僕たちは学校内で極力接点を持たないようにしている。
 それは話をすることは勿論、一緒にいることも控えているということだ。仮に話すときは今の様に周りに人がいない所で。幼馴染であることも伏せ、そしてお互い名前では呼ばない。
 理由はいくつかあるのだが、共通して言えることは僕たちにとってその方が都合が良いということだ。
 今朝の様に接する機会はあるが、それも最低限のやり取りで済ませ、間違っても周りから『仲が良い』とは思われないように振舞う。
 学校での僕たちはそんな感じだ。
「そう言うことだよ。だから、それはやめときな」
 僕は彼女の手から資料の束を取り上げると彼女に背を向け、扉へと歩き出した。
「え……ちょっと!?」と慌てた様子の彼女に振り返る。
「これは僕がひとりで綾奈の教室まで持って行くよ。それなら何の問題もないでしょ?」
「そんな……それは私の仕事」
 彼女は慌てて僕に追いすがり資料の束を持とうとする。だが僕は彼女の手を躱しそれを許さない。
「ひとりじゃ持って行けないでしょ? コレ」
「うぅ……」
 悔しそうに、そして申し訳なさそうに顔を歪める彼女に苦笑を浮かべる。
「気にしなくていいんだよ。僕にはこんなことしかできないんだからさ……」
 そう言って頭を軽く小突いてやろうとしたが、両手がふさがっていたため代わりに軽く自嘲めいた笑みを浮かべる。罪悪感を残さないようにというフォローのつもりだったのだが、彼女の表情を見る限りあまり上手くはいかなかったようだ。
 彼女は俯き気味に唇をかんでいたが、顔を上げると「ねぇ……」と僕を見る。
 僕は「ん?」と彼女の言葉の続きを待った。
 が、彼女はそれきり黙ってしまう。余程言いづらいことなのか躊躇いが見え、口をもごもごと動かすだけで肝心の言葉は出てこない。
 無言の時間が流れる。
 僕は何も言うことはなく彼女の言葉の続きを待ち続けた。
 けれど結局彼女は小さく「なんでもない……」と言い再び俯いてしまった。
 気にはなったがそれでも聞き返すことはせず、僕は再度「ん」と返事をすると、扉を開けて部屋の外へと出た。そのまま後ろ手に扉を閉めようとし、そこでもう一度部屋の中に振り返り、彼女に目を向ける。
 そして
「じゃあ、またね……久世さん」
 僕は微笑み、扉を閉めた。
 扉が閉まる直前、一人部屋の中に立つ彼女はこちらを見つめていた。
 逆光のせいで表情は分からなかった。