「で、その綾奈は何でこんなところに?」
 彼女の機嫌が戻ったところで再度訊ねる。
「次の授業で使う資料取りに来たんだよ。ここにあるからって……」
 予想に違わず係りの仕事だったようだ。そうでもなければこんなところには来ないだろう。
 そう一瞬思いかけたのだが、しかしそこで僕は「いや……」と思い直す。
 前にもこんなことがあったのを思い出す。それも一度や二度ではなく何度もだ。そしてそれらの記憶には「嫌な感じ」が伴う。
 彼女の表情や振る舞いからは何も感じないが……。
「綾奈、あのさ……」
「そんな蓮の方こそどうしてこんなところに?」
 僕が言いかけると彼女はそれに被せるかのように同じことを問いかけてきた。僕が何を感じているか、彼女はきっと察している。それ故の振る舞い。
 僕は彼女の意志を尊重してそれ以上は訊かないことにした。
「押し付けられたんだよ。教師に。片づけて来いってさ……」
 僕が若干お道化た調子で肩を竦めながらそう言うと、綾奈は苦々しい表情を浮かべた。そしてほぅ…と一つ溜息をつく。
「苦労するよね……………お互い」
 ああ、本当にお互い様だ。

 彼女は再び本棚へと向き直り、手を伸ばして物色し始める。
「けど、いくら探してもないんだよね、資料。どこにあるのか……」
 そう言ってこちらに向いた彼女の目がようやく僕が抱えている資料へととまる。彼女の視線を追って自分が持つ資料へと目をおとすと僕は「ああ……」と合点がいった。
「もしかして、これ?」
「うん、たぶんそれ」
「探し損だー」と嘆く彼女に対して苦笑を浮かべながら僕は両手に持った資料を彼女に差し出そうとして、そこで思いとどまる。
「結構重いけど大丈夫?」
 彼女が手を差し出してきたため試しに両手に持った資料を渡す。だが、案の定資料を持った途端、彼女の手がその重みによって上半身ごとガクッと落ちかけたため僕は慌てて再度資料に手を添えた。
 その際彼女の手と僕の手が重なるように触れ合う。そのことに内心ドキリとさせられたが、平静を装い彼女に悟られないように努めた。対してチラッと盗み見た彼女は何てことないようで平静そのもの。
 自分だけドギマギしてしまい馬鹿みたいだ。
「やっぱり一人じゃ無理なんじゃない?」
「けど、私一人しか来てないし……」
 そう言うと彼女は少し困った顔をした。そしてチラッと僕の顔を伺い、少し躊躇うような素振りを見せるとやがて「じゃあさ……」と僕を見上げた。
「蓮、手伝ってよ」
「……僕?」
「うん。そう」
「いいけどさ……」
 僕はいい。こんな手伝いぐらい訳ないことだ。
ただ
「手伝う……って二人で運ぶってことでしょ?」
「そうだよ」
「それは綾奈のために良くないでしょ?」
「そんなこと……」
「ないって言える?」
「……」
 彼女は黙ってしまう。
そう。彼女も十分に分かっているはずだ。それが僕たちにとって都合の悪いことだということを。