見慣れた赤茶色の壁のアパート。
 敷地内に入ると、駐輪場に停まる自転車を横目に見ながら通り過ぎ階段を上り始めた。四階建てのこのアパート。僕の目的地はその三階にあたる。
 目的の階へと着いた僕はそのまま照明によって照らされる短い廊下を進み、突き当りの部屋の前に立つと迷うことなくインターホンを押した。
 待つこと数秒。ザザッという音の後、籠った女性の声で応答があった。
『はい。蓮君?』
 別の人間だったらどうするのだろうか? と思わなくもないが、相手側も慣れてしまっているのだろう。だから僕も慣れた気持ちで「はい。宮内です」と素直に応えた。
「待っていたわよ。今鍵開けるわね」
 女性がそう言うとインターホンが切れる。そう長く待たずに扉の向こうでガタガタと音がし、やがてカチャッと鍵が開けられた音がした。そしてそのまま扉が開かれると隙間から年配の、けれど美人な女性が顔を覗かせた。
「こんばんは、いらっしゃい蓮君。あの子待ってるわよ」
 そう笑顔で言うと扉を大きく開き僕のことを招き入れてくれる。
「こんばんは、おばさん。お邪魔します」
 僕はそう一言挨拶すると、招かれるままに部屋の中へと入った。扉を閉めると慣れた手つきで鍵を閉め、チェーンをかける。
「悪いわねー。ありがとう」
「いえ、女性二人暮らしでは物騒ですからね」
 今は僕もいるけれど。
「何かあったら蓮君が護ってね?」
「いやいや……僕みたいなポンコツじゃ何の役にも立ちませんよ?」
「またまたー」
 そんな冗談半分本気半分のやり取りをしながら靴を脱ぎしっかりと揃えると、おばさんに続いて短い廊下を進む。
 床を踏む感触、照明の明るさ、漂う匂い、流れる空気、全てが僕の家とは異なる。それがここは他人の家なのだということを改めて感じさせる。
 けれど居心地の悪さは感じない。
「あの子部屋にいるから早く行ってあげて。きっと待ちくたびれているから。後で飲み物とお菓子持って行ってあげるからね」
 おばさんは廊下の途中にある扉を見ながら言う。
「はい。ありがとうございます。でもお構いなく」
 僕が軽く頭を下げながらそう返すと、おばさんは一つ微笑み、廊下の奥へと消えていった。
「さて……」
 僕は扉の前に立つとコンコンとノックした。掛けられたネームプレートが僅かに揺れる。
「はい」
 間を空けずに中から反応があった。落ち着いた少女の声だ。
「僕だよ、蓮」
「いいよ。入って」
 許しが出たためドアノブを握り扉をゆっくりと開いた。