アパートの敷地から出ると寒さはより増したように感じ、ぶるりと大きく身体が震える。やはり上着を羽織ってきた方が良かったと今更ながらに後悔した。
時間が深くなったのもあるだろうが、それだけではないだろう。それだけあの部屋が、彼女たちが温かかったということだ。
僕は心の中に残る温かなものを頼りにその寒い夜道を家へと向かって歩き出した。
眩しかったアパートの照明は今はもう届かず、周囲の闇の濃度はぐっと上がる。
道程の頼りは道端等間隔に設置された街灯。ぼんやりと道肌を浮かび上がらせ僕に進む道を示す。
前方には相も変わらずギラギラと輝く整い過ぎた星空。心なしか星の数は減ったかもしれない。これから遅くなるにつれてさらに減っていくだろう。
それでよいのだと思う。
皆眠りにつくのだ。睡眠は大事だ。そして必要のない光は消してしまった方が良い。
闇の色が濃くなっていくそんな中をそれでも歩みたいのであれば自ら光を灯すか、もしくはすでにある僅かばかりの光を頼りにすればいい。
僅かなものであっても、人工的なものであっても、仮に紛い物であっても多くを望まなければ歩くことくらいはできるのだ
そう……多くを望んではいけない。
今のままでも十分だ。
これ以上を……なんて僕にとっては過ぎたものだ。
『いつか本当の家族になるかもしれないし』
「はは……」
思わず笑いがもれる。本当におかしな話だ。
何言ってるんですか?おばさん?
そんなことあるわけがないでしょ?
あの子が僕と……なんてそんなことあるはずがないのだ。そんな考えを持つこと自体がもう烏滸がましい。
だから僕は期待なんてしない、勘違いなんて絶対にしない。
夜空を見上げても月は未だに雲の中。その光は見えず、何も照らさない。
僕には月の心は分からない。そもそも心なんてものがあるかも分からない。
けれど、もし仮にそんなものがあるのだとしたら月はさぞかし無念なのではないかと思う。
惑星である月。
自らが輝くことは叶わず、太陽光によってようやく輝くことができ、それがなければその存在にすら気づいてもらえないかもしれない星。
そんな月が太陽の力を借りようやく人々に、世界に、この地球に、広い宇宙にその輝きをもって自らの存在を主張しているにもかかわらず、僅かな邪魔によってそれも叶わない。無力で無念なのではないか、そう思うのだ。
とは言え、ここではない別のどこかでは普通に月は観測されていることだろう。そしてその光をある人は感動的に、またある人は無感動に受け取っているのだと思う。それなら十分満足かもしれない。
では……もしも、もしも、だ。
月が誰にも観測されなかったとしたら。その光に気付いてもらえなかったとしたら、月はそれをどう感じるだろうか?
何かを感じるのだろうか?
光る意味など、照らす意味などないと、そう感じるのだろうか?
そしていつの日か輝くことをやめてしまうだろうか?
いずれにせよ確かめようのないことだ。
ただ、僕は思う。
それもいいかもしれない、と。
見上げる者のいない世界で輝いたところで一体何になるというのだろうか?