この学校の校舎は大きく二つに分かれている。
 普段の授業やHR等、学校生活の大半を過ごす教室がある普通棟と、職員室初め、会議室や保健室、各教科の部屋等がある特別棟の二つだ。
 この他に体育館、武道場、食堂、プール、部室棟等の建物が別館としてあるが、メインとなるのはこの二つだ。
 この二つの棟は平行に並んで建てられており、その間を各階ごとに渡り廊下で繋いでいる。
 資料を仕舞う準備室は特別棟にある。渡り廊下の両側で開け放たれた窓の外には中庭が見え、いくつかの生徒のグループが弁当を広げている。天気は良く、温かな陽の光が降り注いでいるため、確かに外で食べるのは気持ちが良さそうだ。
 そんな様子を横目に見ながら僕は廊下を渡りきり特別棟へ。部屋のある階を確認し、階段を上っていく。
 階を上がっていくにつれて人は疎らになっていき、やがてほとんど気配を感じなくなった。
 年中賑わっている普通棟とは異なり特別棟は人の数が少ない。職員室はそれなりに人の出入りがあるがそれくらいだ。その他の教室は移動教室のある授業くらいでしか使用しないため、休み時間ともなると閑散としている。先程までのうんざりするくらいの喧騒は遠のき、辺りは静かなものだ。
 普段の学校生活が集団生活で騒がしいこともあり、こう静かなところにいると少々異質な空気に感じる。まるで一人だけ普段の現実を離れ異世界にでも迷い込んだかのような錯覚を覚える。
 上履きが床を踏むギュッ、ギュッという音が普段より大きく聞こえる。誰が聞いているわけでもないのにその音が気になり、音をさせないように歩けないか試みてみるが上手くはいかなかった。
 階段を上がりきり、廊下を少し進むと目的の部屋に着いた。
 ノックをし、扉に手をかける。開かなかったらどうしようかと思ったが、扉は難なくスライドされた。教師のうちの誰かがいるのだろう。
「失礼します」そう断って扉を開けた。
「あ……」
 準備室の中には確かに人がいた。けれどそれは教師ではなく、僕が思ってもみない人物だった。
 正面の窓から射し込む逆光の中、本棚に手を伸ばしたままこちらに振り向いた綾奈が目を丸くしている。
 まさかこんなところで会うとは。同じ学校内にいるのだからあり得ないことではないが、それでも予想外だった。そのため一瞬呆けかけるがすぐに部屋に入ると扉を閉めた。
「珍しいね。こんなところで会うなんて」
 彼女も同じことを思っていたようで本棚に伸ばしていた腕を下ろし、そう話しかけて来た。
「ああ、本当に。久世さんも係りの仕事?」
 ここにいるということはそういうことなのだろうと思い訊ねたのだが、そこで彼女はムッとした顔になる。
「あれ? 久世さん?」
「……」
 再度訊ねるが彼女は答えない。明らかに不満そうであり、頬が少し膨れている。
「久世さ……」
「名前」
 彼女は不満気なまま呟く。
「名前で呼んで」
 そしてジッとこちらを見つめてくる。
 僕はその彼女の視線を無言で受けていたが、やがてふっと息を吐き肩の力を抜くと
「分かったよ……綾奈」
 そう彼女の名を呼んだ。
「うん。蓮」
 それに満足そうに微笑むと、彼女も同様に僕の名を呼んだ。