腕時計をチラチラと見て内心ヒヤヒヤしながら走っていた僕であったが、視線の先に学校の校舎をとらえ、そこまでの通りに同じ学生服の列を見つけたところで、ようやく安堵した。そのままその学生の列に加わる。
学生の群れの歩く速度に合わせて歩きながら、乱れた息と身体の熱を落ち着かせる。
前を歩いている女子二人が振り返り僕を見て怪訝そうな顔を浮かべるとすぐに前に向き直った。
不服だがそんなことを気にしている余裕は今の僕にはない。それに突然息を切らしたやつが列に加わってきたらそういう反応にもなろうというものだろう。
周りの目は気にせず、けれど速度は合わせながら息を整えていると、不意に肩を叩かれた。
振り返るとそこには見知った男の顔。
「よぉ、蓮! お前なんで歩きなの?」
そう訊ねながら僕の隣りに並んできたこの男は加藤雄馬。
僕のクラスメイトであり数少ない友達だ。
僕は返事をしようとし、けれど整いきれていない呼吸のためにそれに窮し、視線だけを向けていると向こうも察したようで「ああ、落ち着いてからでいい」と言ったため、僕は手でそれに応えると再び肩で息をする。
それからようやく話ができる程度まで落ち着いたところで口を開いた。
「自転車がパンクした……」
「あっははー! どうりで」
雄馬は納得し笑い声を上げたが、こっちは笑い事ではない。
「まぁ? たまには良いんじゃない? いい運動になっただろ? ただでさえ運動不足なんだからさ」
「うるさいよ……」
他人事だと思って……。僕はジトッとした目を彼に向けながら鞄からタオルを取り出すと未だ流れ続けている顔の汗を拭った。汗止まらねー……
「そういうお前こそなんでこんなところにいるんだよ? 朝練は?」
彼は綾奈と同じ部活だ。
「サボりだ!」
「堂々と言ったな……お前」
そういうハッキリしたところがコイツの良いところではあるが……。
「朝練なんて言うけどさ、別に強制されているわけじゃないし、ほとんど自主練みたいなもんだからいいんだよ。時間も短いからやれることもたかが知れてるしよ」
彼はそう言うと鞄からコンビニの袋を引っ張り出す。そして中から菓子パンを取り出し袋を開け噛り付いた。メロンパンのようだ。
「けど短い時間でもやれることはあるんだろ? そういう積み重ねが大事なんじゃないのか? ……よく分からないけど」
鞄にタオルを仕舞いながらそう訊ねる。小さいことの積み重ねというものはあらゆることに共通していることだ。スポーツも同様だろう。
彼はむぐむぐと咀嚼しながら
「かもなー」
実に軽く言った。
「じゃあやれよ。朝練」
そう言って僕は彼のメロンパンを奪い取ると彼が何を言うよりも先に一口噛り付いた。
んー……美味しい………けど
「返せよ俺の朝メシ!」と彼にメロンパンを奪い返される。恨めしそうに僕のことを睨んでくる彼の手元のメロンパンを指差した。
「チョコチップがいらない」
「人のもの食っといて文句言うんじゃねぇよ。これが良いんだよ」
恨めしそうにしながら僕の噛り付いたあとを確認している。
「チョコチップやカスタードクリームは余計だ。メロンパンは何も入ってないスタンダードなのが良い。」
「お前のじゃねーの! これは! 俺はチョコチップメロンパンが良いんだよ!」
そう言って彼は再びメロンパンに齧り付いた。
僕に二度ととられまいと思ったのか、大きな口で一口二口と頬張りあっという間に飲み込んでしまった。