「よし、今日はここまで」
教師の言葉を受け、日直が授業を終える号令をかける。形ばかりの何の感情も籠っていない挨拶をかわすと教室内は途端に騒がしくなった。
扉を開け放ち教室を飛び出していく男子生徒たち数人。授業が終わる前から財布を用意しだし号令がかかる前にはすでに走りだしていた。それを咎めるものは一人もいない。教師でさえも諦めているのかそれを一瞥するだけで何を言うでもなく後片付けをしている。
その様を眺めながら教科書を仕舞っていると、不意に僕の席に手が置かれた。顔を上げると
「学食行こーぜ」
そこには手に財布をもった雄馬の姿。
僕たちは昼食を大抵学食で済ませている。値段も量も味もそこそこというところで丁度いい。僕は頷くと鞄から財布を取り出した。そして立ち上がり雄馬と連れ立って教室を出ようとし
「おい、宮内」
そこで教卓の前にいた教師から声がかかった。
「授業で使った資料、準備室まで運んでおけ」
そう言って教卓の上に積み上げられた資料を叩いた。それに対して雄馬が異議を唱える。
「先生、それはないでしょ。そういうのは係りの仕事だよ」
この学校には各クラスに教科ごとの係りが存在する。授業で使う道具や資料の準備、伝達事項等はその係りの人間が担当するようになっている。そしてその係りは先程教室を飛び出していった。
雄馬の言葉に教師はつまらなそうな顔をする。
「係りがもう教室にいないんだから仕方がないだろう」
そう言って寝癖の付いた頭をガリガリ掻いた。
「やっておけよ」そう言葉を残しこちらの言い分はそれ以上聞かず教師は教室を出て行った。その後ろ姿を見送りながら僕たちは二人で顔を苦々しく歪める。
「係りになっている奴が教室を出て行くときにアンタ何も言わなかっただろ?」 とは言わなかった。あの教師は拗れるとすぐに癇癪を起す。そうなると非常に面倒くさい。
「アイツ早く食堂行きたいから押し付けたんだぜ。大方B定食目当てなんだろうさ」
我が校の学食にはいくつかの定食があり、その中でもB定食はその日の目玉となるメニューとなることが多い。他の定食と比べると若干値は張るが内容が良いだけに人気があり、すぐに売り切れてしまう。そのためいかに早く授業を切り上げ食堂に駆け込むかが重要になってくる。自分の係りを放り出して教室を飛び出していったのも、ようはそういうことだ。
今日のメニューは何だっただろうか?
「きっと肉料理だな。アイツよく食ってるから。だからあんななりなんだよ」
雄馬は遠ざかっていく丸い姿を見ながら舌を出した。
「ま、さっさと済ますか」
僕は教卓に置かれた資料の束を両手で持ち上げる。
「言うこと聞くのかよ」
雄馬が不服そうに顔をしかめる。
僕だって不服だ。正直やりたくなんてない。ただ……
「やんないと後で面倒だろ? それに誰かがやらないといけないんだし」
教室を見回したが、我こそはと申し出てくるような奇特な奴はいない。当然だろう。近場にいる男子生徒なんて目が合った途端露骨に逸らされた。
「仕方ないだろ?」
僕がそう言うと雄馬はやはり不服そうに溜息をついた。そして
「半分寄こせよ」
そう言って手を差し出してきた。手伝ってくれるというのだろう。有り難いことだ。だが僕は首を横に振った。
資料は思っていたよりは重かったが二人がかりで持って行くほどの量でもない。
「先に食堂行って席取っておいてくれよ。B定食のメニューによっては席なくなりかねないからね」
生徒でごった返す食堂をトレイを持ってウロウロするのは避けたいところだ。あまり時間をかけ過ぎると貴重な昼休みを無駄にしてしまう。雄馬もそこのところを察したようで特にごねることもなく「分かった」と頷くと足早に食堂へと向かって行った。
雄馬は上手くやってくれるだろう。
雄馬のファンの女子に捕まりでもしなければだが。
「さて……」
僕は資料を持ち直すと教室を出て、目的の準備室へと歩き出した。