気が甘い。
 それを身体で感じながら「いただきます」と手を合わせ、フォークで上に載っているチョコのムースをすくうと口に含んだ。じんわりと口の中に甘さと僅かな苦さが広がり蕩けて消えた。香りが鼻から抜けていく。自分の顔が常より弛緩しているのが分かった。
「美味しいです」
 そう素直に言うと、おばさんは「それは良かったわ」ともう一度微笑んだ。
「ママ……用事済んだならもう出てってよ……」
 僕がケーキに満足している一方、向かいに座る綾奈はどこか不満そうだ。おばさんのことをジトッとした目で見つめ、片方の頬は少し膨れている。
「何よー。ケーキ持ってきてあげたのにー。ずいぶんな言いようじゃな~い?」
 そんな彼女に対しておばさんはどこ吹く風だ。ニヤニヤと笑みを浮かべむしろ楽しそうですらある。
「そんなに蓮くんと二人きりなのを邪魔されるのが嫌なの~?」
「違う」
 綾奈はおばさんを軽く睨んだ。
 ああ、また始まった。
 もはやお馴染みとなった光景に苦笑いをする僕をよそに二人の睨み合いは続く。
 …………睨んでいるのは綾奈だけだが。
「イチャイチャするのは良いけど~……ちゃんと清く正しくイチャイチャするのよ?」
 清く正しいイチャイチャって何ですか?
「イチャイチャなんてしてないよ。二人でゲームしてるだけ。」
 彼女がそう言うと、おばさんは中断されているゲーム画面に目をやる。そして「ん~?」と首を傾げた。その仕草が目の前の彼女を彷彿とさせる。流石は親子ということだろうか?
「これ前もやってなかったっけ? ずっと同じゲームやってるの?」
 おばさんがもっともな疑問を口にした。同じゲームをやり込むことが悪い訳ではないが、そう思う気持ちも分かる。実際僕もそう思った。
「別に良いでしょ。良いものは何度やっても良いの! ……だよね? 蓮」
「は……? ああ…うん、そうね」
 いきなり話を振られたため少し驚いてしまった。僕に同意を求めないでほしい。
「え~。でも他のゲームだってやりたいわよね~蓮君?」
「それは……まぁ」
 今度はおばさんが僕に話を振ってくる。
だから僕に同意を求めないでほしい。思わず頷いてしまった。
そして直後「しまった……」と思う。
「どっちの味方なの!」
 案の定彼女が今度は僕に不満げなジトッとした目を向けてきた。
「別にどちらの味方ってこともないよ。どちらの気持ちもあるんだ」
「何度やっても良いって言ったじゃん」
 言ってはいない。けれど同意はできる。
「だからどちらの気持ちも分かるって……」
「それじゃ嫌なの!」
 そう言うと彼女は僕の分のケーキの上にあったイチゴをフォークで刺すと頬張った。
「あ……」
 彼女はもごもごと口を動かしながらプイッと顔を背ける。
 イチゴに執着はないため別に構いはしないのだが……何とも子供っぽい。
 彼女はそのまま自分の分のケーキを頬張った。
 そんな僕たちのことをおばさんは実に面白そうに眺めている。